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『シザーハンズ』~人との距離感は難しい。「愛されたい、でも傷つきたくない」~




01.はじめに


こんにちは。皆様いかがお過ごしでしょうか。

今回の作品は有名なあのジョニー・デップ主演の『シザーハンズ』です。

ハサミ男ですね。いわゆる怪物もの。

『フランケンシュタイン』や『美女と野獣』。

外見はとても恐ろしいけど、内面はとてもナイーブで優しいいい人たちです。

秘められた心の内の純真さに心打たれますよね。

本作品の主人公エドワードはハサミ人間。

孤独で愛されたいという気持ちを持ち続けて何年も独りで生きてきました。

孤独という魔物は皆さまの内にもあるはずです。

わたしもその一人だからです。

いつも申しているのですが、人の孤独感の深さというのは幼少期の育ち方で決まってしまいます。

愛情不足を感じて育ってしまうと、心の内にいつも『愛情飢餓感』を携えながら、孤独な一生を終える人がいます。

幼児のままで...

その人は決して悪くありません。

子どもは皆天使です。

どんなことがあっても世界から守られるべき存在なんです。

そして成長して大人になっても大切な人間として尊重されるべき存在です。

愛情が不足して育ってしまうとどうなってしまうのか。

人の感情はまず「恐れ」から作られます。

外敵から身を守らなければならないからです。

「恐れ」を持って周りを警戒して、安心する保護者の元で安らぎを得ます。

それが母親です。

遠くに冒険しても母親の方をちらちら気にして、居なくならないか見ています。

母親はあらゆるわがままを許してくれる存在です。

泣きわめいても、すねても、おっぱいを噛んでも、何をしても許してくれる人。

そこに「存在そのものを肯定してくれる」という『基本的信頼感』が生まれます。

その信頼感はその後、他の人に対しても広がっていきます。

何をしても許してくれる信頼感はやがて、その安心感からくる節度をもって他の人に接することができるようになります。

母親とは異なり何でも許してくれる訳ではないけど、恐れなくていい人達なんだなと認識していくのです。

ここに良好な人間関係ができあがり、幼稚園、小学校、中学校、高校とたくさんの人との距離のとり方を経験して、適切な距離感を取ることができます。

人との関係性は大まかに分けて3つのグループに分けることができます。

①『重要な他者』...家族、恋人、親友など。

②『まあまあ親しい人』...友人、親戚など。

③『職場、学校、社会上の役割をするときの人間関係』...同僚、上司、知人、隣人など。

これらのタイプの人と自分との『境界線』をはっきりと引くことができるようになります。

とくに3のタイプの人たちには「自己開示」する必要はそれほどないですし、愛されようとする必要もありません。

理想を言えば切りが無いですが、自分を守るためには付き合い方はとても重要です。

今「生きづらいな」と思われている方はこれらを意識して、ムダな心の消耗をしないように心がけましょう。

これからエドワードの心の内に入って行きます。

エドワードの「生きづらさ」「距離の取りづらさ」を感じて欲しいです。

どのようにして解決していくのかも見どころです。

それでは観て行きましょう。



02.温かな家族


物語は架空の町が舞台となっています。

『チャーリーとチョコレート工場』のような現実と幻想が混ざったような世界です。

キムお婆さん:「暖かくしてね。外は寒いよ」

小さな女の子:
「雪はなぜ降るの?」

「雪はどこからやってくるの?」

キムお婆さん:「それはね、長いお話なんだよ」

小さな女の子:「話して」

キムお婆さん:「今夜はもう遅いから眠って」

小さな女の子:「まだ眠くないの。お願いだから話して」

キムお婆さん:
「わかった。じゃあ、話しましょう」

「では...やはりハサミの事から始めなきゃね」

女の子:「ハサミ?」

キムお婆さん:
「ハサミといっても種類はいろいろあるんだよ」

「ずっと昔、ハサミが手だった人もいたんだよ」

女の子:「そんな人がいたの?」

キムお婆さん:「そう、いたの」

女の子:「手がハサミ?」

キムお婆さん:
「そう、ハサミが手だったんだよ」

「あの山の上にお城があるのは知ってるね?」

女の子:「あのユーレイ屋敷?」

キムお婆さん:
「何年も何年も昔...あそこに発明家が住んでいて、いろいろな物を発明していたの」

「ついに人間も作ったのよ」
「何もかも人間そっくり」
「心臓から脳まで人間と同じ」
「ある部分を除いてね」
「その発明家は大変な年寄りで、その人間を完成する前に死んでしまったの」
「その男はとり残されてしまった...」
「未完成のまま、ずっと独りぼっちだったの」

