「タイムトラベル」の実現性を探る

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KKベストセラーズのムック『語れ!タツノコ』(2013年)に寄稿したタイムトラベルの解説文です。紙面の関係で削った部分も追加しています。本ではイラストレーターさんに起こしてもらった図が入っていますが、こちらでは私が起こし直しているのでしょぼいです。作業の途中で図の間違い(ごめんなさい)も見つけてしまったので、いくつか修正も入れています。

タツノコアニメとタイムトラベルの深い関係

人々を魅了するタイムトラベルとは何か
 タイムトラベル(時間旅行)とは、過去や未来に移動することだ。誰でも一度くらいは、昔の失敗をやり直したいと思ったり、これからどうなるのかを知りたいと思ったことがあるだろう。タイムトラベルができれば、過去を変えたり未来を見たりできる。(「タイムトラベルをした」「タイムマシンを作った」と自称する人達は存在するが)現時点では、タイムトラベルは実現していない。時間の流れは過去から未来に向かって一方向にしか流れていないし、人類はそれを操作する科学技術を持っていない以上、タイムトラベルは机上の空論でしかないのだが、そのアイディアは多くの人を魅了し続けており、小説やアニメ、映画などフィクションの世界では、「タイムトラベルもの」というひとつのジャンルになっている。

フィクションの中のタイムトラベル
 タイムトラベルは、大きくふたつに分類される。ひとつは、機械(いわゆるタイムマシン)を利用して時間を移動するトラベル、もうひとつは機械を使わないタイムトラベルだ。タツノコアニメでは、前者が『タイムボカン』のタイムメカブトン、『オタスケマン』のオタスケサンデー号、『逆転イッパツマン』のトッキュウザウルス、『トンデラハウスの大冒険』のトンデラハウスなどがタイムトラベルを実現するタイムマシンだ。
 一方、『ゼンダマン』のタイムトンネルや『ヤットデタマン』のタイム街道は、タイムマシンではなく、時を移動する通路をゼンダライオンやタイムカーゴといったマシンが移動することでタイムトラベルを行っている。また、『未来警察ウラシマン』の主人公は、未来にタイムスリップしてしまった現代の青年だ。。
 タツノコ作品以外に目を向けると、小説では、H・G・ウェルズの『タイムマシン』やロバート・A・ハインラインの『夏への扉』、マンガでは『ドラえもん』、映画では『バック・トゥ・ザ・フューチャー』にタイムマシンが登場する。グレゴリー・ベンフォードの『タイムスケープ』やアニメ『シュタインズゲート』では、情報だけを過去に送るという変わり種タイムマシンを扱っている。タイムマシンではないタイムトラベルとしては、映画『ファイナル・カウントダウン』、半村良の『戦国自衛隊』、かわぐちかいじの『ジパング』などが一例として挙げられる。

タイムトラベルによって引き起こされる矛盾
 タイムトラベルを考える上で問題となるのが、「親殺しのパラドックス」だ。パラドックスとは、一見正しそう(間違っていそう)な見解が、実はそうではないということを指す言葉で、簡単に言えば矛盾している結論が導き出されること。親殺しのパラドックスは、もしもタイムトラベルで過去に戻り、自分が生まれる前に親を殺したらどうなるのか?という思考実験だ。
 過去にタイムトラベルし、自分の親を殺そうとした場合、以下の3つのパターンが考えられる。ひとつは、どうやっても殺せないパターンで、この場合には矛盾は起きない。ふたつめは、親を殺した瞬間に自分も消滅してしまうパターン。この場合、親が死んでしまえば自分は生まれてこない。だとすれば、親を殺す自分もいなくなって親は死なず、自分が生まれて…という矛盾が生まれる。つまり、原因と結果(因果)が狂ってしまうのだ。このように、タイムトラベルによって引き起こされる因果関係の不一致を「タイムパラドックス(時間の逆説)」と呼ぶ。
 矛盾を生じさせないために生まれたのが、「多世界解釈」という概念だ。多世界解釈では、親を殺した瞬間に、自分がやってきた(親が死んでいない)世界と親が死んでしまった世界に分岐する、あるいは、タイムトラベルの時点で、元の世界ではなく親が死ぬことになる世界に移動したと考えるのだ。多世界解釈は、複数の似たような世界(パラレルワールド)が存在する、あるいは分岐して増えていくという考えで、過去に移動したつもりでも、そこは元の世界とは違う世界の過去なのだ。多世界解釈なら、親殺しのパラドックスは起きない。そこは元いた場所とは違う世界なのだから。

