見出し画像

「なんでも話すこと」が友情や信頼の証では無いはずだから。


 行きつけの飲み屋さんにて。
 そこで会う知り合いから、最近こういった愚痴を聞いた。

「もう私、自分のこと一切話さないでおこうかな。人間関係疲れたわ」

 その子は人当たりがよく、初対面でも臆せず話ができるタイプで顔も広い。というか他の人から良くも悪くも絡まれやすいので勝手に交友関係が広がるタイプだった。

 だけど本人は自分のことを「本当は人見知り」「初対面ではうまく話せるけど回数重ねるとキツい」と謙遜気味に自己評価していた。おそらく一見は人懐っこく見えるけれど、誰かといると消耗する性質なんだろう。だからかいつも一人で飲みに来ていた。まぁそれでもいつのまにか誰かと一緒に飲んでる姿ばかり見かけるけど。


 珍しくその子が愚痴というかヤケクソな振る舞いでそんなことを言うもんだから、あたいは「いいんじゃな〜い。疲れたんなら」と返しながら、その店自家製のショウガシロップを使ったモスコミュールをぐびっと飲んだ。これがピリリとドライで美味しい。

 するとその子は、自分が発してしまった愚痴に気まずくなったのか、思いの外あたいが静かに聞きに徹してたから間に堪えられなくなったのか、ポツポツと話し始めた。


「私、人といる時に黙ってるの無理なんだよね。相手に沈黙されたら『ああ、今私つまんない奴って思われたかもー』って感じちゃう。だからいつでも『話盛り上げなきゃ』とか『頑張って相手のこと聞かなきゃー』って頑張っちゃって、それでいらないことも話しちゃって、とにかく疲れる」


 その子がそういう風に話すと、店のママも「そうよねー。あんたってせっかくプライベートで飲みに来てるのに仕事してる感じがしてるー。気を張りすぎよー」と適当に言うフリをしながらも的確な意見を付け加えていた。

 確かに彼女は知らない人に絡まれても嫌な顔一つせず応対している。その様子はまるで接客のようで、少し気を遣いすぎだと見てても思う。きっと彼女なりの処世術なのだろうけれど勘違いする輩もいる。一度、他の客からあまりにも度が過ぎた絡まれ方をしていた時は、ママが「無料キャバクラじゃないんだからやめて」って助け舟を出すほどだった。


「だって、このお店の雰囲気とか、ここのお客さんの楽しい時間を壊したくないから……」と彼女は口籠るけれど、それもママが「あんたが気を使うことなんて無いんだよー」と注意っぽくならないように諭した。

 するとそれを聞いてその子は少しだけ寂しそうな顔をしたので「だってあんたが頑張って接客したら、この店のママいらなくなっちゃうじゃん。ただでさえいつも仕事してないのに」とあたいが茶々を入れておいた。するとママが笑いながら「もちぎ、飲みな。ころすよ」と笑顔で返してくれたので、場がおちゃらけムードに戻った。


 それからその子は笑顔を取り戻しながら、話も戻した。

「……でさ、まぁ初対面の人と会って話して疲れるのはまぁべつにいいんだよ。取り繕って話すのイヤだなーって思えば人と会う場所に出なきゃいいし、私けっこー引きこもるの好きだしさ。ネトフリとかサブスク系があれば家で何週間過ごしても全然平気。でもさ、仲のいい子とつるんでると、自分のこの“癖(へき)”が嫌で嫌で、なんかもうどーでも良くなってくる」


「癖って、あんたの聞き上手なところ?」とママが問うと、その子は「聞き上手じゃないよ」と反応する。

「私はただ、相手が話してくれないから仕方なく自分が話してるだけだよ。本当は“おしゃべり“なんかじゃないし、そんな風に好き勝手喋ってる奴って思われたくない」


 彼女は、“本来はお喋りじゃないけど沈黙に耐えられず、相手との会話をもたせるためだけに話していて“、その会話の中で相手に質問責めしたりしないように適度に自分の情報開示なども行っているので、結果自分ばかり喋ってしまい、相手から話を聞けないという状況に陥ってしまうようなのだ。


 ママは少し唸ってからすぐ、「気を使うタイプの人はそうなのかもねぇ。アタシやもちぎを見てみなさいよ。自分勝手に喋って、人の話も好き勝手に振り回すじゃない。友達なら尚更そういうので良いんじゃないの」と、とりあえず間を繋いだアドバイスをした。もちろんその子は納得いってない表情で聞いている。あたいもどういう風に言うか迷いつつ、言葉を選んでこう捻り出した。



「もしかして、『自分が話すこと』が嫌なんじゃなくて、『自分が話してるのに友達は大事なことを話してくれない』ってのが嫌だったりするの?」


 実を言うとこの問いかけは、あまり深く考えずにとりあえず相手の真意を探るために差し当たりの言葉を並べただけだった。けれどその子が言いたかったことに近かったようで、

「そう。だって、仲がいいはずの友達が、大事なことを私以外には相談してたり話してたりして……それ知った時はめっちゃ寂しくて悲しかった。これだけ私は自分のことを話してるのに! って悔しかったよ」


 と、やや感極まって、たぶん誰かを頭に浮かべながらこぼした。

 その話を聞いて、あたいは思い出したエピソードがあったので、「ちょっとあたいの話をしていい?」と言いながら昔話を始めようとした。その子は黙って頷いた。

 ママは「あ。じゃあちょっとトイレ。昨日飲み過ぎて下痢なのよー。うんちしてくるからお客さん来たら『ママうんち』って伝えといて」と言ってトイレに駆け込んだ。


ここから先は

2,459字

ここはあなたの宿であり、別荘であり、療養地。 あたいが毎月4本以上の文章を温泉のようにドバドバと湧かせて、かけながす。 内容はさまざまな思…

今ならあたいの投げキッス付きよ👄