在原なほ

SNSは使いこなせない60年代生まれ。書くことが精神安定剤だった時期もある。書かなくて…

在原なほ

SNSは使いこなせない60年代生まれ。書くことが精神安定剤だった時期もある。書かなくてもどうにか生きていけたありがたい時期を経て、半世紀過ぎた今、「書くこと」を改めて見直しているところ。

記事一覧

Re:本 『しずくのぼうけん』

「まりあてるりこふすか」  「ぼふだんぶてんこ」 作者の名前を声にしては、きゃきゃきゃと笑っていた。それが誰かの名前だという認識もなく、異国の不思議な音として。 …

在原なほ
8日前
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次の方、どうぞ(14) 匂い

「あたしほんっとにダメなんです、匂いがきついの」 通勤中の電車内で、香水や柔軟剤のきつい匂いで不快感を覚える、さらには吐き気や頭痛に襲われる、という化学物質過敏…

在原なほ
1か月前
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次の方、どうぞ(13) 社長教サラリーマン

「なんにもしてない、みたいに言うなっ、俺は、俺なりの立場で、やることやってんだよ」 ろれつの怪しい、怒号とともに中年男性が診察室に転がり込んでくる。見本のような…

在原なほ
2か月前
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Re:本 『わたしのいるところ』ジュンパ・ラヒリ(Jhumpa Lahiri) 中嶋浩郎 訳

 一言で言えば、音のしない本。 現代文のテストで副題を提案されたなら、「静謐」と表現するかもしれない(正しく漢字が書ければ!)。 46の短編が連なる「長編小説」とあ…

在原なほ
4か月前
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続ー 台所解体、そして

台所のリフォームをして3か月経った。この間、年末と正月というわたしの中では年間でも最も「台所に居たい/居る」時期も経験した。 リフォームするとなれば、おそらく複…

在原なほ
4か月前
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2024年のはじまり

元旦に地震。とても大きな、一週間経っても全容が把握できないほどの。翌日には飛行機事故がある。炎上の瞬間が暗闇に浮かぶ映像が何度も流される。 これといった新年の抱…

在原なほ
4か月前

クリスマスチキンの骨、どうするか問題。

クリスマスチキンを焼く。 これを恒例行事にしてから四半世紀ほど経つ。むろん、子どもらが喜ぶ(かもしれない)という下心とともに、「大きいものを調理する」楽しみを、…

在原なほ
5か月前
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おはなし『先生と、』 寿司屋にて@2010 #3

 あぁ、なかなか進也が出てきませんね・・・  何度目かの訪問の時に、わたくしは、ほかの子どもたちとはちょっと集中の仕方が違う男の子がいることに気づきました。時に、…

在原なほ
5か月前

おはなし『先生と、』 寿司屋にて@2010 #2

・・・どうですか、競馬場で、その日あった男の言葉で、全財産賭ける勇気が、あなたにはおありですか。 わたくしは、ある意味、オダさんを尊敬しますね。信じると決めたからに…

在原なほ
6か月前

おはなし『先生と、』 寿司屋にて@2010 #1

若旦那、ご無沙汰しております。いや、もう若旦那じゃないのか、立派な大将になられて。先代は職人としてもたいそう立派でしたけれども、ちゃあんと若旦那を育てるっていう…

在原なほ
6か月前

re:本 『宙ごはん』町田そのこ

 宇宙の「宙」の字を人の名前として「そら」と読む、というのに違和感がなければ、あなたは十分に若い。 などというのはただの独り言だが、この本は大雑把に言えば、「宙…

在原なほ
6か月前
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re:本 『友よ、また逢おう』坂本龍一・村上龍

 坂本龍一の訃報を受けて、図書館の入り口近く、いつもは「季節特集」を置く特設コーナーにこの一冊はあった。奥付は平成4年発行。1990年から1992年に月刊誌に連載された…

在原なほ
7か月前
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「英会話できます」じゃないバスツアー#10

<2023年5月 ホバート@タスマニア 市内観光バスツアー顛末> 10 完全に、遠足の帰り道気分だった。前の晩から高揚したまま出かけ、気持ちの乱高下を抱えながら1日を過…

在原なほ
7か月前
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「英会話できます」じゃないバスツアー#9

<2023年5月 ホバート@タスマニア 市内観光バスツアー顛末> 9 帰国後に見た多摩動物園のニュースによると、2頭のうち「ダーウェント」は今年のはじめに死んでいて、残…

在原なほ
7か月前
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「英会話できます」じゃないバスツアー#8

<2023年5月 ホバート@タスマニア 市内観光バスツアー顛末> 8 そこに住むウォンバットは、わたしのイメージする「まるっこさ」はあるものの、なんというか表情にアジ…

在原なほ
7か月前
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「英会話できます」じゃないバスツアー#7