女の子:「名前はあったの?」

キムお婆さん:
「もちろんあったわ」

「その名はエドワードと言ったわ」

物語はキムお婆さんの若い頃の過去に遡ります。




03.「愛ある人」ペグ


そこはとても不思議なところで、現実の世界のようだけど、どこか少し御伽の国のような世界です。

家は一軒一軒パステルカラーの外壁、屋根。

住人たちはそれぞれの単色の服を着ていました。

一人の中年女性が家々を訪問して回ります。

その中年女性のペグは化粧品メーカーの販売員でした。

庭の石畳を直線的にくねくねと可愛らしく歩きます。

ペグ:「エイボン化粧品です!」

ペグはいかにもわざとらしい営業スマイルではなく、自然な優しさの籠もった笑顔で呼びかけます。

黄色い服の女性:「また来たの?」

ペグ:「お宅は数ヶ月ぶりよ」

黄色い服の女性:「ソフト・カラーの新製品をご紹介に...」

ペグ:「シャドウ、ほほ紅、口紅。お顔の変化を引き立てる化粧品です」

黄色い服の女性:「こんな私にお顔の変化?」

ペグ:「昔から愛用されてるおなじみの品も鏡台の上に欠かせない化粧品ですわ」

女性はうんざりした表情で言いました。

黄色い服の女性:「ペグ、うちへ来てもムダよ」

ペグ:「ええ、わかってるわ」

黄色い服の女性:「さよなら、ペグ」

ペグ:「じゃあね、ヘレン」

次のお宅はいつも欲求不満な女性の家です。

いつも男性を誘惑しています。

今日は機械の修理工の男性が皿洗い機を直しに来ていました。

修理工:「わざわざ僕を呼ばなくても直せるのに...」

ジョイス:「あたしが?そんなのムリよ」

修理工:
「ゴミが詰まってただけです」

「このバルブをゆるめて外す」

ジョイス:
「皿洗い機の修理人って孤独でしょ?」

「家庭の主婦も孤独な人種なのよ」

修理工:「これをムリせずそっとはめ込んでやって、後はこれをねじ込めばOKです」

ジョイスは修理工に顔を近づけて、食い入るように説明を聞きます。

そこにインターフォンが鳴り、ペグが訪問してきました。

ジョイス:「イヤだ、誰かしら」

ジョイスが窓に近づき目をそらすと、修理工はジョイスに言い寄られて嫌だなという表情をします。

ジョイス:
「ちょっと失礼、すぐ戻るから待ってて」

「芸術家の仕事を見逃したくないの」

ペグ:「エイボン化粧品です♫」

ペグは笑顔でジョイスと顔を合わせます。

ジョイスは不機嫌そうに言います。

ジョイス:
「見えないの?うちの前に車があるでしょ?」

「”お客が来てる”ってことよ」

ジョイスは大きなドアを冷たく閉めました。

とても変わった女性がいます。

家の中には水晶やロウソク、悪魔祓いの道具が置いてあり、パイプオルガンの低音で演奏しています。

ペグは彼女の家の前を通りますが、首を振って訪問しませんでした。

訪問販売が成功せず残念がるペグに、近所の子どもがいたずらを言います。

近所の子ども:「ピンポーン!エイボンでーす!」

黄色のパステルカラーで覆われた大きな車の中でため息をつくペグ。

ふとサイドミラーを覗くと山の上にそびえ立つ、淋しげなお城が見えました。

ペグは思いついて車をお城に走らせます。



04.ハサミ人間


茨で囲まれた門を通って入口まで行きます。

葉が一枚もない木が奇妙に伸び、ゴシック様式の刺々しい形をしたお城がそびえ建っています。

恐る恐る進むペグは中庭に出てきました。

するとどうでしょう、ユニークに刈り込みがなされたファンタジーの植物たちがペグを出迎えました。

あの恐ろしかったお城の外観とは違い、庭にはカラフルな花々、丁寧に刈られた芝生、ダイナミックで表情豊かな植え込みがありました。

ペグ:「すばらしいわ!」

ペグは生気のない木製のドアを、顔より大きな鋳鉄のドアノッカーを持ち上げてノックします。

ノックに応答はなく鍵はかかっておらず、ペグは誘われるかのように屋敷の中に恐る恐る入ります。

ペグ:「こんにちは!エイボンです!」

古びた屋敷に入るとペグは怖さを打ち消すようにいつもより明るい声で訪問を知らせました。

そこには今は動いていない巨大な歯車や実験道具、ロボット、コンベアなどが放置されたーていました。

ペグ:
「何てすごい所!」

「こんにちは、エイボン化粧品の宣伝に参りました!」

1階には人の気配はありませんでした。

ペグは古代生物の背骨のような長い階段を登っていきます。

ペグ:
「勝手に申し訳ありません、どなたかいます?」

「広いお宅ですわね」
「エアロビで鍛えててよかったわ」

ペグは最上階の部屋までやってきました。

そこには雑誌や新聞の切り抜きが大切に貼り付けてありました。

『目を持たずに生まれた少年、手で読む』と書かれた記事と写真や聖母マリアが幼いキリストを抱いている切り抜き。

ペグは部屋の隅っこに誰かいるのを見つけます。

ペグ:
「こんにちは、誰かいるの?」

「なぜ隠れているの?」
「怖がらないで、ペグ・ボックスよ」
「エイボン化粧品のセールスに来ました」

その人影を見てみると多数のナイフを持っているのがかすかに分かりました。

ペグ:「お取り込み中でしたのね、すぐ失礼しますわ」
人の影:「行かないで...」

その影はか弱い声で助けを乞うように言いました。

一人の青年が暗闇から出てきました。

その青年は両手が長いハサミに改造されていました。

ペグ:「一体どうしたの?」

その青年は助けを懇願するように両手をペグの顔の前に指し出して言います。

エドワード:「この手は未完成なんだ」

ペグ:
「それ以上近づかないで!」

「それが手なの?手なのね」
「どうしたの?ご両親は?」
「お母さんは?お父さんは?」

エドワード:「眠ってそのまま...」

ペグはエドワードの境遇に同情を寄せます。

ペグ:
「独りぼっちでここに住んでいるの?」

「その顔はどうしたの?」

その青年は自分の手のハサミで傷つけたのでしょう、顔がアザだらけでした。

この顔のキズは比喩ですね。

エドワードはおじいさんが死んだ後、独り寂しく生きてきました。

愛情不足の人を想像して見るといいと思います。

幼く両親を失った人、過干渉、放置の親、虐待、暴言を受けてきた子ども。

彼ら彼女らは飢えた愛情を求めながら、自分で自分の心を傷つけて生きてきた。

こんなに苦しいのなら生まれてこなければよかった。

何でいつも独りなのだろう。

淋しい...

自分の存在を自己否定して生きてきたのだと思います。

そうすると皆さんの中でもエドワードのような「生きづらさ」を自分に照らし合わせて共感していけると思うのです。

その共感が映画を自分の糧にして観るための入場チケットだと思っています。

ペグはエドワードの身体を興味深く触ります。

エドワードはペグに触れられるのを恐れてビクつきました。

ペグ:
「大丈夫よ、怖がらないで」

「まず新発売のアストリンゼントを使って。バイ菌も予防できるのよ」

《アストリンゼント》
〜「収れん化粧水」や、「アストリンゼントローション」とも呼ばれる化粧水の一種です。 肌をひきしめ、キメを整える効果があります。 通常の保湿化粧水よりもさっぱりとした使用感なので、過剰な皮脂の分泌や、毛穴にお悩みの方におすすめのアイテムです。 マスクの蒸れにより分泌された、皮脂によるメイク崩れを防ぐことができます。〜

ペグは脱脂綿につけた化粧水を傷にそっとトントントンと置いていきました。

ペグ:「名前は?」

エドワード:「エドワード」

ペグ:「エドワード?」

ペグは「愛ある人」といった感じの優しい人柄の女性です。

ペグは決断してエドワードに言います。

ペグ:「私の家へいらっしゃい」

ペグの車の助手席にエドワードを乗せて家に帰ります。



05.恐れながらも近づく


色々な景色を見ることができて、エドワードは上機嫌です。

ペグ:「外を見ててね。初めて見る景色でしょ?」

エドワードは興奮して窓ガラスに顔をぶつけました。

ペグ:「大丈夫?」

ここは小さな町のようです。

近所のご婦人たちはペグが車に男を乗せているのを見て、噂話に花を咲かせます。

婦人たちは電話で連絡を取り合い、さも大事件のように人の話を話題にしている所が滑稽で皮肉が籠もっていますね。

やがてペグたちは自宅に着き、ペグはエドワードを自宅に招き入れます。

エドワードは家の中の『家庭』の持つ温かな雰囲気につつまれて、何ともいい知れない微笑みをしました。

ペグは家族の写真をエドワードに見せて紹介します。

ペグ:
「彼は私の主人のビルよ」

「ボウリングのチャンピオンよ、分かる?」
「こっちは釣りに行った時よ」
「ケビンはむくれ顔、1日中何も釣れなかったの」
「これはうちの娘よ。名前はキム」
「高校2年のパーティーね」
「今は高3、早いものね」
「キャンプに行ってて数日したら戻ってくるわ。きれいな娘でしょ」

