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異化される現世/Tempalay『((ika))』【ディスクレビュー】

異化される現世/Tempalay『((ika))』【ディスクレビュー】

Tempalay、3年ぶり5枚目のオリジナルアルバム『((ika))』に取り憑かれている。19曲72分という大巨編でありながら、その多彩で奇異な楽曲たちに身を委ねているうちにいつの間にか時が過ぎる。幽玄で、猥雑で、耽美で、乱暴で、果てしのない幻想譚。紛れもなく最高傑作だろう。

本作最古のシングル「あびばのんのん」のインタビューで前作『ゴーストアルバム』についてフロントマンの小原綾斗はこう語ってい

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境界で踊る〜橋本絵莉子『街よ街よ』【ディスクレビュー】

境界で踊る〜橋本絵莉子『街よ街よ』【ディスクレビュー】

橋本絵莉子の2ndアルバム『街よ街よ』に感動しきっている。前作『日記を燃やして』では柔らかなアレンジはアコースティックギターの音色も印象的だったが、本作はずっしりとしたグルーヴを活かしたロックバンドらしさ溢れる1作。ライブでの経験値が制作にも反映された好例だろう。

40歳を迎えた橋本が自身の年齢を「若くもないけど老いてもいない、この感じがちょうど踊り場っぽいなって。(中略)ただスッと過ぎていくだ

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戻れないけど消せもしない/Base Ball Bear『天使だったじゃないか』【ディスクレビュー】

戻れないけど消せもしない/Base Ball Bear『天使だったじゃないか』【ディスクレビュー】

子どもが生まれてから生活は変わった。粉ミルクを溶かす時間がルーティーンに組み込まれ、泣き叫べばオムツを変え、それでも泣き続けるならば抱っこする。当たり前のことだが、妻とともに育児に向き合う日々は去年までの自分とは全く違う。しかし買い物に行ったり、出勤したりする時にはいつも1人。そんな時、慣れ親しんだ音楽を聴けば自分が我が子の親になったという事実と同時に、今までと変わらない自分もまたここに居続けてい

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また思い出すための歌~yonige『Empire』【ディスクレビュー】

また思い出すための歌~yonige『Empire』【ディスクレビュー】

yonigeの3rdアルバム『Empire』が素晴らしかった。前作で手にしたなめらかなサウンドメイクを押し進めつつ、活動初期にあった直線的なスピード感も復権させた、懐かしくも新しいyonigeの姿。オルタナティブロック界隈で再発見されつつある2000年代初頭のムードを感じるような作品なのだが、聴き込んでみるとそこに新たな質感が見えてくる。本作は、ノスタルジーとは違う形で過去と向き合うセラピーのよう

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2023年ベストアルバム トップ20

2023年ベストアルバム トップ20

今年はびしっと厳選して20枚で1年を総括。ライブカルチャーの復権と揺れる世界、喜びも悲しみも猛スピードで切り替わる時流の中で、この音楽を聴いてる間はきっと大丈夫だ、と思えたアルバムを選びました。

20位 ROTH BART BARON『8』

三船雅也がドイツに拠点を移してからの1作目。ここしばらく毎年凄まじいアルバムをリリースし続てけいるが、本作はまた違う場所へ飛ぼうとする萌芽を感じた。エレキ

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アジカン精神分析的レビュー『サーフ ブンガク カマクラ』/今を肯定するノスタルジア

アジカン精神分析的レビュー『サーフ ブンガク カマクラ』/今を肯定するノスタルジア

5thアルバム『サーフ ブンガク カマクラ』(2008.11.5)

11thアルバム『サーフ ブンガク カマクラ(完全版)』(2023.7.5)

2008年にリリースされた2枚目のフルアルバム。江ノ島電鉄の駅名を冠したタイトルの楽曲を藤沢から鎌倉に至るまで順番通りに揃えたコンセプト作品で、サウンドはパワーポップに傾倒し、レコーディングはやり直しや修正ナシの一発録り。歌詞も従来と異なり甘酸っぱい

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2023年上半期ベストアルバム トップ10

2023年上半期ベストアルバム トップ10

例年よりは遅れてしまったけれども、今年も上半期ベストnoteを書き上げることができた。良い歌モノとの出会いのきっかけになればこれ幸い。どのアルバムも、すごく優しい、というのは共通点かもしれない。心に寄り添うという作品が年々好きになっている。下半期も、音楽に抱えられていきたい。

10位 クラムボン『添春編』

蛙化現象という言葉がZ世代の流行語であり、しかもそれがYouTuberの動画を基に流行し

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アジカン精神分析的レビュー『ワールド ワールド ワールド』/“自分”として現実界に挑む

