見出し画像

マイコプラズマ肺炎 Q&A


1. マイコプラズマは何ですか

一般的に「マイコプラズマ」と呼ばれるものはMycoplasma pneumoniaeという名前の細菌です. この細菌は日本語では「肺炎マイコプラズマ」と呼ばれています.

一般的に「マイコプラズマにかかった」という場合にはこの細菌による感染症, あるいは特にこの細菌による肺炎になったことを意味しています.


2. マイコプラズマではどのような問題がおこりますか

マイコプラズマは小児において肺炎を引き起こす代表的な病原体の1つです. そのため肺炎マイコプラズマの菌に感染して肺炎となることが一番重要な問題です.
それ以外でも肺以外の部分にも問題が生じることがあります. 時に発疹がみられたりするほか, 髄膜炎・脳炎などの中枢神経系の病気を引き起こすなど, 多彩な病気の原因ともなることがあります. ただしこれらは肺炎と比べると頻度は低いです.


3. マイコプラズマ感染症は感染してからどのくらいで発症しますか

肺炎マイコプラズマは他の人からうつされることによって感染します. 一般的にはうつされてから発症するまで(潜伏期間) 2-3週間程度とされています.


4. マイコプラズマ肺炎は何歳くらいの子どもで特に問題となりますか

小児における感染症ではより低年齢の方がかかった時に重症となりやすいものが少なくありません. 例えばRSウイルス感染症やインフルエンザなどが挙げられます.

マイコプラズマ感染症のうちでもマイコプラズマ肺炎の場合には少し年齢が上がった4, 5歳くらいからの方がかかりやすいことが知られています.
これは低年齢がマイコプラズマに感染しにくいという意味ではなく, マイコプラズマ感染症→肺炎となりにくい, というかんじです.

よくしられた小児の肺炎で入院した患者の原因菌を調べた米国での研究があります. この研究では, それぞれの年齢において原因全体のうちで肺炎マイコプラズマが占める割合が示されていますが,
・2歳未満: 2%
・2-4歳: 5%
という結果が報告されています(*1).

低年齢でもマイコプラズマ肺炎は少なくないことを示唆した報告もありますが(*2), 一般的には低年齢での肺炎の場合にはマイコプラズマが原因の可能性は低いと考えられています.

*1  Community-Acquired Pneumonia Requiring Hospitalization among U.S. Children. N Engl J Med 2015; 372(9): 835–845
*2  The Clinical Presentation of Pediatric Mycoplasma Pneumoniae Infections-A Single Center Cohort. Pediatr Infect Dis J 2019; 38(7): 698-705


5. マイコプラズマ肺炎ではどのような症状がみられますか

マイコプラズマ肺炎では咳や発熱, 倦怠感といった症状がみられやすいです. ときに頭痛や喉の痛みを伴うこともあります.
一方でかぜやウイルス性の肺炎ではみられることの多い鼻水は, マイコプラズマ肺炎ではあまりみられないとされています.

ただしこれらの症状はどれも一般的なかぜ・肺炎でもみられるものです.
実際, マイコプラズマ肺炎とそのほかの原因の肺炎は, 症状だけでは区別は難しいと考えられています.


6. マイコプラズマ肺炎ではどのような検査が行われますか

マイコプラズマ肺炎では主に以下のような検査が行われます
・のどを拭って行う検査(LAMP法・迅速抗原検査)
・胸部X線(レントゲン検査)
・血液検査

のどを拭って行う検査(LAMP法・迅速抗原検査)
 マイコプラズマ感染症かどうか判断する検査として, 現在ではこれらの検査が一般的に用いられています. 特にLAMP法と呼ばれる検査の方が有用で日本小児科学会でも推奨されています.
 これらの検査で陽性となった場合, マイコプラズマ「感染症」である可能性がとても高いです. ただしマイコプラズマ「肺炎」とは限りません.

胸部X線(レントゲン検査)
 病歴聴取や症状でも肺炎の可能性はある程度疑えますが, 肺炎の診断には一般的に胸部X線(レントゲン検査)が用いられます.

血液検査
 マイコプラズマ肺炎だからといって必ずしも血液検査は必要とは限りません. ただし特に治療の経過が良好ではない場合には, 治療の選択肢を考慮するといった点で有用となることはあります.
 以前にはマイコプラズマIgMという検査が用いられていたこともありますが, 診断には有用ではなく(特にマイコプラズマ感染症ではない人をマイコプラズマ感染症と判断してしまう恐れがあった)現在では用いられなくなっています.


7. マイコプラズマ肺炎ではどのような治療が行われますか

 マイコプラズマ肺炎は細菌感染症でありますが自然治癒する病気であり, 必ずしも治療が必要とは限りません.
ただし主にマクロライド系, テトラサイクリン系, ニューキノロン系とよばれる種類の抗生剤(正確には抗菌薬)が有効であることが示されており, 実際にはこれらで治療が行われていることが多いと思われます.

 上に挙げた抗菌薬のうちでマクロライド系とよばれる抗生剤の種類が第1選択薬として日本小児科学会でも推奨されています(*3).
 マクロライド系にはいくつか種類がありますが, 一般的には
・クラリスロマイシン(クラリス®)
・アジスロマイシン(ジスロマック®)

という名前の抗生剤が用いられています.

 これ以外でも小児ではトスフロキサシン(オゼックス®)やミノサイクリン(ミノマイシン®)といった抗生剤が使用されることはありますが, 基本的には
・マクロライド系にアレルギーがある
・マクロライド系に耐性がある可能性がとても高い地域である
・マクロライド系を用いても改善傾向がみられない
場合に使用されます.
 従ってこれらの抗菌薬がこれらの事情なく最初から投与されるのは適切ではありません.