<2023年5月 ホバート@タスマニア 市内観光バスツアー顛末> 7 タスマニア島には、人が乗れる鉄道は敷かれていない。明確に調べもせずに来てしまったけれど、ホバート…

在原なほ
7か月前
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Re:本 『しずくのぼうけん』

Re:本 『しずくのぼうけん』

「まりあてるりこふすか」 
「ぼふだんぶてんこ」
作者の名前を声にしては、きゃきゃきゃと笑っていた。それが誰かの名前だという認識もなく、異国の不思議な音として。
今、手元にある絵本よりも、もう少し横長の、すこしグレーがかった水色の絵本だった。表紙には、すました顔の「しずく」が、気障な格好で(と思っていた)くつろいでいる。
「うちだりさこ・やく」続けて訳者の名前を声にする時、それはロシアという遠い国

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次の方、どうぞ(14) 匂い

次の方、どうぞ(14) 匂い

「あたしほんっとにダメなんです、匂いがきついの」
通勤中の電車内で、香水や柔軟剤のきつい匂いで不快感を覚える、さらには吐き気や頭痛に襲われる、という化学物質過敏症候群が話題になって、もうずいぶん経つ。にもかかわらず、発症する人を「特殊なひと」とする世の中の動きには、あまり変化がないように思う。
それにしても、だ。
ダメなんです、と声高に叫ぶこの女からは、得も言われぬ匂いが漂っている。わたしの中の匂

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次の方、どうぞ(13) 社長教サラリーマン

次の方、どうぞ(13) 社長教サラリーマン

「なんにもしてない、みたいに言うなっ、俺は、俺なりの立場で、やることやってんだよ」
ろれつの怪しい、怒号とともに中年男性が診察室に転がり込んでくる。見本のような酔っ払いは、まっすぐ歩けてはいない。なのに患者用の椅子にはしっかり座ることができる。背もたれもないのに。
「酔ってないぞおらぁ」
俺は、なのか、「オラァ」と威嚇しているのか、語尾の意味はどちらともとれる。アルコール臭がきつい。
何故、泥酔し

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Re:本 『わたしのいるところ』ジュンパ・ラヒリ(Jhumpa Lahiri) 中嶋浩郎 訳

Re:本 『わたしのいるところ』ジュンパ・ラヒリ(Jhumpa Lahiri) 中嶋浩郎 訳

 一言で言えば、音のしない本。
現代文のテストで副題を提案されたなら、「静謐」と表現するかもしれない(正しく漢字が書ければ!)。
46の短編が連なる「長編小説」とあるが、どこを切り取っても一枚の絵のような情景が見える。解釈次第でどんなふうにも読み取れるという点では、絵画よりも水墨画に近い、あるいはアジア的と感じた。

作者の母語---ロンドン生まれのベンガル人としてのそれを英語とするなら、だが--

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続ー 台所解体、そして

続ー 台所解体、そして

台所のリフォームをして3か月経った。この間、年末と正月というわたしの中では年間でも最も「台所に居たい/居る」時期も経験した。
リフォームするとなれば、おそらく複数社の相見積もりをとり、ネット情報を探り、価格と好みの仕様にこだわるのが「王道」というものだろう。リフォームした後で比較サイトを眺めて「へぇ」なんて言ってる、間抜けなわたしは大きく道を外れている。それは知っている。
言い訳をするなら、リフォ

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2024年のはじまり

2024年のはじまり

元旦に地震。とても大きな、一週間経っても全容が把握できないほどの。翌日には飛行機事故がある。炎上の瞬間が暗闇に浮かぶ映像が何度も流される。
これといった新年の抱負もなく、努めねばならぬ仕事も役目も試験もなく、ただ正月三日の「休日」を過ごす身であっても、この情報量と内容に打ちのめされる。

立て続けのニュースに思ったことは、これでガザの紛争が「より」遠くなったな、ということだった。ウクライナの戦禍も

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クリスマスチキンの骨、どうするか問題。

クリスマスチキンの骨、どうするか問題。

クリスマスチキンを焼く。
これを恒例行事にしてから四半世紀ほど経つ。むろん、子どもらが喜ぶ(かもしれない)という下心とともに、「大きいものを調理する」楽しみを、年に一度くらいは味わいたい、というわたしの欲でもある。
きっかけは生協宅配のチラシに煽られた、というのが実態だが、しかしある年(どういう訳だったか、鶏肉全般の供給不足で)丸鶏入手が抽選となり、見事にはずれた時には、町中の肉屋さんを訪ね調達に

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おはなし『先生と、』 寿司屋にて@2010 #3

おはなし『先生と、』 寿司屋にて@2010 #3

 あぁ、なかなか進也が出てきませんね・・・

 何度目かの訪問の時に、わたくしは、ほかの子どもたちとはちょっと集中の仕方が違う男の子がいることに気づきました。時に、むきになってゲームに勝とうとする子がいますが、そういうのとも違う。彼は、話は話として聞いているのに、記憶力が優れているのでしょう、勘もよく、みなと同じようには騙されませんでした。少しシニカルではありましたが、ユーモアもありました。場の雰

