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深読み 米津玄師の『さよーならまたいつか!(『虎に翼』主題歌)』第5話


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2024年2月某日
(主題歌の依頼から三日目)
新宿 スナックふかよみ




米津さん、よく似てるけど栄次さんじゃないの…

この人は秀次郎、花田秀次郎さん…


はなだ… ひでじろう…?


お初にお目にかかります…

花田秀次郎と申します…


あ、どうも… 米津です…


さあさあ、秀次郎さん。そんなとこに立ってないで、どうぞおかけになってくださいな。

お飲み物はビールでいいかしら?


へい。ビールをいただきます。


お勤め、ご苦労様でした。

だけどもう、あんなことしちゃダメよ。

落とし前だの、殴り込みだの、いつまでたっても昭和の時代が抜けきれないんだから…


すいません… 自分、不器用ですから…


またそうやって不器用のせいにして。

あなた一人だけの人生じゃないのよ?

あなたがまるで免罪符みたいに言い訳にするその不器用とやらで、不幸になる女の人がいるの。

わかってる?


・・・・・


いくら心配したって、あんたたちみたいな男は、女を桟橋の金具くらいにしか考えてないんだから…


ところで、岡江の兄貴は?

もうお戻りなすっておられるんでしょう?


あの人はもう、戻って来ないわ…

この先も、ずっと… 永遠に…


え?


三ヶ月前、連絡があったの…

岡江クンの乗っていた小型機の残骸が、ベンガルの奥地で見つかったって…


ベンガルで? 兄貴の遺体は?


遺体は見つからなかった…

現地の警察の話では、たぶん虎にでも食べられちゃったんじゃないかって…


トラに…

すいません、深代ママさん…

あっしが余計なこと言ったばっかりに、辛いことを思い出させてしまって…


いいのよ、秀次郎さん…

5年待ったわ… もう涙も枯れちゃった。


岡江さんが… ベンガルの奥地で虎に…

そ、そんな…


いい奴はみんな死ぬ。

友へ…


秀次郎さん、ありがとう。いつもやさしくしてくれて。

もう、あなただけになっちゃったわね、古い仲間は…


この店で1つだけ気にくわねえのは、あの写真を外さねえことだ。


ダメよ破いちゃ。

あなたたち深読み渡世人が真っ当な人間だった時の、たった1枚だけ残った写真なんだから。


・・・・・


どうやったら、あなたたちにかけられた呪いが解けるのかしらね。

何でも深読みしなければ気が済まないという因果な呪いが…


・・・・・


さあさあ二人とも。そんな辛気臭い顔はやめて頂戴。

過ぎたことを悔やんだって何にもならないの。

あの世で岡江クンも悲しむわよ。

お酒は楽しく飲まなきゃ。ね?米津さん?


はい…


そういや、深代ママさん。

岡江の兄貴がここへ忘れていったままの帽子がありやしたよね?


帽子? あのパナマ帽のこと?


ええ。あれを、あっしに頂けないでしょうか?


あのパナマ帽を?

そういえば秀次郎さん、岡江クンがあのパナマ帽を被ってるのを見て、すごく褒めてたわね…

自分もそういうのが欲しいと…


ぜひ、あのパナマを、あっしに…


そうね… ここにずっと置いておいても仕方ないし…

帽子は誰かが被って初めて役に立つもの。

秀次郎さんが岡江クンの形見として使ってくれたら、あの世で岡江クンも喜ぶと思う。


かたじけねぇ、深代ママさん…


はい、どうぞ… 岡江クンのパナマ帽…

かぶってみせて。


へい…

和服にパナマ帽は、変じゃありませんかね?


ぜんぜん変じゃない。よく似あってるわ。

ねえ、米津さん?


はい。とてもよく似合ってます。

何だかケンさんみたいだ…


ケンさん?


あ、俳優の松山ケンイチのことです…

映画『ユメ十夜』では、和服にパナマ帽だったんで…



そういえば米津さん…

虎に翼…


ヒィッ!?


どうしたの? 急に変な声出して?


い、今… 『虎に翼』と…


『ブギウギ』の次に始まる NHK朝の連続テレビ小説よ。

あの松山ケンイチが朝ドラに初出演するってニュースになってたでしょ?

今まで一度も出たことなかったって、ちょっと意外よね。



あ、そうなんですか…

すいません。俺、テレビとかニュースとか、あまり見ないんで…


ママさん…

一曲、歌わせてもらっても、ようござんすかね?


え? カラオケ?


天国の… いや、深読み無間地獄に墜ちた岡江の兄貴のために…

あっしから餞別代りに一曲…


あっ、そうね。それがいいかも。

岡江クンが好きだった、秀次郎さんの「あの歌」を…

はい、マイク…


それでは、岡江の兄貴のために、歌わしてもらいます…

昭和残侠伝 唐獅子牡丹…


♬チャ~ン、チャンチャン、チャララララ~♬


♬やがて夜明けの 来るその時までは♬

♬意地でささえる 夢ひとつ♬

♬背中(せな)で呼んでる 唐獅子牡丹♬


よっ!新宿の健さん!日本一!