エドワードはキムの写真を見て、とても気に入ったようです。

優しい眼差しと微笑みが写真からこぼれていました。

ペグ:
「うちの中を案内するわ。あとはゆっくりくつろいでね」

「あっちは台所。何でも食べて飲んでいいのよ」
「それはブドウの置物よ。寝室はこっち。タオルと着る物を持ってくるわ」
「ここに何かビルのお古があったはずよ」

ペグはクローゼットから服を取り出しました。

ペグ:「あなたのサイズよ。そこのキムの部屋で着替えて」

エドワードはキムの部屋に行き、鏡を覗き込みます。

そこに自分の顔が映し出されています。

エドワードは恐れながらウォーターベッドに手を触れます。

そのプクプクとした感触、タプタプ響く音を不思議そうに感じています。

そして知らずにハサミでウォーターベッドを刺してしまうのですね。

絶対にやってはいけないやつです。

ウォーターベッドの水が勢いよくエドワードの顔にかかりました。

慌てて傍らのぬいぐるみで蓋をします。

対処の仕方が面白いですね。

ペグがエドワードの様子を見に行くと、まるでザリガニが狭いところでもがくようにワイシャツを着るのに奮闘しているエドワードを見つけます。

ペグ:「ごめんなさいね、手伝うわ」

エドワード:「ありがとう」

ペグ:
「顔を切ったのね。血をふいてあげるわ」

「痛い?」

エドワード:「いいや」

エドワードは優しくか細い声でささやきました。

ペグ:「その服とても似合うわ」

クローゼットを開けて姿見の鏡でエドワードにその姿を見せてあげます。

ペグ:
「素敵でしょ」

「友達に医者がいるの。話してみるわ」

エドワード:「本当に?」

ペグ:
「顔の傷は私が直してあげるわ」

「エイボンの『上級用マニュアル』を読むわ」

夜になり、家族で団らんの食事をします。

息子のケビンと夫のビルもいっしょです。

エドワードにとって皆で食事するのは初めての経験です。

エドワードはお皿のおかずをハサミで上手く取れずに困っています。

ペグ:
「ケビン、そんなに見つめないで。失礼よ」

「自分だって見られたらイヤでしょ?」
「かわいそうよ。見ないで!」

ビル:「こういう食事は初めてか?エド」

ペグ:「『エドワード』と呼んであげて」

ビル:
「あの城に独りで住んでいたのか?」

「確かに眺めはいいだろうな、エド」

ペグ:「エドワードよ」

ビル:「海も見えるだろ?」

エドワード:「時々...」

ペグ:
「ビル、塩とコショーを取って」

「ケビン、見ちゃだめよ」

ケビン:
「こいつ、イカすよ」

「あの手で首に空手チョップをかましたら・・・」

ペグ:「エドワード、パンにバターを付ける?」

エドワードは上手にバターを切って、手のハサミをバターナイフのようにパンに塗りました。

ケビン:「学校でみせびらかしていい?」
ペグ:「ケビン、いい加減にして!」

このビルとケビンの会話がとても自然体でいいなと思いました。

エドワードに対してちっとも構えるところがないですよね。

ペグのようにエドワードの心情を推し量る人もいれば、ビルやケビンのように人は人、自分は自分と考えてさっぱりしている人もいるということですね。

エドワードはキムの部屋で寝るようになります。

慣れないウォーターベッドに戸惑っているようです。

次の日の朝、ペグはエドワードに傷を隠すための上級の化粧をしてあげます。

ペグ:
「まず、しみ隠しのクリームを塗りましょう」

「丹念に満遍なく塗り込むの」
「傷を隠すのよ」
「肌がとても白いのね」
「これはラベンダー色のカバークリーム」
「あなたの肌によく合うわ、ほらね」
「ずっとよくなったわ」
「そうだわ。傷あとをカバーして表面を平らにするの」

ペグはエドワードの化粧の出来をしばらく見て言います。

ペグ:「このクリームだめね!」

化粧品販売員が思わず自社の商品をダメ出しするところが面白いですね。



06.芸術家エドワード


昼間にケビンとビルは庭でベースボールのラジオを夢中になって聴いていました。

近所のご婦人たちのように奇異な目をして興味本位で人の境界線をズカズカと越えてくるようなことがないんです。

とても大切な対比だと思います。

エドワードはビルに倣って植木の刈り込みをします。

二人がラジオに興奮している間に、エドワードは恐竜の形に植木を刈り込んでしまいました。

二人はその植木の出来栄えにとても驚きます。

気を良くしたエドワードは家族をモチーフにした刈り込みを創り上げました。

ビル:「素晴らしいな、エド。それはうちの家族か?」
ペグ:「まあ、私たちだわ。私たちよ!」

エドワードは今まで家族の夢をたくさん描いてきたのですね。

淋しい思いを雑誌の切り抜きや聖母とキリストの絵などを見て、自分を癒やしてきたのだと思います。

ペグたちの笑顔が何より嬉しいんですね。

エドワードはこの家族といることが段々と心地よくなってきます。

そこにエドワードの幸せに不吉を呼び込むかのように、紫色の服を着た女がやってきます。

エズメラルダ:
「そいつは紅蓮の炎の燃える地獄からの使いよ」

「恐ろしい悪魔の化身」
「神の小羊を迷わせる気?」

エドワード:「違うよ...」

エドワードは戸惑い、か細い声で言い返します。

エズメラルダ:「そばへ来ないで」

そう言うとエズメラルダは去って行きました。

ビル:「イヤな女だ、消えろよ」

ペグ:「彼女を気にしないでね」

ビル:「あの女は頭がイカれてるのさ」




07.知らない人たち


エドワードに興味津々なご婦人たちはペグの家に押しかけてきて、ペグに無理やりエドワードのお披露目会を開かせます。

エズメラルダ:
「悪魔の誘惑に乗らないで!」

「まだ遅くない。あいつを早く追い出すのよ」
「自然に背く悪霊よ」

エドワードは食事の支度を手伝います。

楽しくキャベツをチョップするエドワードは誤って自分の顔を切ってしまいます。

ペグ:
「また切ったのね。そんなに緊張しないで」

「エズメラルダは来ないし、他は皆いい人ばかりよ」
「心配しないで。自然のままにしていればいいのよ」
「緊張せず、自然のままに」

ペグが自動缶切り器に乗せられたぐるぐる回る缶詰を見つめていると、エドワードはおじいさんとの過去を思い出します。

素敵な回顧のシーンです。

お城の機械はクッキーを作るためのピタゴラスイッチのような装置でした。

缶詰からクッキーの素が出てきてボウルに注ぎ込まれます。

そこに一個の卵がロボットのか細い手によって割られ、ボウルに入った生地は鋼鉄の人形の泡立て器の手でかき回されます。

また後列の鋼鉄の人形が足で生地をこねて、そのまた後ろの人形が足で型を切り取ります。

後ろに待ち構えているアコーディオン型のオーブンがこんがりとクッキーを焼き上げます。

工場のコンベアのような無味乾燥したものではなく、おしゃれでユーモアのある生産機械でした。

おじいさんは満足げに、出来上がったハート型のクッキーを手に取り、傍にいたロボットの左胸に近づけました。

おじいさんは心を持ったロボットが欲しかったのですね。

なんという雄弁な映像言語なのでしょうね。

言葉のない映像だけの数分間でこれだけのユーモア、驚き、ハートフルな感情を詰め込むことができます。

『いやあ、映画ってほんとにいいものですね』という水野晴郎さんの名文句が言いたくなります。

おじいさんもまた人との接し方が下手だけど、温かい心の交流が欲しかったのですね。

そして愛の結晶エドワードが作られます。

エドワードのお披露目会が開かれ、子どもたちにじゃんけんに誘われたり、医者の紹介を約束してくれたり、たくさんのいい人に囲まれてエドワードは上機嫌です。

ペグ:
「エドワード、大丈夫?」

「おなかは空いていない?何か食べたい?」

ご婦人たちがエドワードを見ながら噂します。

ジョイス:
「信じられないわ。とても謎めいてる」

「冷たい手か温かい手か」
「あのハサミでチョキンとやられたらどう感じるかしら?」

近所の男:
「エディ、金曜の夜にトランプをやりに来ないか?」

「だがカードは切るなよ(笑)」

男は一人満足げにジョークを飛ばしました。

エドワードがジョークの意味を解せずに少し苦笑いをするところが可愛らしいです。

エドワードは長いハサミに野菜や肉などを突き刺し、串代わりにしてバーベキューをします。

ブラジルのシュラスコ料理みたいです。(笑)

