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【一日一捨】 よこしまな思い出

久しぶりに実家に帰る。実家にはもう僕の部屋はない。僕の私物も置いてない。物理的に捨てるものはない。そのかわり、いろいろなことを思い出す。

実家のある駅は、僕が小学生の頃から大きくは変わっていない。駅前にあるバス停も当時のままだ。バス停の向こうには、何百棟とある団地群が拡がる。

たしか小学4年生くらいのときのこと。季節は夏だった。駅前にある売店でお気に入りのカップアイスを買って食べながら歩いていた。棒付きアイスならともかく、カップアイスの食べ歩きというのはどうなんだと当時自分でもちょっと思っていたけど、家まで持って帰る間に溶けてしまうので、しかたない。
木べらでアイスを食べながら歩いていて通りかかったバス停前で声をかけられた。
「おいしそうなアイス食べてるね」
見れば、女子校の制服を着た女の子がバス停のベンチに座り、僕の方を見て微笑んでる。女の子といっても小学4年生の僕から見れば立派なお姉さんだ。僕は驚いて足を止める。
「ねえ、よかったら、ここ座って、ちょっとお話しない?」
女子高生のお姉さんが手招きする。僕はなんだかちょっと怖くなって、カップアイスを持って固まったまま、ふるふると首を振り、逃げ出してしまった。

あのときのお姉さんはいったいどういうつもりで僕に声をかけたんだろう。夏の日差しの中、歩きながら木べらでカップアイスを食べてる男の子を不憫に思ったのか。お姉さんの顔はぼんやりとしか憶えてないけれど、派手でもなく地味でもなく、本当に普通の女子高生だった。彼女は今どうしてるんだろう。あの夏の日、カップアイスを食べながら歩いてた男の子に声かけたことを今も覚えてるだろうか。今もこの駅前から拡がる団地のどこかに住んでいるんだろうか。あのとき、もし逃げずにベンチに座っていたら、なにかもっと甘酸っぱい展開が待っていたんだろうかという邪な想いは捨てる。

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