現在でもタイムトラベルは可能?
 パラドックスだ、多世界解釈だ、といっても、所詮はアイディアでしかない、だから無意味だ、タイムトラベルはできないのだと思うかも知れない。しかし、現代物理学を支える理論であるアインシュタインの一般相対性理論と特殊相対性理論では、時間は不変ではなく操作できるものとしている。つまり、現時点では無理でも科学技術が進歩すれば、人類が時間を超越する可能性は残されているのだ。
 一例を挙げてみよう。アインシュタインの相対性理論によれば、速く移動する物体の時間は、静止している物体の時間よりも遅くなる。双子の兄弟のうち、兄が宇宙船に乗り弟が地球に残ったとしよう。兄の宇宙船は、光速に近い速度で飛ぶため時間の流れが遅くなる。(宇宙船内の時間で)数年後、兄が地球に帰ってくると、弟は兄よりも歳を取り老人になっている――これが、「双子のパラドックス」だ。この時、兄は宇宙船で飛行すると同時に、未来へタイムトラベルしたことになる。兄が飛行しているのと同様、弟も地球という物体に乗って移動しているのだから、この理論は成立しないとする説もあるが、兄が地球に戻った時点で、兄>弟の速度差が明確になるため、双子のパラドックスは成立する。
 「自分はそんなに長い時間が経過したとは思えないのに、戻ってきたら長い時間が経っていた」という話は、民話の浦島太郎の話にそっくりだ。そのことから、双子のパラドックスのように、相対性理論により時間の流れが違ってしまうことを、日本では「ウラシマ効果」と呼ぶ。アメリカの小説、「リップ・ヴァン・ウィンクル」でも、同じような時間経過が扱われている。また、囲碁の別称である「爛柯」という名前も、同様なシチュエーションの神話から名付けられたものと言われている。

さまざまなタイムマシン研究

キップ・ソーンのタイムマシン
 アインシュタインの相対性理論は、重力によって光すら脱出できなくなる天体=ブラックホールの存在を予言していた。現在では、観測によってブラックホールの存在が確認されている。さらに、ブラックホールの対として、ホワイトホールとそれぞれを繋いだワームホール(虫食い穴)が存在するとする説もある。アメリカの理論物理学者キップ・ソーンは、ワームホールを利用すればタイムマシンが作れるのではないかと考えた。

 ワームホールで繋がれた時空の穴AとBを作り、Aは静止状態のままBを光速に近い速度で移動させる。相対性理論からBの時間は遅くなる。離れた場所に到着したBを再び光速に近い速度で戻すと、さらに時間は遅くなる。元の居場所に移動した時点で、AとBの時間は大きく異なっている。その後、Aの近くから出発した宇宙船がBの穴から入った宇宙船は、ワームホールを瞬時に通ってAに出るが、そこは宇宙船の出発するよりも前の時間になる――というものだ。

ティプラーのタイムマシン
 1974年に数理物理学者のフランク・ティプラーが提案したタイムマシンも、アインシュタインの方程式を利用したものだ。ティプラーのタイムマシン(ティプラー・マシン)は、無限の長さを持つ超高密の巨大な円筒だ(円筒が無限長なのは計算を簡単にするため)。この円筒の外周速度が光速の半分になる速度で回転させると、円筒の中心部近くの時空が歪み時間混合領域と呼ばれる空間が出現する。この領域を宇宙船で周回することで、タイムトラベルが可能になるという。
 ティプラー・マシンの利点は、タイムマシンも宇宙船も光速を越える必要がないことと、過去にも未来にも行けることだ。円筒の回転方向と同じ方向に飛べば未来に、逆方向に飛べば過去に行けるのだ。

宇宙ひもを利用したタイムマシン
 宇宙ひもとは、宇宙が作られる初期段階で生まれた、通常とは異なる時空間のことだ。宇宙ひもは、巨大な質量を持っており、そのひも状(あるいはループ状)の周囲では時空が歪み、一周の角度が360度以下になっていると考えられている。理論宇宙物理学者、リチャード・ゴットIII世は、この宇宙ひもを利用したタイムマシンのアイディアを発表している。
 ふたつの宇宙ひもを、光速に近い速度で近づける。ある地点Aから出発した宇宙船が、第一の宇宙ひもXによって切り取られた空間を飛行すると場合を考える。Xが静止していれば、BからCへの移動時間はゼロになるが、Xが光速で移動しているために時間の遅延が起こり、Bに到着した時刻よりも前の時刻にCに着く。さらにもう一つの宇宙ひもYでも同様に飛行すると、元の場所Aには出発した時よりも前の時刻に到着することになる。