そこに身体が不自由な老人がエドワードに同情して話しかけます。

老人:
「俺も身体が不自由だがどうって事はない」

「戦争で弾丸が当たって、このとおり義足をつけとる」
「人に身がい者とは呼ばせるなよ」

ご婦人たちはそれぞれの家で作ってきた料理をエドワードに食べてもらおうと一斉に寄ってきます。

エドワードは大人気でした。

エドワードはおじいさんとの楽しい過去を思い出します。

おじいさん:
「女主人が客にお茶を出そうとしてるよ」

「エチケット上いろいろな問題があるんだ」
「立ってカップを受け取るべきか、指で砂糖をつまんでもいいか?」
「お茶のおかわりは許されるか」
「ナプキンは全部広げてもよいのか、半分に折って使うべきか」
「エチケットはむずかしいんだよ」
「だが正しいエチケットに従えば、人前で余計な恥をかく事をまぬがれるよ」
「お前は退屈しているんだな、エチケットよりも詩を読もうか」

おじいさんは我が息子のようにエドワードをとても可愛がりました。

おじいさん:
「髪の薄い年寄りが薄い絹で服を作った」

「ある人が言った『そんなに薄いと破れるよ』」
「彼は答えた『薄いと手入れが簡単だ』」
「可笑しければ笑っていいんだよ、エドワード」
「笑ってみて」




08.ペグの娘キム


夜中になり、ペグの娘のキムがキャンプから帰ってきました。

キムは鼻歌を歌いながらエドワードが眠っている自分の部屋に入ってきました。

エドワードはベッドの上でハサミをそっと折りたたみ、キムをじっと見つめていました。

キムが鏡で自分の顔を覗いていると後ろに人がいるのを発見しました。

キムは大声で叫びます。

その声にエドワードも大慌て。

ウォーターベッドに無数の穴を勢いよく開けてしまい、パニックになりました。

ペグはキムに事情を説明して、ビルはエドワードに新しいベッドを用意しました。

ビル:
「城にいたから君は知らないんだよ」

「最近の年頃の娘ってヤツは皆イカれてる」
「これを飲むといい。レモネードさ」

ビルはホームバーでエドワードにレモネードと偽ったお酒を飲ませました。

ビル:
「分からん」

「女は年頃になるとホルモンの関係で身体がふくれて、頭がイカれる」

エドワード:「ホルモン?」

ビル:
「そうだよ」

「そう深刻に考えるな」

お酒が入っているとは知らないエドワードはストローで勢いよく飲み、呼吸が止まりかけます。

ビル:「うまいか?」

ビルは何もなかったかのようにエドワードに質問しました。

一方ペグはキムの心を落ち着かせていました。

ペグ:「今夜はとりあえずここで寝るのよ」

キム:「なぜ彼はうちに来たの?」

ペグ:「独りぼっちでかわいそうだったのよ」

キム:「でもなぜ?」

ペグ:「キム、彼を見てかわいそうとは思わないの?」

キム:「それは思うわよ」

ペグ:「じゃあ下に行って握手ぐらいしてあげたら...」

キム:「あの手でどうやって?」

ペグ:「挨拶をしてあげて。あなたは彼を驚かせたのよ」

キム:「それはこっちだわ」

キムは母に連れられて恐る恐るエドワードのもとにやって来ます。

ペグ:
「エドワード、正式に紹介するわ」

「うちの娘のキムよ」
「キム、新しい家族のエドワードよ」

キムは母に肩を抱かれながらエドワードを興味深く見ていました。

ビルにお酒を飲まされたエドワードはグロッキーなゾンビのような顔をして、その場に卒倒してしまいました。

初対面が強烈だったキムはそれ以来エドワードのことをあまり良く思っていませんでした。

エドワードが刈った街中の庭木の刈り込みを気味悪がりました。

食事の時、エドワードがキムのために切ってあげた肉をキムのお皿に乗せてあげるのですが誤って服の上に落としてしまいます。

エドワードはハサミを畳んですまなさそうな顔をしました。



09.恋心


いつものように庭木の刈り込みをしていると、一匹のプードル犬が傍らに座っていました。

目の前の髪の毛が視界を遮っていたので、エドワードは優しく切ってあげました。

すると、身体の方の毛も無性に切りたくなって、全身ヘアカットします。

前衛的なヘアカットに仕上がりました。

素敵にグルーミングされました。

そのデザインが評判を呼び、エドワードのもとにはたくさんのお客さんが押し寄せてきます。

ジョイスは自分の髪を切ってほしいとエドワードに哀願します。

エドワードが毛をカットしている時、切った髪はふわふわと綿のように浮き上がります。

どのような演出なのでしょうね。

どんなに奇異と見られる特徴でも、その人の長所や能力として認める寛大さがアメリカ映画にはありますね。

どんな人に対してもその存在の価値を見出してあげるという温かい心があります。

ペグもエドワードに髪を切って貰います。

そうやって人との交流も、少しずついろんなことを許し合って互いの距離を近づけていくのだと思います。

母の髪型を見て驚くキムでしたが、エドワードに対してまだよそよそしさがありました。

エドワードは街で近所の人と買い物をしている時、キムがボーイフレンドを連れて歩いているのを見ました。

いつしかエドワードの心の中にはキムへの恋心が芽生えていました。

エドワードが買い物から帰ってくると、家の鍵を無くしたキムが中に入れず困っていました。

エドワードはハサミの一番尖ったところを鍵穴に差し込み、鍵を開けることに成功します。

想った相手の役に立てたエドワードはとても嬉しくて光栄に思ったにちがいありません。

エドワードとペグはテレビ出演します。

会場からの質問が来ます。

質問者A:「町の生活で得たものはなんですか?」
エドワード:「いい友達です」

会場からは温かな拍手がエドワードに向けられます。

質問者B:「整形手術を受けようと思った事はありますか?いい先生がいるのよ」
エドワード:「ぜひ紹介して下さい」

エドワードはどの質問にも丁寧に優しく答えました。

質問者C:「あなたは整形したらフツーの人になってしまうわ」

エドワード:「知ってます」

質問者D:「特別な人でなくなり、もてはやされないわよ」

ペグ:「私にはいつも特別な友人です」

ペグとエドワードは顔を合わせて微笑みました。

お互いの愛情の交換ですね。

このように間接的であれ直接であれ、いつも相手に感謝と愛情を示すことの大切さを教えてくれます。

人の価値は能力があろうがなかろうが無関係だということです。

そばにいるだけでもとより大変な価値なのですね。

質問者E:「ヘアカットがお上手だけど美容院を開くおつもりは?」

エドワードは楽しそうにハサミをチョキチョキしながらハニカミました。

質問者F:「恋人はいますか?」

キムと恋人のジムはテレビでその様子を見ていました。

ジム:「君のことだろ?」

ジムはキムをからかって言います。

キム:「冗談はやめてよ」
司会者:「心を惹かれている女性がいますか?」

