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【ショートショート】10年以内に (1,891文字)

 ビールを飲みつつ、疲れた様子で夫は言った。

「とにかく、父さんも母さんも頑固でさ。いくら丁寧に説明しても、移住する気がないんだもん。参っちゃったよ」

 わたしは取り分けておいた夕飯の肉じゃがとほうれん草の胡麻和えを出し、味噌汁を温めながら、その話を聞いていた。

「別に死んでもかまわないって言うんだもん。本当、呆れちゃった」

「でも、しょうがないじゃないかな。いきなり、隕石が降ってくるから引っ越せと言われても、そう簡単には受け入れられないわ」

 去年、NASAが10年以内に隕石が日本に落ちると発表した。約40mの塊らしいのだが、該当地域は半径10km は焼け野原となり、あらゆる生き物が死滅する恐れがあると警告した。

 当初、日本中に動揺が広がるも、予想される落下エリアが日本海側の半島あたりとわかり、国民の多くはほっと安心した。

 具体的な調査の結果、影響を受けるのは人口が200人に達しない限界集落1つのみと判明した。与野党ともに、住民に都市部への移住を推奨するだけ。対策を取らない方針で意見が一致してしまった。

 そして、人々は自分の生活と関係ないという理由で、隕石のことなどすっかり忘れてしまった。

 しかし、その限界集落に夫の実家はあったので、我が家だけは未だにこの問題に頭を悩ませ続けていた。

「まあね。二人とも、ずっと、あの町で暮らしてきたんだもんなぁ。俺だって、あそこで育ったわけだし、愛着があるのはよくわかるよ。でも、このまま、暮らし続けるのは不可能だろ」

「なんとかならないのかしら」

「無理だね。財務省は無駄な財政出費を避けたいと、今回の件について、1円も予算を組んでくれなかったんだぞ。なんなら、現状の維持管理コストすらもったいないと言う始末。ここ数ヶ月で行政サービスの縮小も一気に進み、壊れた水道管が修理されず放っておかれているんだぜ」

「ひどい。不安に見舞われた町を見捨てるようなものじゃないの」

「ああ。実際、見捨てるつもりなんだよ。世論もそれを望んでいるみたいだし。ネットを見ると限界集落に暮らし続ける高齢者をわがままと非難する声であふれかえっているからな」

 味噌汁が沸き始める前に火を止めて、お椀によそって、ご飯と一緒に運んであげた。ちょっとだけビールを飲まないかと誘われたので、「じゃあ、もらおうかな」と答え、小さなグラスに注いでもらって、夫の正面に座った。

 まじまじと向かい合うのもなんだったので、見たい番組があるわけじゃないけど、BGM代わりにテレビをつけて、夜のニュース番組を流した。

「それで、お義父さんとお義母さんはどうするつもりなの」

「骨を埋めるつもりなんだろ。なにを言っても、『でも畑があるからねぇ』って。他の土地で生きていくイメージを持てないんだろうな」

「国は移住先の世話をしてくれないの。それこそ、畑仕事ができる場所なら、重たい腰をあげてくれるかも」

「まさか。そんな不便な場所で暮らしているやつらはバカと叩かれているんだぞ。すべては自己責任。誰も助けちゃくれないよ」

 思わず、ため息が漏れた。老夫婦が穏やかな最期を望むことすら許されないなんて。たしかに、隕石を止めることはできないけれど、せめて、寄り添ってもいいではないか。少なくとも、最初に出てくる言葉として、コストカットはあまりにも残酷過ぎる。

 国は言う。少数の人たちのために大切な税金を使えない、と。いやいや。おかしいでしょ。目の前で苦しんでいる少数の人たちも救えないなんて。

 代わりに、誰が望んでいるのかわからないイベントに何千億というお金を使っているんだもの。国民を見捨てる政治家はウソをついて私服を肥やしているんだもの。無駄な出費はどちらだろう。

「これ、美味しいね」

 夫は肉じゃがをほめてくれた。

「和牛がね、安かったの」

「ほお。だから、上品な味がするのか」

 じんわり、わたしは罪悪感に襲われた。

 わかってはいるのだ。それだけ言うなら、うちが義父母を受け入れるべきである、と。肉じゃがに和牛を使う余裕があるなら、可哀想な人たちに手を差し伸べた方がいい。そんなことはわかっているのだ。

 ダイニングに沈黙が落ちてきた。視線がテレビに吸い寄せられた。女性キャスターは最近、大きい地震が頻発していることを伝えていた。

 ゲストで出演している大学の偉い先生が、10年以内に、何十万人の死者が予想される巨大地震が発生する確率が高いと言っていた。その被害が特に大きいと予想されるエリアの地図に見覚えがあった。というか、明らかにココだった。

 わたしはおもむろに夫の顔を見た。

「うーん。でも仕事があるからねぇ」

(了) 




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