ご清聴、まことにありがとうございました…


・・・・・


米津さん、どうしたの? ずっと固まっちゃって…


なぜ唐獅子牡丹が背中で吠えたり泣いたり呼んでいるんだろう…

ていうか、そもそもなぜ唐獅子牡丹…


へ?


ママさん、ここって花札ありますか?


花札? あるけど、それが何か?


「牡丹」を見せてください。


牡丹を?

いいけど、ちょっと待ってね…

えーと… 牡丹… 牡丹… 

あった。はい。


ほら、見てください。

牡丹には「獅子」ではなく…

ん?


どうしたの?


なぜ「妊婦」が?



妊婦?

ああ、これは「子羊を身籠った聖美」と「受胎を祝福する羽鳥慎一」ね。


小羊を身籠った聖美?

受胎を祝福する羽鳥慎一?

それって、もしかして『サマーウォーズ』…



そう。映画『サマーウォーズ』の花札こいこい。

結構プレミア品らしいのよね。



そういうことか… 花札に妊婦が描いてあってビックリした…


で、牡丹がどうしたの?


あ、そうそう。牡丹といえば「蝶」でしょう?

それなのになぜ「唐獅子牡丹」なんですか?



兄さんはお若えのに、八十八(花札のこと)がお好きで?


え? まあ… 絵とかイラストとか好きなんで…

あと八十八という数字も…


それなら知っておいた方がいい。

「牡丹に蝶」は本来「牡丹に唐獅子+蝶」なんですよ。


牡丹に唐獅子、プラス蝶?


よく考えてみてください。

花札の代名詞ともいえる「猪鹿蝶」って、変だと思いませんか?



変?


萩に猪、紅葉(モミジ)に鹿、牡丹に蝶…

萩と鹿は動物なのに、牡丹は昆虫なんです。

おかしいでしょう?


言われてみれば確かに変だな…


それぞれの絵柄の由来は御存じで?


いえ… あんまり深く考えたことありませんでした…


まず「萩に猪」…

古来から「萩」は「臥猪の床(ふすいのとこ)」と呼ばれ、イノシシがその花の下を寝床にすると考えられてきました。

凶暴な獣であるイノシシも優美な萩の下では安らかに眠る、つまり「萩に猪」の組み合わせは「安息の地・楽園」を意味していたというわけです。



なるほど…「萩に猪」は安息の地・楽園か…

では「紅葉に鹿」は?


紅葉に鹿といえば、古今和歌集に有名な歌がありますね。

御存じですか?


紅葉に鹿の歌… これかな?


奥山に 紅葉踏みわけ 鳴く鹿の
声聴く時ぞ 秋は悲しき



その通り。「紅葉に鹿」は「秋」の「悲しさ」を表しています。

男鹿が女鹿に対して切ない声をあげているわけです。

地面に落ちた紅のモミジを踏みながら。



なるほど…

「安息の地・楽園」を意味する「萩に猪」から一転、「紅葉に鹿」は「秋の悲しさ」や「切ない男女関係」を表したものなのか…


だから「猪鹿蝶」の最後は本来「牡丹に唐獅子+蝶」 なんです。

「楽園」から「秋の悲しさ」を経て、最後は再び「楽園」へ戻るから。


「牡丹に唐獅子+蝶」は、再び「楽園」に帰る?

どういうことなんですか?


歌舞伎の『春興鏡獅子』は御存じで?


しゅんきょうかがみじし?

いえ、知りません…


「春興」とは「春の出来事」という意味。

「鏡獅子」とは「お上に仕える未婚女性 弥生の身体に神の使いである獅子の霊魂が入った奇跡」のこと。

映像を見たら「あっ、あれか」と思いますよ。

あの長い髪は歌舞伎のシンボルとしてよく使われますから。



あっ、あれか…


古来より「牡丹」には「唐獅子」と相場が決まってるんです。

「蝶」はその「おまけ」みたいなもの。

歌舞伎『春興鏡獅子』でも、主役は牡丹をバックに激しく舞い踊る「唐獅子」であり、その脇でペアの子役が「蝶」を演じます。


豊原国周『歌舞伎座新狂言 春興鏡獅子』


そうだったのか…


だから本来「萩・紅葉・牡丹」には「猪・鹿・唐獅子」のはずだった。

だけど日本にはライオンがいないので、日本の花鳥風月を描いた花札には相応しくない。

そこで「牡丹に唐獅子+蝶」から「唐獅子」がカットされて「牡丹に蝶」となった。

こうして本来「猪鹿獅子」であるはずのものが「猪鹿蝶」になったというわけです。



なるほど… そういう背景があったんですか…

猪鹿獅子じゃイノシシとシシが被って語呂もよくないもんな…

でもなぜ「牡丹に唐獅子」なのですか?

なぜそれが「再び楽園に帰る」を意味するのですか?


実は「牡丹と唐獅子と蝶」の舞踊『春興鏡獅子』には「元ネタ」があるんです。


元ネタ?


つづく




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