エドワードはカメラ目線で正面を見つめます。

そのエドワードの目をキムはブラウン管越しにじっと見つめてました。

数秒間の沈黙がエドワードとキムを包み込みます。

不意にエドワードのハサミがマイクのコードを切ってしまい、ショートしてエドワードは椅子から倒れ込みました。

ジムは思いっきり大笑いしました。

キム:「笑うなんてひどいわ」

キムの中のエドワードの存在が大きくなっていくのが分かります。



10.後ろめたい気持ち


ジョイスとエドワードは美容院の貸店舗を訪れます。

そしてジョイスは奥の部屋でエドワードを誘惑します。

パニックになってしまったエドワードはジョイスを置いて出てきてしまいました。

ジョイス:「戻りなさい!エドワード!」

ペグとエドワードは店を開業するために銀行に交渉に行きます。

しかしエドワードは社会保険番号を持っていないため、信用がなく融資を拒否されてしまいます。

銀行員:「社会保険番号もない。存在してないのと同然だ」

人は自分の存在を気薄に思う瞬間があると思います。

独り孤独なとき、大きなチャレンジに失敗したとき、失恋したときなど、いじめにあったとき、つらい病気になってしまったとき。

状況は人によって様々です。

今の空虚なエドワードをこういった皆さんの様々な状況に当てはめてみることができると思います。

そして必ず陥ってしまうことは「自己蔑視」です。

その気薄な存在を消してしまおうという、もう一人の自分が出てきてしまう。

長く切れ味の鋭いハサミで自分自身にその刃を向けてしまう。

皆さんも経験があると思いますが、その方がとても楽なのです。

どうせ私なんかと痛みの原因である自分を抹殺することがとても気持ちのいいものとなるのです。

『私なんかいない方がマシだよね』

何で気持ちよくなるのか?

それは身体が脳内になんらかの神経伝達物質を流し、脳が傷つくのを防いでくれているからだと思います。

身体にとって脳にとって、自分を傷つけることは危険な状況なのです。

『自己蔑視』は身体によくないのです。

心も身体の一部だということを知っていただきたいなと思います。

大事にして下さい。

愛情を受けて育てられた幸運な人、いつも自信があり「自己肯定感」などという言葉の意味すら分からないという人は恵まれた人です。

何十億円よりすばらしいものを親から受け取っているのです。

ですが世の中にはそういったものを受け取ることができずに今日まで懸命に生きてきた人たちがいます。

「いきづらさ」をどことなく感じながら、自分だけかもしれないとひた隠しにしながらそっと生きている人たち。

そういった方々によく我慢して今日まで頑張って生きてきたと言ってあげたい。

誰からでも愛情が欲しくて欲しくてたまらない。

でも一方では自分なんかが受け入れて貰えるのかという不安を抱えている。

相手の言葉や行動に神経を尖らせて、嫌われていないかの永続的な確認作業。

精神力を費やし疲れきってしまう。

受け入れて貰えていると感じれば、幼児のようにべったりと相手にくっついてしまう。

歯止めが効かない引力で気を許した相手に惹かれてしまう感情。

そしてそこに必ずくっついてしまう「嫉妬心」「胸の中の小さな地獄」。

荒れ狂うほどの不安感が襲いかかります。

人との距離感(距離間)を取るのに苦労している人たちがいるのです。

エドワードというハサミ人間は孤独な人の『心のカタチ』です。

ジョイスを置き去りにした辺りを境に、エドワードは人の怖さを知っていきます。

自分への態度が180度変わってしまいます。

自分への『拒否』だと捉えてしまうのです。

人との立ち位置が分からなくなってきます。

次第にエドワードは気持ちが傷つかない独りだけの『安全基地』に戻ろうとしていました。

ペグ:「心配しないで、お金は作れるわよ」

ペグはとても優しい友人です。



11.エドワードの沈黙の理由


キムの恋人ジムはエドワードを利用して、保険金目当てに自宅の車を盗むことをキムに話します。

そして夜中にジム、キム、エドワードは侵入します。

キム:「エドワード、あなたはここがジムの家だと知ってるの?」

エドワード:「盗まれたものを取り返しに行くんだよね」

ジム:「そうだ。盗まれた物を取り戻す」

エドワード:「親と話をしたらどう?」

ジム:「そいつの親も腹黒い奴でブツを返さない」

エドハードたちはジムの家に侵入し、鍵のかかった部屋の鍵の差し込みにハサミを差し込んでドアを開けます。

エドワードは一人、部屋の中に入りました。

ジム:「チクショウ!防犯ベルだ!」

キム:
「エドワードはどうするの!?」

「エドワードを助けて!」
「ジム、あなたの家なのよ。戻って説明をして!」

ジム:「バカ言うな!おやじに送検される」

キム:「息子を?」

ジム:「そういう親なんだよ!逃げろ!」

キム:「戻ってよ!」

その部屋は防犯システムで管理されていて、エドワードだけがその部屋に取り残されました。

防犯ベルが鳴り響き、エドハードは部屋に閉じ込められてパニック状態になりました。

キムはエドワードを助け出そうとしますが、キムはジムに無理やり抱えられます。

そしてジムたちはエドワードを置き去りにして、逃走してしまいます。

警官たちがエドワードを包囲しました。

警官:
「防犯ベルを止めるからおとなしく出て来い!」

「両手を高く、頭の上にあげろ!」
「手をあげろ!」

エドワードはゆっくりと警官の前に出てきました。

腕をあげた手には何十個ものハサミを携えており、そのハサミにはパトカーの赤いランプが近所中にその輝きを反射していました。

エドワードのハサミは「攻撃性」を意味します。

ですがそれは自分の身を守るためのハサミです。

何から身を守るのかと言う方がいるかもしれません。

それは自分以外のすべての恐怖の対象からです。

ネグレクト、過干渉、虐待、親から引き離された経験を持つ人は、あらゆるものを「外化」してしまい恐れないでいいものまで恐れてしまうのです。

野生の猫はこちらが近づくとすぐに逃げてしまったり、威嚇するのと同じです。

すべてのものが自分に攻撃してくると思いながら生きているのです。

子どもに自然と備わっている『防御本能』に対して母親が『無償の愛情』で包み込むことで、安心感を与えて社会との交流が可能になります。

アメリカの精神学者、ジョン・ボウルビィによって提唱されているものです。

その本能的な防御は、形容すれば心のコップの水が表面すれすれまで一杯になっている状態です。

神経過敏で感じやすく、警戒心にほとんどのエネルギーを費やして生きています。

警官:
「ナイフを持ってるぞ」

「武器を捨てろ!」
「その手の武器を捨てろ!」
「最後の警告だぞ!その手の武器を捨てろ!」
「捨てないと撃つぞ」
「撃ち殺されたくなきゃナイフを捨てろ!」
「なんてサイコ野郎なんだ」