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おはなし『先生と、』 寿司屋にて@2010 #2

おはなし『先生と、』 寿司屋にて@2010 #2

・・・どうですか、競馬場で、その日あった男の言葉で、全財産賭ける勇気が、あなたにはおありですか。
わたくしは、ある意味、オダさんを尊敬しますね。信じると決めたからには信じるという漢気が、あのやわらかい笑顔の中にあるということにね。
競馬に当たったのは偶然でしょう。しかし、そこから二人の縁が始まった。オダさんは一度きりと決めていたので、伯父が博打で手にしてくるなら金は受け取れない、とそう言ったそうで

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おはなし『先生と、』 寿司屋にて@2010 #1

おはなし『先生と、』 寿司屋にて@2010 #1

若旦那、ご無沙汰しております。いや、もう若旦那じゃないのか、立派な大将になられて。先代は職人としてもたいそう立派でしたけれども、ちゃあんと若旦那を育てるっていう、もっと難しい仕事まで立派に成し遂げられたわけですねぇ、見上げたもんです。
え? いや、わたくしはとっくに隠居の身ですよ、もう教職から離れてそうですね、かれこれ八年・・いやいや、十年ちかく経ちますか、最近はそんな数も数えられなくて、困ります

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re:本 『宙ごはん』町田そのこ

re:本 『宙ごはん』町田そのこ

 宇宙の「宙」の字を人の名前として「そら」と読む、というのに違和感がなければ、あなたは十分に若い。
などというのはただの独り言だが、この本は大雑把に言えば、「宙という名のひとりの子の目を通して描かれる、成長物語」である。(この一文を「女の子の目」「彼女の成長物語」と書かないのは、この性別が特定されなくとも、おそらくこの物語は成立するだろうから)

五つのパート、それぞれの成長段階で構成される物語は

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re:本 『友よ、また逢おう』坂本龍一・村上龍

re:本 『友よ、また逢おう』坂本龍一・村上龍

 坂本龍一の訃報を受けて、図書館の入り口近く、いつもは「季節特集」を置く特設コーナーにこの一冊はあった。奥付は平成4年発行。1990年から1992年に月刊誌に連載された、往復書簡である。(探し出してきた図書館員さんも熱心な方だと思うが、このように出会えるのも紙の本ならではだろう)
往復書簡――― チャットやe-mailをはじめとする「電子的な」やりとりではなく、Faxのやりとりをまとめた内容だ。F

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「英会話できます」じゃないバスツアー#10

「英会話できます」じゃないバスツアー#10

<2023年5月 ホバート@タスマニア 市内観光バスツアー顛末>
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完全に、遠足の帰り道気分だった。前の晩から高揚したまま出かけ、気持ちの乱高下を抱えながら1日を過ごし、ややぐったりしつつもまだうわずった気持ちは冷めない夕方。バスに乗せてもらって、自分で運転する必要もない。「町に帰ります」のあとはDさんのガイドアナウンスもお休み。夕日が、丘の向こうに沈んでいこうとするのをぼんやり眺める。家畜

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「英会話できます」じゃないバスツアー#9

「英会話できます」じゃないバスツアー#9

<2023年5月 ホバート@タスマニア 市内観光バスツアー顛末>
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帰国後に見た多摩動物園のニュースによると、2頭のうち「ダーウェント」は今年のはじめに死んでいて、残る1頭の具合がよくないということだった。ホバートを流れる川の名が、2頭に名づけられていたことをはじめて知る。そして数日前(10月になってしまった)残る「テイマ―」の訃報を知る。国内でタスマニアデビルに会える場所が、なくなってしまっ

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「英会話できます」じゃないバスツアー#8

「英会話できます」じゃないバスツアー#8

<2023年5月 ホバート@タスマニア 市内観光バスツアー顛末>
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そこに住むウォンバットは、わたしのイメージする「まるっこさ」はあるものの、なんというか表情にアジア人らしさがあった。ちょっと目が離れていて、某有名漫画の言葉を借りるなら「平たい顔族」感がある。それが単純な個体特徴なのか、なにがしかの事故など保護された事象によるものなのかは、繰り返すが、お姉さんの説明が聞き取れないので、わからな

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「英会話できます」じゃないバスツアー#7

「英会話できます」じゃないバスツアー#7

<2023年5月 ホバート@タスマニア 市内観光バスツアー顛末>
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タスマニア島には、人が乗れる鉄道は敷かれていない。明確に調べもせずに来てしまったけれど、ホバートの街中にあるのは「メトロ」と書かれたバスの表示だけで、地下鉄もトラムも走っていなかった。長距離を走る鉄道の話題も聞かない。
ところが、だ。ボノロングに向かうバスは、貨物列車とすれ違った! 
バスの反対側の窓に向かってシャッターを切る

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