アジカン精神分析的レビュー『ワールド ワールド ワールド』/“自分”として現実界に挑む

4thアルバム『ワールド ワールド ワールド」(2008.3.5)

2年ぶりの4thアルバム。『ファンクラブ』から継承した複雑なアレンジを維持したまま、より外向きに、ポップに開けた楽曲たちが集まった本作。肉体は変わらないままで精神的姿勢に変化をつけたような作風と言える。ジャケットも前作はモノクロで正面を向いた少女、本作は極彩色で背中を向けた少女であるなど対を成しており、前作と明確な対比が付けられ

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男性ブランコ『やってみたいことがあるのだけれど』とスピッツ『ひみつスタジオ』

男性ブランコ『やってみたいことがあるのだけれど』とスピッツ『ひみつスタジオ』

男性ブランコのコントライブ『やってみたいことがあるのだけれど』を配信で観た。繊細な詩情に満ちたコントを元より得意としてきた男性ブランコだが、本作ではほぼ全コントが10分近くの尺があり、賞レースで消耗させる気のない作品性がある。トニー・フランクによるアコギの生演奏を劇伴にするなどその作りは演劇的。この方向性を磨くことに腹を決めたように見える。

そして最も唸ったのがそのコントの見せ方。現代漫才の中で

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アジカン精神分析的レビュー③『ソルファ』/偶像化と不安の狭間で

アジカン精神分析的レビュー③『ソルファ』/偶像化と不安の狭間で

2ndアルバム『ソルファ』(2004.10.20)

前作『君繋ファイブエム』から11カ月で届けられた2ndアルバム。全てオリコントップ10入りを果たしたシングル4曲を含む12曲入りで、アルバムは累計75万枚、オリコンチャート2週連続2位という大ヒット作となった。このアルバムでアジカンはバンドシーンで確固たる地位を築いたのは間違いない。

”一番ノリノリな時期”(※1)と後藤正文(Vo/Gt)は当

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アジカン精神分析的レビュー②『君繋ファイブエム』/世界と向き合う"象徴界“の音楽

アジカン精神分析的レビュー②『君繋ファイブエム』/世界と向き合う"象徴界“の音楽

1stアルバム『君繋ファイブエム』(2003.11.19)

インディーズ期の曲に加え、2003年4月のメジャーデビュー以降に行われたセッションで作られた曲を多く収録した1stアルバム。音楽的な振れ幅も前作『崩壊アンプリファー』から大きく広がり、以降のアジカンを決定づける指針的な1作となった。そしてオリコン週間5位、35万枚のヒットを記録した。

読み方は「きみつなぎファイブエム」。かなり個性的な

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アジカン精神分析的レビュー①『崩壊アンプリファー』/初期衝動とアイデンティティ

アジカン精神分析的レビュー①『崩壊アンプリファー』/初期衝動とアイデンティティ

1stミニアルバム『崩壊アンプリファー』(2003.4.23)

2002年11月にインディーズでリリースされた初の流通盤を再録などもせず翌年にキューンレコードから再発売し、メジャーデビュー作となった1枚。再販に際してテレビアニメ『NARUTO』のオープニングテーマとして収録曲「遥か彼方」が起用され、アジカンの名は広く知れ渡るようになった。

アジカンの結成は1996年の4月。2000年代に入り大

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UNISON SQUARE GARDEN『Ninth Peel』/表皮なのか、中身なのか

UNISON SQUARE GARDEN『Ninth Peel』/表皮なのか、中身なのか

なんとも珍妙なアルバムタイトルだと思った。Ninthは9枚目のアルバムだということとして、Peelは皮、なのだろうか。Peelは動詞であれば「剥く」であり、覆っていたものを露わにするような、外殻を剥いで中身へと迫るようなイメージが沸いてくる。このアルバムにおいて“露わにすること”を題にした意味を、好き勝手に深読みしてみたい。

かつてない素直さ、かつてない自由さ普段のアルバムらしい序曲ではなく、1

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For Tracy Hydeの解散を考える/セカイから世界へ

For Tracy Hydeの解散を考える/セカイから世界へ

トレイシー・ハイドという子役が出演した1971年のイギリス映画『小さな恋のメロディ』を初めて観たのはFor Tracy Hydeの大傑作アルバム『New Young City』(2019)を聴いてしばらく経った後だった。当時の年間ベストアルバムにも選んだバンド名に関連してる人物の映画なのだから、さぞこのバンドの根源に繋がる作品だろうと思っていたが、観終わった後にバンド名の由来はWondermint

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