接近を止めないエドワードを警官は正当防衛で撃とうとしました。

近所の優しい婦人が警官に駆け寄って言いました。

婦人:
「撃たないで!あれは手なのよ!」

「お願い撃たないで!」

警官:「手錠をしろ!」

世の中には色々な人がいます。

ジムのようにエドワードの弱さを嗅ぎつけ利用する者がこの社会にはたくさんいるということは事実です。

そういった弱き者の心の寂しさに目をつけ、何もかも搾り取っていく人種がいます。

ですが、孤独なお城からエドワードを誘い出したペグや温かく迎え入れた夫ビル、そして警官に必死に訴えかけた婦人。

わたしはいつも「愛ある人」と呼ぶことにしています。

こういった愛ある人が世の中にはたくさんいることを忘れないで欲しいです。

そういった人を見つけて、大切に交流してもらいたいです。

あなたの心になんとも言えない安心感をもたらせてくれます。

そして同時に「愛ある人」には依存できないなという威厳みないなものも持っています

そういった人との信頼感によって、やがて手のハサミは柔らかく温かい握手やハグができる指に変わってくると思うのです。

留置所に収監されたエドワードをペグとビルが迎えにきます。

ペグ:
「エドワード」

「許して、私が悪かったのよ」

ビル:「一体なぜこんな事を?」

ペグ:「私がジムの家が裕福だとうらやんだからね」

何気ない会話ですが、ペグは自分に原因があったと心から思っているんですね。

これが相手に寄り添った態度なんだろうなと感じます。

相手を包み込むとはこういうことなんだと感じます。

相手の立場になって考える。

なかなか大変なことです。

ビル:「盗んでどうしようとしたんだ?」

ペグ:
「美容院の資金を作る気だったのよ」

「でもまさかこんなことをするなんて...」
「人の物を盗むのは悪い事なのよ」

ビル:「こういうやっかいな事になる」

ペグ:「きっとテレビ番組で思いついたのね」

ビル:「そうに違いない」

ペグ:「それとも誰かに言われたの?」

エドワードは口を固く閉ざし、真実を誰にも言いませんでした。

警官:「先生、それでこの男の精神状態はどうなんだ?」

精神科医:
「育った環境のせいで善悪の観念がないのだ」

「それを教える者がいなかったんだ」
「植木やヘアカットからも分かるとおり、彼は極めて想像力豊かな大物だ」
「だが現実に対する認識が欠如している」

『現実に対する認識』とは置き換えて言うならば、経験によって得られる『生きる知恵』だと思います。

世の中にはやって良いことと悪いことがあること。

いい人と悪い人がいること。

自己開示してもいい『重要な他者』と安易に心を開いてはいけない『その他の人』がいること。

相手にも自由な意思があり、尊重すること。

相手が自分の思いと違うことをすることと、愛されていない(拒否されている)というのは全く異なること。

警官:「社会に戻しても支障がないと思います?」

精神科医:「大丈夫だろう」

警官:「君の事が心配だよ。十分に注意して暮らせよ」

エドワードの評判は一転して街中の人からの悪口が多くなります。

青色の婦人:「あたしも防犯ベルの音でびっくりして...」

ジョイス:「やはりこういう事をする奴だったのよ」

緑色の婦人:「もしうちだったら...用心しなきゃ」

エズメラルダ:
「だから悪魔の使いだと言ったでしょ?」

「あたしの警告が正しかった事が分かった?」

釈放されて家に戻ったエドワードはキムと顔を合わせます。

キム:
「戻ったのね」

「ひどい目に遭った?」

キムはエドワードのそばに寄ってきて顔を覗き込みます。

キム:
「怖かった?」

「ジムに『戻って』と頼んだけど、聞いてくれなくて」
「黙っててくれたのね」

エドワード:「いいんだよ」

エドワードは優しくそして何処となく悲しげに言いました。

キム:「ジムの家だと知って驚いたでしょ?」

エドワード:「それは知ってたよ...」

キム:「本当に?なぜ承知したの?」

エドワード:「君が頼んだから...」

キムは驚きを隠せませんでした。

エドワードはただキムに好かれたかった。

それが犯罪に同意した理由でした。

エドワードもキムも互いに心を許し、心の距離を縮めはじめます。



12.胸の中の小さな地獄の炎


しかしそこにジムがやって来て、彼女は彼の元に駆け寄ります。

それを見たエドワードは荒れ狂うように、ハサミで家中のものを傷つけます。

嫉妬の心、胸の中の小さな地獄の炎が煮えたぎります。

夕食時、エドワードはビルに優しく諭されます。

ビル:
「カーテンやタオルはともかく、信頼はそう簡単には取り戻せない」

「善悪のけじめを教えよう」
「道で札束の詰まったカバンを見つけた時、君ならどうする?」
「A. 君が頂く」
「B. 友達や愛する者にプレゼントを買う」
「C. 貧乏な人にあげる」
「D. 警察に届ける」

