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8/23、トランクと各駅停車。

闇をたたえた空、静けさがまとわりつく夜を、キャスターの走行音が裂いていく。オーストラリアに2週間滞在して以来、クローゼットでホコリをかぶるのと場所を占拠するほかに仕事のなかった巨大なトランクが、久々の外気を浴びてガラガラと鳴いた。

貧乏な大学生には、移動手段に新幹線や飛行機といった”ぶるじょあ~”なものを選ぶ余裕がない。旅行といえば青春18きっぷか深夜バスでの移動が基本だ。ましてやひとり暮らしをはじめるとなれば、節約にはより一層のチカラを入れねばなるまい。
一方、のっけから鼻息の荒い我がトランクは、高さ70cmに届こうかという”大物”で、エスパー伊東が2人は余裕で入るサイズ。こいつを東の京から西の京まで約400km運んでいくには、腕力にもより一層のチカラを入れねばなるまい。
悩ましいところではあったが、チカラは入れるだけ入れておこう、とのある種”チカラワザ”な判断で、トランクをかつぎつつ各駅停車に乗ることにした。

‥‥今思えば。トランクを先に宅急便で送ってしまえばよかった、のかもしれない。しかし、トランクを宅配業者に託すお金も惜しんで、苦楽をともにする道を選んだ。

断っておくが、別に平生からケチというわけではない。
ただ、ただひたすら、お金がなかっただけなのだ。

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東京から京都まで、東海道本線で太平洋岸を西になぞれば、乗り換え時間に差はあれどおおむね8時間ほどで到着する。しかし、鉄板のルートゆえ何度も往復しているうちに、メッキが剥がれてきた。早い話が、飽きた。
そこで別のルートとして浮上したのが、中央本線で中部地方を横断し、名古屋からは関西本線でさらに西へ、奈良あたりで北に進路を取るというものだ。東海道本線を一切使わずに京都まで行く、なんとはなしに胸が躍る。こちらは乗り換えの便が非常に悪く、待ち時間も含めると半日ほどかかってしまうため、冒頭の通り朝4時に家を出て、タクシーまで捕まえて山手線の始発に飛び乗った。夜明け前にどでかい荷物を担がされて、捕まった運転手の方もタイヘンだ。

が。乗って座って安心したか、乗り換え予定駅の新宿を大胆にスルー。
気がついたら品川で東海道本線に乗り換えていて、あれよあれよという間に熱海に浮かぶ朝日を眺めていた。「早朝+各駅停車=東海道本線」の方程式がこんなにも体に染み込んでいたか、と怒るでもなく嘆くでもなく、勝手知ったるカントリーロードへの早すぎる合流にむしろ安堵していた。

中央本線ルートに備えて朝早く出発したために、この時点で時間が大幅に余るだろうことは容易に想像がつく。ならば青春18きっぷの特長のひとつ、途中下車でもして時間を潰すかと思いきや、自由を阻むかたわらのトランク。気だるそうなフォルム。重たげなボディ(実際、重い)。このトランクときたら、クロスシートの幅ギリギリだったものだから、まるまる一席を占領してくれた。
クロスシートの近郊型車両の楽しみといえば「隣に座ってくる乗客の観察」だが、あいにく全ての道中で直方体をした”オモイ”ビトに寄り添われ、釈然としないまま静岡を脱出した。

座席と座席の間に挟まってまで降車を渋る相方を豊橋でなんとか引きずり降ろして、昼食を購入。これからの節約生活を思うと、どんな庶民弁当も高級品に見えてくる。惣菜店の並ぶ一角が、誘惑の手を緩めずに襲いかかってきていた。
電車の時間に余裕があったので、トランクを引きずり一瞬だけ豊橋の街を散策した。「豊橋鉄道東田本線」という路面電車が走っていて、豊橋駅近くの始発駅の名前が「駅前」なのが面白かった。残念ながら、屋外に出て数分後には降雨ノーゲームというあんばいで、ほとんどなにも印象に残せぬまま、駅構内へと逃げ帰った。

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豊橋から再度東海道本線に乗り、14時過ぎには京都に到着した。先方との約束の時間は18時。暇をつぶす必要が生じた。
ネックはやはりトランク。クロークやコインロッカーに預けるお金は当然ないので、どこに行こうとしてもつきまとう。
どうしようか考えていたら、また雨が降ってきたので、車を借りて雨宿りしつつトランクを市中引き回しの刑に処すことにした。

カーシェアはレンタカー屋に行かずとも、近くの駐車場に設置されたステーション内の車を簡単に借りられる優れモノ。通常のレンタカーに比べて代金も安く、気軽にドライブが楽しめる。
僕が利用しているのはタイムズカーシェアで、免許取得後1年未満の”足の生えたおたまじゃくし”でも登録・運転できるのがポイント。設置箇所も多く、自宅で車を所有していない自分は重宝している。
行くあてどもなく、碁盤目状の街路を右に左に走り回った。途中、お手本のような激しい夕立に遭い、フロントガラスが真っ白になった。初日から手荒い祝福である。
川端通の渋滞に巻き込まれ、密集するパーキングでの駐車に大苦戦したものの、なんとか返却時間には間に合い、水たまりの目立つ歩道にトランクを滑らせて、”新居”に向かった。まだ、小雨が降っていた。

店主の方に暖かく出迎えてもらったあと、町家風の宿泊施設の片隅に部屋をもらい、いかついトランクを部屋の隅に追いやって、布団を敷いて残った1畳に雑然とものを広げ、座高の低い小さな机の前でパソコンを広げて、フッとひとつ息を吐いた。
夜勤スタッフゆえ、夜の時間帯は部屋にいることが求められる。当然、外出もできない。慌ただしく夕食を買いに走り、平らげたらもう”夜時間”。メッセージボックスの色は青くならないし、モノクマのチャイムは鳴らないけど、建物の外には出られないのだ。
家賃は払わない代わりに、掃除や接客を少し手伝うことになっているが、全てを明日からに放り投げ、布団に入った。

こうして初日は移動に終始し、”はじまり”はまだ眠りについたまま、明日の朝にけたたましいアラームに叩き起こされるのを待っていた。

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盛大になにも始まらなかった初日のあらまし、でした。
場所はもろもろを考え、なんとなく明言を避けてみることにする。場所を明かさずに書き進められるか、先行きが少々不安ではあるが。
あと、写真が乏しいですな。一週間後くらいの記事(あるのか?)には少しでも載っているといいですね。

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