ちなみに適切な抗菌薬で治療すると, 多くの場合48時間以内に改善傾向を示すとされています.
つまり治療開始から48時間経過した時点で改善しているかどうかが一つの指標になります.

*3  小児肺炎マイコプラズマ肺炎の診断と治療に関する考え方. 日本小児科学会 (2013年2月19日公表)


8. どのくらいまで細菌は排出され続けていますか

 マイコプラズマ肺炎では, 咳などによって病原体が外に排出されています. この病原体は症状が落ち着いたあとでもしばらくは排出され続けていることが知られています.
 これは適切な抗生剤を投与された場合も同様です.
 排出期間はまちまちですが, 最長で4週間程度排出され続けている可能性が示されています(*4).
 つまり比較的長い期間, ほかの人に感染させるリスクはあるかもしれないということです.

*4  Carriage of Mycoplasma pneumoniae in the Upper Respiratory Tract of Symptomatic and Asymptomatic Children: An Observational Study. PLoS Med 2013; 10(5): e1001444.


9. 出席停止基準はありますか

マイコプラズマ肺炎(マイコプラズマ感染症)ではインフルエンザのような出席停止基準は定められていません.
厚生労働省から出されている「保育所における感染症対策ガイドライン」では登園の目安を「発熱や激しい咳せきが治まっていること」としています(*5) .
従って, 登校・登園はこれを一つの基準とするのが好ましいと思われます.

ただし前の項で述べたように, 出席可能となったあとでも病原体は排出されている状態が続いている可能性はあります.
そのためしばらくはほかの人に感染させないような配慮は必要だと思われます.

*5  「保育所における感染症対策ガイドライン(2018 年改訂版)」

-------------------------------------------------
おまけ

A. 肺炎がないマイコプラズマ感染症では抗菌薬治療は必要でしょうか

 Mycoplasma pneumoniaeは肺炎だけでなく急性上気道炎や急性気管支炎の原因ともなりえます.
 これらは肺炎を示唆する所見がないもののマイコプラズマの検査で陽性となった場合に診断される可能性があると思われます.

 これらの状況において抗菌薬治療が有益であるかどうかのエビデンスは乏しいです. ただし一般的にはMycoplasma pneumoniaeによる感染症は自然治癒することも考慮すれば, Mycoplasma pneumoniaeによる急性上気道炎などでは抗菌薬治療は不要だと思われます.


B. 1回の血液検査でマイコプラズマと診断されました. 1回の血液検査で診断してもらえないでしょうか.

一般的な医療機関において, マイコプラズマ感染症の診断目的の検査としては
・IgM抗体 (イムノカードマイコプラズマ抗体(IC法))
・抗体価(PA法)
のいずれかが用いられている可能性があると思われます. ただしこれらの検査はいずれも1回の検査で診断に至ることは少ないです.

IgM抗体検査は感度が良好であるものの, 長期間陽性となることが問題として指摘されています(*6 *7). つまり過去の感染をみているだけの可能性があるということです.
このことから日本小児科学会でも陽性の中には既感染が含まれていることに注意喚起を行っています(*3).

抗体価(PA法)の検査はペア血清(急性期と回復期の両方で検査して比較する)を用いる場合には有用です. ただし急性期のみの検査では十分精度が高いとは言えないです.

現在ではより精度の高い検査が存在することから, 血液検査での1回のみの検査で診断する必要はないと思われます.

*6  マイコプラズマ感染症診断におけるIgM抗体迅速検出法の有用性と限界. 感染症誌 2007; 81(2): 149-54
*7  マイコプラズマ感染症診断におけるIgM抗体検査の有用性とその限界. 日小児会誌 2004; 108: 753-6


C. マイコプラズマ肺炎の第1選択にオゼックス®(トスフロキサシン)を用いることは好ましくありませんか

「トスフロキサシンを含むキノロン系薬剤のマイコプラズマ肺炎に対するルーチンの使用は控えるべきである」と日本小児科学会の提言でも言及されているとおり, 第1選択としてオゼックス®(トスフロキサシン)を用いることは好ましくない.

まずトスフロキサシンを含むニューキノロン系は抗菌スペクトラムがとても広く, 特に薬剤耐性化に関して問題があることが指摘されている.
米国小児科学会でもその他の代替的手段がないなど合理的な理由がある場合のみに使用を制限すべきとしている(*8)

またトスフロキサシンが実際に小児のマイコプラズマ肺炎に有効かどうかについてのエビデンスも乏しい.
トスフロキサシンは小児においては日本でしか用いられていないため十分な研究がなされていない.
日本での研究で有効性を示唆する報告がいくつもあり(*9), 効果はあるとは考えられています
ただし患者の選択などの課題があるほか, 他の薬剤と比べて発熱期間が長かったとする報告もあるため(*10), さらなる質の高い検討が必要だと思われます.

従って耐性菌などの問題や, 効果のエビデンスが不十分であることも考慮すれば, 現時点では第1選択としては選ぶべきものではないと思われます.

*8  The Use of Systemic and Topical Fluoroquinolones. Pediatrics 2016; 138(5): e20162706.
*9  Therapeutic Efficacy of Macrolides, Minocycline, and Tosufloxacin Against Macrolide-Resistant Mycoplasma Pneumoniae Pneumonia in Pediatric Patients. Antimicrob Agents Chemother 2013; 57 (5): 2252-2258
*10  Therapeutic Efficacy of Azithromycin, Clarithromycin, Minocycline and Tosufloxacin Against Macrolide-Resistant and Macrolide-Sensitive Mycoplasma Pneumoniae Pneumonia in Pediatric Patients. PLoS One
, 12 (3), e0173635.




記事が気に入ったりしていただけたら、サポート頂けると幸いです。 今後の記事の資料収集の費用にいたします。