キム:「パパ、やめて。可愛そうよ」

ケビン:「僕は頂く」

ペグ:「あなたは黙って!」

ビル:「エドワード、どうする?」

キム:「食事の後、ボウリングに行かない?」

キムは可哀想なエドワードを見て必死に話題を変えようとします。

ビル:「エドワード、答えてくれ」
エドワード:「愛する者にプレゼントを...」

ビルは残念そうに首を横に振ります。

キムは慈しんだ目でエドワードを眺めていました。

ペグ:「それが正解と思えるでしょうけど違うのよ」

ケビン:「バカだな。警察に届けるんだよ」

ビル:「ケビンが正解だ」

キム:「なぜプレゼントが悪いの?私だってそうしたいわ」

ビル:「やめろ、彼がいっそう混乱するよ。余計なことを言うな」

キム:「でもマジにそう思わない?」

ビル:「今は善悪のけじめの話だ」

ペグ:「あんたたちと暮らしてりゃ、善悪が混乱するのは当然だわ」

キムは花壇の花を優しく手入れするエドワードをじっと見つめていました。

キムを演じる女優のウィノナ・ライダーは、幼い頃両親がヒッピーだったことでコミューンと呼ばれる共同体で育ったそうです。

10代には「境界性パーソナリティ障害」を発症します。

その症状の中の一つに、『見捨てられることへの不安があり、孤独になるのが不安なので、相手に接近しようとする』という感情があります。

本作を演じる彼女の中にもそんなエドワードへの共感が演技に込められていたのは間違いないと思います。

このシーンのウィノナ・ライダー自身の気持ちもエドワードへの眼差しのなかに感じ取っていただけると思います。

ケビンが家に帰ってきました。

エドワードはじゃんけん遊びをして欲しくてケビンを誘います。

エドワード:「じゃんけんしようよ」

ケビン:「嫌だよ」

エドワード:「退屈かい?」

ケビン:「いつも僕が勝つんだもん」

ペグ:「エドワード、気にしないで」

何気ないシーンですが、エドワードは自分はやはり嫌われているんではないかと思ってしまうんですね。

ただ遊びたくないと言われただけなのですが、エドワードにとっては拒否されたと考えます。

こういった被害的な考えが人とコミュニケーションがうまく取れない人の中にあります。

「やっぱり僕なんかいないほうがいいんだ」という思考にどうしてもなってしまいます。



13.気持ちを伝えるということ


そうこうするうちにこの作品の世界ではクリスマスが訪れます。

この世界は雪は降らないらしく、各家庭ではクリスマスツリーの準備と同じくして白いコットンのじゅうたんを屋根に敷き詰めます。

綺麗な幻想的な世界です。

ある夜ペグとキムの母子は仲良くクリスマスツリーの飾り付けをしていました。

ふとキムが外を窓越しに見ると降るはずのない雪が降っていました。

この世界ではありえないことです。

キムは誘われるように外に飛び出します。

庭でエドワードが素敵な氷の天使の像を彫っていたのです。

その雪はハサミで氷を削った氷のスプラッシュでした。

エドワードの冷たい氷の中に閉じ込められた心には、天使の優しさや温もりがあることをキムに表現しているようでした。

上手く人への愛情を伝えられないエドワードは彼独自の方法で愛を表現したのですね。

キムはエドワードの愛をしっかりと感じ取ります。

何て不格好な愛の表現でしょうか。

でもこれがエドワードの気持ちの表現方法です。

自分の気持ちを外に伝えるための方法を、辛い気持ちを乗り越えて自分だけの愛の伝え方を編み出したのだと思います。

キムは両腕を上げて、エドワードの愛を余すことなくすべてを受け止めるように、その雪を全身で感じていました。



14.また独り...


そこに急にジムが現れて、エドワードのハサミがキムの手のひらを傷つけました。

ジムはエドワードを家から追い出そうとしました。

ジム:
「お前なんか消えろ!」

「お前なんか消えちまえ!」

エドワードはキムを傷つけた被責感と叱責されることの恐怖心に心を支配されてしまい、その場から逃げるように立ち去ります。

キム:「エドワードは?」

ジム:「あいつは危険だ」

キム:「何てことをしたの!」

ジム:「君を傷つけたんだぞ!」

キム:「ジム、あんたなんか大嫌いよ!これきりよ、行って!」

ジム:「本気か?あんな化け物がいいのか?」

キム:「もうたくさんよ!行って!」

荒れ狂うエドワードはペグに着せてもらったワイシャツを切り刻んで脱ぎました。

人を型どった植木の足をちょん切り、車のタイヤにハサミを突き刺し、エズメラルダの家の前の植木を悪魔の姿にしました。

あの優しい警官が通報を受けてペグの家に訪ねてきました。

警官:
「奥さん、例の手の男はいますか?」

「留守ですね、わかりました」

警官は捕まえなければならないと言うように残念そうにいいました。

キムとペグは自宅でエドワードの無事を祈って自宅でじっと待機していました。

キム:「今は何時なの?」

ペグ:「20時半よ」

キム:「心配だわ。無事かしら」

ペグ:
「心配ね。彼を連れてきたのが間違いだったのよ」

「彼がどうなるか、想像してあげられなかった...」
「わたしはよく考えもせずに...」
「それに私たちや近所の人との事もね..」
「やはりエドワードは戻るべきなのかもしれない...お城へ」
「あそこなら安全だし、町の平和も戻るわ」

