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【読書コラム】眠っちゃいけない夜にぴったりの本 - 『ジャイロスコープ』伊坂幸太郎(著)

 先日、旅行をしてきた。朝早くに出発する飛行機しか取れず、午前6時に羽田空港へ向かう必要があった。うちからだと片道1時間はかかる。諸々の準備を踏まえれば、午前4時には目覚めておきたい。緊張感でいっぱいだった。

 普段は日付が変わるまで起きているわたしにとって、午前4時は朝というより夜だった。一応、午後10時には布団へ入ったみたけれど、全然、眠くならなかった。

 これはまずいと大いに焦った。寝ようとすればするほど落ち着かなさが増していく。身体はむずむず、脳はあくせく。無駄に時間が過ぎ去って、気づけば、午前1時をまわっていた。

 ちょっとヤバそうだった。仮に眠ることができたとして、3時間でパッと目が開く自信はなかった。なんなら、このような状況で眠ってしまって、過去、何度か寝坊をかました実績がある。経験者として、危険な匂いを察知した。

 よし、徹夜だ。このまま始発が出るまで起き続けるしか道はない。遅刻をしたら航空代が無駄になる。その損失はあまりに痛いし、だいたい、一緒に旅する友だちに申し訳がないではないか。移動中に眠れるんだし、あと3時間、耐え抜く方が安全だろう。

 さて、そんな風に気持ちを切り替えてみたはいいけど、皮肉なことにたちまち眠気がやってきた。おいおい。待ってよ、勘弁してよ。いまさら、それはないでしょ、絶対。不満を言っても仕方がなかった。たぶん、このま布団にいたら、わたしはきっと眠ってしまう。

 そこで意を決して、リビングへ移動。刺激的なコンテンツでもって、どうにか暇を潰すことにした。

 選択肢はいろいろあるが、退屈してはいけないとなると、どうしたものかけっこう悩んだ。動画も映画もゲームも本も、つまらなかったら一巻の終わり。逆に寝落ちのリスクがあった。100%面白いものを選ばなくてはいけないけれど、果たして、そんな最強なものがこの世に存在するのだろうか。

 なにがいいかと思案を重ねた。その迷いも眠気を誘う危険があるし、ほとほと困り果てたとき、積読の山で伊坂幸太郎の文字がピカリ光を放った気がした。

 君に決めた!

 わたしはけっこう前に購入した『ジャイロスコープ』の文庫本を手に取った。すでに頭は朦朧としていた。もし、ここでヨーロッパの古典なんかを読み始めたら、秒で倒れていただろう。でも、そこは伊坂幸太郎。短編集の最初の作品「浜田青年ホントスカ」は冒頭から刺激的だった。

 初めて、伊坂幸太郎を知ったのは映画『アヒルと鴨のコインロッカー』がきっかけだった。恵比寿ガーデンシネマに通っていた中学二年生の頃。邦画らしい落ち着いた映像なのに、邦画とは思えないセリフ回しと大胆な展開に度肝を抜かれた。そして、なにより、映画にはなっているけれど、本当は小説じゃなきゃ不可能な表現を使っているのがすぐにわかって、帰り道、有隣堂アトレ恵比寿店で原作を買って、山手線で早速読んだ。

 本当、伊坂幸太郎の文章はうまいにもほどがある。芥川賞と直木賞の両方をとってもいいレベル。ただ、だからこそ、芥川賞も直木賞もとれないという不遇を味わった。でも、間違いなく、日本文学のど真ん中にいるあたり、本当に村上春樹に似ている。

 たびたび、伊坂幸太郎の文体は村上春樹のそれと比較されてきた。しかし、驚くことに、本人は村上春樹に触れてこなかったという。

僕は捻くれた十代を送っていたので、小説を読むにしても若いときはメジャーなほうにはいかなかったんですよ。

『ニッポンの文学』では村上春樹さんの小説についてもかなり言及されていますが、僕は村上さんの本、ほとんど読まなかったんです。他意はなくて、単にすごく有名だったので手が出しにくかっただけで。

伊坂幸太郎×佐々木敦「面白い小説は"文学"ではないのか?」

 代わりに大江健三郎で育ってきたというから、なるほど、村上春樹を経由せず、翻訳風の文体を独自に獲得したのだろう。なにせ、村上春樹の文体もベースにあるのは大江健三郎。いわば、両者は異母兄弟の関係なのだろう。

 様々なカルチャーを引用し、現実と虚構のはざまを描くスタイルも共通している。ただ、今年31歳のわたしにとって、75歳の村上春樹が好む音楽や映画はほとんど馴染みがないものばかり。いつもスマホ片手に検索しながら読んでいる。対して、52歳の伊坂幸太郎のチョイスはしっくりくるので心地よい。

 短編集『ジャイロスコープ』に収録されている作品も、どこかで見たことあるような設定を使っているので、容易にストーリーが把握できた。その上で、叙述の工夫で予想をどんどん裏切られるので、爽快にもほどがある。

 うわぁ! そうきたか!
 次の作品はどうくるんだろう?

 ワクワクで次から次へとページをめくった。もはや、自分が眠かったことなど忘れてしまって、読書の楽しみにひたすら心を込めて踊らせた。

 やがて、仕掛けておいた目覚まし時計がジリリッと鳴った。そうだ、そうだ、わたしは空港に行かなくてはいけないのだ。

 総武線から山手線。山手線から京急へ。移動の間も『ジャイロスコープ』を読み続けた。少し早めに着いたけど、保安検査をパパッと済ませて、搭乗待合室でコーヒーを飲みながら、新幹線の清掃スタッフの物語「彗星さんたち」に夢中だった。

 で、飛行機に乗っても、窓の外に広がる景色など関係なしに文庫本を開きっぱなし。結局、目的地である釧路空港に到着すると同時に読了していた。

 東京と比べて、ぐぐっと寒い空気を浴びて、わたしは大きくあくびをかました。

 そうだよね、一睡もしてないんだもんね。

 空港から市内までつなぐシャトルバスに乗り込んで、わたしはぐっすり眠りについた。伊坂幸太郎がいなければ、きっと、いまごろ寝坊していたことだろうと安心感に包まれながら。




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