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『酔っぱライジング』Nintendo Switchにはまだ可能性がある!孤高のゲームコントローラークリエイター・宮澤卓宏氏の最新作は、Switchの能力を引き出す一作【東京ゲームダンジョン5】

東京ゲームダンジョン5に出展された、Switch用ゲーム『酔っ払いジング』はふざけたゲームである。「プレイヤーが実際に酔っ払いの千鳥足の動きをする間スーパーヒーローになる。そのヒーローの力で電撃を回避したり敵を吹っ飛ばしたりしてステージクリアだ」というゲームである。でもこれがSwitchに出てきたいることに、まず一笑いするまえに感動があった。

先日、任天堂の公式Twitterより、同社の代表取締役社長を務める古川俊太郎氏の名義でNintendo Switchの後継機種に関するアナウンスを今期中に行うこ
とを発表している

2017年にSwitchがリリースされて今年で7年。これまでのコンソールが5~6年ごとに次世代機へ移り変わっていたことを考えると、過去のハードより長い現役時代を送っていると思う。

Switchにはハプティクスによる新しい振動機能から、モーションIRカメラなど、通常のモニターとコントローラーでゲームを遊ぶフォーマットを打ち破る仕様をハードウェアに実装していた。にもかかわらず、この7年のあいだ様々な可能性に挑戦できたのは、結局プラットフォームホルダーである任天堂のタイトルがほとんどだったように見える。『リングフィットアドベンチャー』から『Nintendo Labo』などは興味深いが、蛮勇に挑戦できるのが任天堂くらいなのか、という虚しさを感じなくもなかった。

そんななか、たった一人で(笑える形で)ゲームプレイのフォーマットを打ち破ろうとしているかに見えるのが、特殊コントローラークリエイターの宮澤卓宏さんなのである。

執筆 / 葛西祝


『酔っぱライジング』の何がSwitchの可能性を追求しているかというと、コントローラーに内蔵されたモーションIRカメラの機能を使っていることである。

ここに立て。そして酔っぱらえ

プレイヤーは配置された右のJoyコンに実装されたモーションIRカメラの前に立ち、ゲームの展開に合わせて適宜酔っ払いのムーブをシラフでやるということになるのである。

特に来場客がとてつもないことになっていた今回の東京ゲームダンジョン5、なんにも飲まないのにブースで千鳥足はほとんど辱めである。

主人公は普段は生真面目なサラリーマン。基本的に左Joyコンのスティックでそんな固い主人公を操作し、各ステージの出口まで連れていくことが目的なんだが、彼の前に立ちふさがるのは多量の電流に、剣道の恰好をした全自動迎撃ロボの数々である。

明らかにエン転職か何かで職場を変えろとしか言いようのないブラック企業を越えたベンタブラック(光を吸収する最大の黒色の素材)企業の世界を生き抜くのは酔っぱらうことしかない。酔っぱらう動きをするしかない。準備はいいか日本社会の退廃によって蔓延した低予算アルコール飲料ストロングゼロ系の準備はいいかと言わんばかりのゲームデザインがここにある。

僕が好きなあるTwitterの人は「新社会人よまじめな先輩など見習うな。昼からビールを飲む先輩をめざせ」とまさにクズオブクズの発言を高速インターネットに刻み込み一瞬の生を確認していた。『酔っぱライジング』の世界ではそんな一瞬の生のなかから見越しただろう昼から酔いつぶれる体験がすべての主軸となり稼働しているわけである。

プレイヤーが酔っ払い千鳥足をやっている間、社会人はスーパーヒーローになれるという、まるで酒の席でだけ大きなこと言ったり言いたいことを言うという現代世界の縮図としか思えないゲームメカニクスを持つ。そして泥酔して駅の構内でところどころ吐きながらもわりと安全に帰ったりするかのように、千鳥足で酔っ払いしているあいだはヒーローになる無敵の力を利用し、電撃を無効化しながらゆっくり出口へ向かうのである。そこには「酔ってはいるが意外に頭は冴えている」あの感覚があるかもしれない。

白木屋でハイボールを1時間で6杯開け仕事の関係者とかなにやらに文句を言っている社会人がいたとしたらおそらくその瞬間その人は自分がヒーローになって無敵だと錯覚するのと同じように、『酔っぱライジング』で酔っているあいだは周囲の電撃も敵の攻撃も受け付けない。ヒーローになっている間は全自動ロボの攻撃を受け止め、まるで終電が近い駅の構内でストレスとアルコールが混ざり合った身体がもたらす怒りの発露によって駅員を殴る人間のようにヒーローに全力で全自動ロボを殴り飛ばしもするのだ。


しかし酒の席でヒーローみたいに無敵な気持ちになってますといっても所詮は酔っ払いである。ステージにソファーがあればうっかり座って寝てしまい、(たぶん)勤務中泥酔がバレたかなにかでそのままゲームオーバーである。

適宜、酔っ払いムーブを解いて普通の会社員に戻ったり、迫りくる電流を前にしたら酔っ払いムーブで返信したりする必要がある。しかしそんな細やかな冷静な判断、どう考えても高難易度ステージでプレイヤーはシラフの状態のゲームプレイ以外で生存は無理なのを予感させるのである。結局、昼から酒を飲んで無敵な気分などしょせんはキャリアの初期、キャリアが上がるにつれて結局シラフでコツコツやるしかないということかもしれない。いや、本編リリースまでそうなるかはわからないけど。

宮澤さんは過去に伝説の剣を抜くゲームシャンプーの口を動かすアクションなど、特殊コントローラーによるビデオゲームを作り続けている異色のゲームクリエイターである。

そんななか、近年ではSwitchに進出し、トイレットペーパーロールとJoyコンを組み合わせた『紙がない!』を2023年にリリース。これまで特定のイベントでしか遊べなかった特殊コントローラーの世界を楽しませるためか、なんと日常の道具を使うことで特殊コントローラーにするという静かな革命を為した。

任天堂ですら特殊コントローラーのアプローチはJoyコンに専用アタッチメントなどを用意する中、ここまでミニマルなかたちで特殊コントローラーの世界を体験させたことは凄いことである。 剣の師匠が「わが剣に刀はいらぬ」みたいに修練の境地でまさかの刀を捨てるみたいなというか、 “特殊コントローラーにオリジナルのコントローラーはいらぬ。日常生活のものがコントローラーになるのだ”という境地のようなのだ。

その延長線上のような『酔っぱライジング』。今度はあなたの酔った身体とシラフを保つ自我そのものがコントローラーになるのである。『酔っぱライジング』は今年中にリリースを予定。ストアページの登場はもう少し先になるかもしれない。Switchの可能性をふざけたかたちで体験できるだろう。

酔え。遊べ。そして生きて帰れ。

葛西祝
令和ビデオゲーム・グラウンドゼロ主催。
「ジャンル複合ライティング」というスタンスで、ビデオゲームを中核に映画や現代美術、文学、あるいはスポーツや格闘技なども越境するテキストを作り続けている。
●Twitter:@EAbase887 ●公式サイト
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