ペグは今、気弱になっています。

エドワードは野生の動物ではありません。

人間社会で上手くやっていけないから山に還すこととは違うのです。

ペグがエドワードを連れてきたのはエドワードが初めて交わした言葉「行かないで...」でした。

この言葉がエドワードの本心であり、寂しさから助け出して欲しいという切望だったと思います。

そういったエドワードの言葉や表情に共感して、ペグは家に連れてくることを決断しました。

『行かないで』なんて悲痛な叫びでしょうか。

愛する人たちのそばにただ一緒にいたい気持ち。

些細な陰口に必要以上に怯え、軽い注意を拒否と感じ、嫌われていないかと相手を見張り続け、人の顔色を伺いながら暮らす。

拒否されたと思い心が折れ、自分の存在の軽さに耐えられなくなる。

それはあなたのせいではないのです。

『基本的信頼感』というものが足りないのです。

赤ちゃんは、おなかが空く、オムツが濡れる、かまってほしい、眠たいのに眠れないなどと感じると、すぐに泣き出します。

お母さんは、赤ちゃんのために、おっぱいを与え、オムツを換え、目を見つめ、声をかけ、抱っこし、子守唄を歌い、添い寝するなど心をこめて世話をします。

このような相互のやりとりをくりかえすなかで、赤ちゃんの心は安心感でいっぱいになります。

安心感でいっぱいになった3〜4ヶ月の赤ちゃんは、あやすとよく笑うようになります。

赤ちゃんは、「この世はとても快適な場所で、人は信頼できる存在である」と感じ始めるのです。

言いかえると「あやすと笑う」ということは、赤ちゃんの心に発達心理学でいう「基本的信頼感」が赤ちゃんの心に芽生えたということを意味します。

「基本的信頼感」を土台にして、赤ちゃんの心は成長していきます。

すべての幸・不幸の原因と言っても過言ではないこの「基本的信頼感」。

これはもう貰えなかったのだから仕方がありません。

やるべきことが2つだけあります。

1️⃣

愛情を貰えなかったことを受け入れて、自分はこういう人付き合いになってしまうことを受け止めて、自分の感情や行動を許してあげること。

人は自己受容することで「貰えて当たり前」という気持ちがなくなり、「自分は持っていない」という気持ちから「十分に持っていた」という感謝に変わっていきます。

自分の幼児的欲求や感情に歯止めがかかります。

好きな人のそばにいるだけで「ありがとう」と思えるようになります。

自分は幼児のままだったのかと嘆くかもしれません。

ですが、この世の中に老年になっても3歳の幼子のように周りに愛を求めて孤独な人がどれだけいることでしょう。

恥じることでは決してありません。

成長するための「近道」や「魔法の杖」などどこにもないのです。

それほどこの「基本的信頼感」は価値の高いものであり、何十億円より価値があるものなのです。

2️⃣

「基本的信頼感」をたっぷりもらって生きてきた人を友人やパートナーに持ち、安心感を分けてもらうこと。

ペグのように「愛ある人」からその力をいただくのです。

いつもその人と一緒にいることで「愛ある人」の性質が似てくるのです。

もちろん母親ではありませんから何でも要求が通るということはありません。

この違いはとても重要です。

もう一度言います。

『母親とは違います』

全体重をかけて相手にもたれかかってはいけません。

相手はしっかりとした距離感とはっきりとした境界線を持っています。

ですが、あなたのすることをいつも認めてくれ、尊重してくれ、存在することを心から喜んでくれます。

この世にはそういう人があなたが思うよりたくさんいるのです。

諦めないで下さい。

そうすればあなたの中にも次第にゆっくりと「安心感」が生まれて来るはずです。

少しずつ「生きづらさ」が取れてくると思います。

氷が少しづつ溶けていきます。



15.家族


エドワードは暗闇の住宅街でぽつんと一人寂しそうに考え込んでいました。

そのそばにモフモフとした大型犬がエドワードを慰めるかのように近寄ってきました。

エドワードはその犬の目の視界までかかった長い毛を、優しく切り落としてあげました。

見渡しがよくなった犬の表情を見て、エドワードは微笑みました。

エドワードの寂しさが少し柔らぎます。

エドワードの目には出るはずもない涙がキラリと光っていました。

パトカーが巡回してエドワードを捜しています。

エドワードはペグの家に戻ります。

エドワードの背中に傷ついたその手をそっと置いてくれた人がいました。

キムでした。

エドワード:「ケガは大丈夫かい?」
キム:「あなたのほうこそ大丈夫?」

エドワードは黙ってうなずきました。

エドワード:「家族の皆はどこ?」
キム:「あなたを捜しに...」

家出した時に捜しに来てくれる家族。

家族はエドワードがどんな気持ちで独りでいるのか、心細くはないか、そのような気持ちを想像しながら必死に探し続けてくれています。

そうしたペグやビルに感謝ですね。

キム:「エドワード、抱きしめて」

エドワードは長く鋭い腕の中に輪っかを作り、キムを抱きしめようとします。

ですがエドワードはためらった顔でキムに言います。

エドワード:「できない...」

愛する人を傷つけたくないエドワードはこれ以上距離を縮めることを諦めます。

キムは自らハサミの腕を持ち上げてエドワードの胸の中に入りました。

キムはエドワードの心の葛藤を判っていました。

エドワードはキムを抱きしめ、愛する人の温もりを感じることがやっと出来ました。

辛く長い心の葛藤を乗り越えて。

ここでエドワードは昔のシーンを回想します。

おじいさんがクリスマスプレゼントの箱を開けると、人間の腕が二本入っていました。

おじいさん:「エドワード、クリスマスには少し早いがお前にプレゼントをあげるよ」

その手を興味深く見つめるエドワードをおじいさんは嬉しそうに眺めていました。

エドワードはその手にキスをします。

エドワードには至福の瞬間(とき)でした。

その直後、おじいさんは病で倒れそのまま死んでしまいます。

エドワードは自分が好意を持つと大切な人を失ってしまう気がしていたのかもしれません。

不運がまたもエドワードに訪れます。

酔っ払ったジムの仲間が運転する車にケビンが跳ねられそうになります。

それを見たエドワードは間一髪ケビンを救い出しますが、その時ケビンをハサミで傷つけてしまいます。

街中の人が集まって騒ぎ出し、キムはエドワードに苦悩の中で言いました。

キム:「逃げて」

エドワードはもう戻れないことを受け入れ、その場から立ち去りました。

パトカーの後ろを責め立てるように街中の人がエドワードを追いかけました。

ペグ:
「ケビンは大丈夫です。かすり傷よ」

「彼は行ってしまったわ。放っといてやって」




16.結末


エドワードはお城に逃げ込みました。

警官は拳銃の銃口を空に向けて6発撃ちました。

警官:「逃げてくれ」

罪のないエドワードの行く末を祈りながら。

街中の人たちが警官に聞きます。

街中の人:「彼は死んだ?」

警官:「もう終わった。皆帰ってくれ」

街中の人:
「どうなったの?あいつは?教えて!」

「あきれた、逮捕してないのよ」
「城へ行きましょう!」

キムは暗闇の中でうずくまっているエドワードを城の中で見つけます。

冷たく暗い尖った城の中、二人は澄み切った月明かりに照らされています。

エドワード:「ケビンの傷は大丈夫?」

キム:
「あの子は無事よ。驚いただけ」

「それよりあなたこそ死んだかと...」

突然そこにジムが銃を撃ってきました。

上から落ちてきた瓦礫にエドワードは頭を打って倒れました。

ジムはエドワードを何度もエドワードを痛めつけます。

キムはエドワードのハサミをジムの喉に押し当て、決死の覚悟で言いました。

キム:「やめて!あんたを殺すわよ」

ジムはキムのハサミをどけ、キムを身体ごとふっとばしました。

それを見たエドワードは怒りにまかせて、ハサミでジムの身体を貫きました。

エドワードは自分のしたことを十分に理解していました。

キムを名残惜しく見つめて言います。



17.人生の最良の瞬間(とき)


エドワード:「さよなら」

キムはエドワードの唇に優しくキスをし、エドワードを抱きしめました。

その瞬間エドワードは静かに目を閉じ、永遠の幸せを感じます。

その表情には至福と感謝に満ちあふれていました。

この永遠の愛を持って、ずっと独りで生き抜く覚悟が現れていました。

「僕は今この瞬間、救われたよ」とでも言いたげな表情でした。

キムは近くにあったエドワードのハサミの手を街中の人に見せて宣言します。

街中の人:「あいつは?」

キム:
「死んだわ」

「屋根が落ちてきて2人とも死んだわ」
「見れば分かるわ。これよ!」

街中の人:「帰りましょう」

時が戻り、キムがお婆さんの現代のシーンになります。

キムお婆さん:「その夜を最後に2人は別れたの」

女の子:「なぜ分かるの」

キムお婆さん:「私がそこにいたからよ...」

キムは老眼鏡を外し女の子の目を真剣に見つめました。

女の子:「お城に訪ねて行けばいいのに...」

キムお婆さん:
「私はもうこんな年寄り...」

「彼には昔の私だけを覚えててほしいの」

女の子:「彼はまだ生きているの?」

キムお婆さん:
「さあ、それは分からないけど...きっと生きてるわ」

「なぜって彼が来る前はここには雪が降らなかったの」
「彼が去ってから、毎年雪が降るようになった」
「この雪はきっと彼が降らせているのよ」
「今も彼は見ているはずよ。踊ってる私の姿を...」

彼は氷の芸術家です。

愛する人達の氷の彫刻を冬の時期に彫っていました。

自分を思い出して欲しいという願いを込めて。

冬になると毎年、お城の上の方から雪の結晶がたくさん街に降り注いできました。

多くの柔らかな雪が人々の身体に触れます。

心にそっとタッチします。

優しい、優しいお話でした。



18.終わりに


世界中がクリスマスという家族や恋人と楽しいひとときを過ごす時、その陰で孤独に耐えている人が必ずいます。

クリスマスの光と陰。

すべての人々にハートフルな出来事が起こることを願っています。

これまでお読み下さりありがとうございました。

すべての人は孤独で繊細な幼児です。

決して独りではないことを心に留めていて欲しいと思います。

それでは、また次回の作品でお会いしましょう。



19.関連作品


『チャーリーとチョコレート工場』 ティム・バートン監督

『ホーム・アローン』 クリス・コロンバス監督

『ビッグ・フィッシュ』 ティム・バートン監督

『アリス・イン・ワンダーランド』 ティム・バートン監督

『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』 ティム・バートン監督

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