マレットのタイムマシン
 コネチカット大学の理論物理学者、ロナルド・マレットの考案したタイムマシンは、前述した3つのタイムマシンよりも小型で、もっとも実現性が高いかも知れない。彼は、リング状に回転するレーザーによって、時空を歪められるのではないかと考え、レーザー光を鏡に反射させてループさせる装置を作り出した。レーザーを照射し続けエネルギーを増大させれば、時空が歪む。その時空を通過すれば過去に向かうことができるはずだ。現在、素粒子を過去に向けて送り出す実験を行う計画を立てているという。

物質を過去へ送ることは不可能…でも情報なら?

現在の科学技術ではタイムマシンは作れない
 キップ・ソーンのタイムマシンではワームホール、ティプラー・マシンでは無限長の巨大な円筒、そしてゴットIII世のタイムマシンでは宇宙ひもを利用すれば、タイムトラベルが可能だとしている。しかし、ワームホールや宇宙ひもは未だ確認されていない仮定の存在であり、ましてやそれを光速で移動させる手段はない。ティプラー・マシンにしても、時空を歪めるほどの巨大な質量を持った高密度の物質もないし、それを無限の長さで建造したり光速の半分というとてつもなく速い速度で回転させたりする技術を人類はまだ手にしていない。
 また、著名な物理学者であるスティーブ・ホーキングは、タイムトラベルの可能性を否定している。タイムトラベルを否定するホーキングの時間順序保護仮説によれば、タイムトラベルが可能となるような経路が作られると、その間を通る光がループすることになり、エネルギーが無限に蓄積してしまう。増大したエネルギーが時間ループ経路を阻害するため、結局はタイムトラベルができる経路を作ることはできないという結論になる。

光速を越えることができればタイムトラベルは可能?
 現時点では、物質を過去や未来に送ることは不可能だ。だが、情報だけならどうだろうか?そのためには、情報が光速を超える必要がある。
 2011年、ヨーロッパで行われたある実験中、光よりも速く移動するニュートリノが観測されたと発表され、世界中を驚かせた。ニュートリノは、質量を持つ素粒子のひとつだ。結果的に「超光速ニュートリノ」は誤りだったが、「質量を持つ物質は光速を超えない」とするアインシュタインの相対性理論が崩れるところだった。
 実は、これより以前にも「超光速」が確認された実験がある。1992年に独ケルン大学のギュンター・ニムツとアキム・エンダースが行った実験で、導波管の中に流したマイクロ波が、波長よりも細くした部分だけ計測できなかったというものだ。つまり、導波管の細い部分では、マイクロ波が光速を超えていたということになる。これは、量子力学で「トンネル効果」と呼ばれる現象だ。半年後に、アメリカのレイモンド・チャオが可視光で検証したが、同様の結果になった。
 確かに波は光速を超えたように見える。だが、数値シミュレーションしてみると、最初の波(先端波)は導波管の途中で消滅し、後から来た波が伝わっていたことが分かった。つまり、波の移送速度は光速を超えていたが、先端速度は光速を超えていなかったのだ。残念ながら、先端速度が光速を超えていなければ、情報を過去へ送ることはできない。

 量子力学では、ある事象に対し時間対称な「遅延波(後退波)」と「先進波」のふたつの解がある。我々は過去から未来へ進む遅延波しか扱えないが、未来から過去へ進む先進波を捕まえることができれば、過去へ情報を送ることが可能になる。

タイムトラベルを巡る思考実験の意義
 科学者にとって、タイムトラベルの可能性を考えることは、思考実験の意味合いが大きい。相対性理論の可能性を考えることで、相対性理論の正しさ(あるいは誤り)を証明したり、新たな理論を生み出せたりできるかもしれない。「時間はなぜ過去から未来へ一方向にしか流れないのか」「そもそも時間とは何なのか」、そうした疑問への解答を探すことは、人類にとって決して無駄なことではない。

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