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理性の解除と幼児性の解放 【#77】


世界はオマージュの集合体

ときに自分が遅筆なのか速筆なのか、自分でもよくわからなくなる。終日かけて、なんとか『designing』の初稿をまとめ切る。難産。ひとつの原稿と向き合いすぎると、その日のうちは論理の細かい瑕疵の探索が不能になる。少なくとも一日寝かせて、朝以降のフレッシュな眼と頭で対峙し直さなくては。

倒れ込んだベッドでアップされたばかりの宇多田ヒカルの新譜をかけて、野垂れる。

「三岳のソーダ割りで」みたいな自分の寝言で起きる。これが深層心理の欲なのだろうか。酒を呑み交わす仲の良い友人らの顔が思い浮かぶ。これが天啓なのだとしたら、いつもの蕎麦屋で飲む号令をかけるのは自分の役割なのかもしれない。

仕事量が増えるのに比例して、パーソナルに通う頻度が5→4→3と、漸減していく。その分、筋肥大はジムで行うとして、刺激を入れるための自主トレや有酸素を取り入れるなど、トータルでの運動量は減らしたくないところ。

AM10。隔週で時間をもらっているバイブル作成の取材に出向く。少し早めの時間に家を出て、丸の内周辺をゆっくり散歩する。外を出歩いても気持ちのいい気候に一歩づつなってきた。

たまに、なんでわざわざこんな難しいこと考えているんだろう?と思うことがある。(仕事の話)。まー、社会における役割なんだろうな、と自己納得させるしか終着点はないのだけれど。

午後にかけてはNOT A HOTELのあるリリースに関わる取材記事を一本執筆する。経営から現場レベルが共通言語として必ず自社が掲げるバリューにほぼ必ず言及する組織は強い。NOT A HOTEL関連の発信はかれこれ半年以上継続して関わっているので、その分知識だったり土地勘に明るいため、作業スピードに係数が掛かり、早くこなせている実感がある。〆切を数日前倒しできた。

せっかく空白の数時間ができたので、映画『パルプ・フィクション』を鑑賞。『LEON』とか『TAXI DRIVER』とか、この時代の映画の画質の擦り切れた感じが堪らなくクールであり、いつも惹き寄せられる。中途半端に小利口で理屈と信心を併せ持ったチンピラコンビの末路。この手の映画のメインディッシュは会話そのものなんだよな。

伝説のダンスシーン。ヴィンセントとミラが向かい合い、互いに水平にしたピースサインを交差させる。どこかでみたことがある。TWICEのMVのサビだ。間違い探しではないが、世界はオマージュの集合体なのかもしれない。

投企とサラダ

五反田ガレージとTOKUI VIDEOをひたすらみてたら寝落ちしていた。ダラダラと朝の時間を過ごし、ジムへ参る。下半身と胸。ブルカリアン・スクワット、ちゃんと毎回泣ける。

25歳のトレーナーから「Bumble」と共に生きる日々がどれだけ充実するかのレクチャーを受ける。自分はどうしても億劫でマッチングアプリの類に手を出したことがない。

WITH GREENでサラダを頬張りながらReHaQを見る。東出さんが「こういう感覚、哲学用語で解説されていないかな?」と投げかけていたけれど、自分はハイデガーの「投企」を想起した。自分の生自体を相対化し、哲学や歴史にヒントを求める姿勢に共感が持てる。人間は言葉(概念とも言える)によって社会的位置を措定し、アイデンティティという名の拠りどころを頼りに、脆く強く生きている。

いつもであればガス灯通りのルノアールに流れるのだけど、その後の予定を考慮して、有楽町駅前店でお茶を濁す。昨日の取材を反芻しながら、今後のバイブルの制作の方向性を練る。小一時間ほどだけサクッと作業をして、日比谷のTOHOシネマズに。

Dolby-ATOMSのプレミアムシートで『哀れなるものたち』をようやく観る。飛行機をアップグレードすることはなくとも、映画くらいは選択肢さえあるのならより良き環境で観たい。

人間の醜悪さと滑稽さの全てを投げ込んだ、パンドラの匣を逆再生で収納し直したかのような映画。処理する脳のCPUが激しく消耗している気もするが、もっとシンプルに直観で受け取るべき作品なのかもしれない。

理性を解除して、幼児性を解放する。しかし赤ん坊は産まれ落ちたその瞬間から、不可逆的に理性をインストールする旅に出る。自己同一性とは何か、死の境界はどこか。性を司る倫理はあり得るか。男の所有欲は生得的か社会的か、あるいはその両方か。哲学は救いか、破滅への一歩か。障碍は世界の真理から遠ざけてくれる盲目さをくれる福音か。たった一度の人生、ほとんどのことは知らぬが仏だけど、発狂した後、たどり着くシンプルな幸せは最高にクールな形をしている。

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