バントと心理学 〜監督はなぜバントをさせるのか〜

こんにちは、しかばねちゃんと申します。

昨年、私は日本経済新聞の衝撃的な記事を見つけました。それは以下のものです。

実は手堅くない送りバント
「損益分岐点」は打率1割
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO54338470T10C20A1000000/

詳細については、記事を見ていただきたいですが、まとめるとこのようなことが書かれています。

○バントは手堅くなく「奇策」である

○無死1塁でバントをすると期待できる得点は0.13点下がるし、1点を取る確率も若干さがる

○.103以上の打率が期待できればバントはしない方がいい

○行動経済学の観点から、人間は手に入れるものよりも、失うものに目が行きやすく、失うことに対して必要以上の嫌悪感を抱く。「最悪のシナリオ」を回避できるのが、バントが手堅いと思われている要因。

私はこれを読んだ時、確かな違和感を覚えました。つまり、私も「バントは手堅いもの」だと思っておりましたから、データとのここまでの差異にびっくりしたわけです。

セイバーメトリクス、という概念が誕生し、日本に普及したことで「野球をデータ的側面から見よう」という考え方が広まりました。ただその考え方を、さらに幅広く伝えていく、賛成反対も含めた議論の俎上にあげるためていくためには、「そもそもなぜ今まではデータに基づかない方法が採用されていたか」をもう少し突き詰めていく必要があると考えたのが、このnoteを書き始めた経緯です。

このnoteでは、なぜデータに基づかない方法が採用されてきたか、について、この記事でも扱われているバントを題材に、人間の心理的側面から考えていきます。

※筆者は心理学の専門家ではなく、正直素人に毛が生えた程度であり、自分の勉強の意味も込めて書いておりますので、間違った考え方や捉え方があるかもしれませんこと、あらかじめご了承ください。
また、別の視点などありましたらTwitter等で教えていただけると飛び上がって喜びます。

それではよろしくお願いします!

①行動経済学の観点から
「損失回避の法則」

まずは、記事にも上がっていた行動経済学の観点から詳しく考察していこうと思います。
記事で上がっていた行動経済学の知見とは、おそらく「損失回避の法則(プロスペクト理論)」のことかと思います。

これは、ダニエル・カーネマンという人が提唱した理論で、簡単に言うと「同じ大きさの損失と利益を比較すると、なぜか人間は損失の方が大きく見えるよね」と言ったものです。カーネマンはなんとこの理論で2002年のノーベル経済学賞を受賞しております。

例えばの話をすると、「100%の確率で8000円手に入ります」と言われた場合と、「80%の確率で10000円が手に入ります」と言われた場合。貰える額の期待値はどちらも8000円なのですが、多くの人が100%で8000円を貰える方を選ぶ、ということです。それはなぜかというと、「20%の確率で何ももらえない」というリスクが人間にとって大きく見えてしまうから、ということになります。

では、バントに置き換えて考えてみます。「バントをした場合」と「バントをせず強行した場合」、先ほどと異なり、なんならデータ上はバントをせず強行した場合の方が得点の期待値は上がります。ではなぜバントをしたがるか(させたがるか)というと、バントをせず強行した場合にはゲッツーというリスクがチラついているからです。このリスクが人間の思考に過剰に大きく見えてしまうので、バントをした方が安全だ、と考える、ということになります。

これは、人間の行動についての理論ですが、人間が何か行動をする裏には心理的な考え方が潜んでいることは、言うまでもありません。

②認知の観点から
「ネガティビティバイアス」

ネガティビティバイアスとは、「人間は、良い情報よりも、悪い情報の方が記憶に残るよね」というものです。

有名な名言で、故・野村克也さんも引用していた「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という言葉は、私はこのネガティビティバイアスをよく現していると思います。
本来の意味は、「負けた時には必ず原因があるから、それを考えていくことが重要である」といったものですが、このネガティビティバイアスに当てはめて考えてみれば、勝った時はなんで勝ったかまで記憶に定着しない、負けたときは「あの時のあれが......」とよく記憶に残っているから、勝ちは記憶に残らない(不思議の勝ちあり)、負けは敗因含め記憶によく残る(不思議の負けなし)という風にも考えられます。

ネガティビティバイアスという言葉は、①のプロスペクト理論と連動しています。つまり、プロスペクト理論が「どういう行動をするか」を考えているのに対して、ネガティビティバイアスは、「人間がどのように認知をするか」という、まさに人間の心の中を見ていることになります。ネガティビティバイアスがあるからこそ、人はリスク回避の行動を取りたがるのかも知れません。

2.5 ところで...
ネガティビティバイアスとファン心理

ここまで考察したところで、一度ファンという視点から野球(ここではプロ野球を想定しています)を考えてみたいと思います。

先程あげたネガティビティバイアスは、監督や選手はもちろん、ファンにも同じことが言えます。つまり、ファンに関しても、基本的にいいプレイよりも悪いプレイの方が印象に残りやすいのです。
バントと同じような議論で、守備力はエラー数を見るべきか、守備範囲などの指標を見るべきか、という見方考え方がありますが、いくらUZRなどの数値で現されても「エラー数がね...」となってしまうのは、他ならぬ悪いプレイが人間の記憶に強烈に留まり続けるからであると私は考えています。

少し話がそれてしまいましたが、バントに関しても同じで、「ゲッツーという最悪の結果」をファンは何度もみてきており、強硬策が成功したときなどの記憶以上にそれが記憶の中に鮮明に残っているから、いくらデータで示されてもそこには感覚のずれがあるのです。

ここからは私の主観ですが、プロ野球球団の究極の目標が「ファンを楽しませること」だとしたら、印象に残りそうなリスクを避ける(ここでいうところのバントをする)ことは、私は一つの形としてありなのかなとも思います。

もちろん、勝つことが最大のファンサービスであり、そのためにリスクを冒すことは往々にしてありますし、私個人としても「もっとデータを見て采配してほしい」と思う場面もあります。しかし、心理学の面から考えると、ファンにネガティブな面ばかり記憶に残ってしまうのは当然であり、そういった面を極力見せないことも、一つありなんじゃないかな?とも思います。
ただ、言ってしまえば「応援しているチームが負けること」は負の記憶の最たるものなので、そのために最大効率で望んでほしい、というのはありますがね。

その辺の塩梅は読んでいただいている皆様の価値観にお任せします。

余談に余談を重ねて申し訳ありませんが、応援しているチームである程度の地位にいる選手が大事なところで打てなかったり打たれたりしたことを、いつまでもファンが引きずってしまう場合ってありますよね。
そういう時、「自分はネガティビティバイアスでこの選手を見ているかもしれない」と考えてシーズン成績や過去の実績を見ると、心が落ち着きますのでおすすめです。誰でも負の記憶というものは残るわけですし、人間の当たり前の感覚(それこそおしっこする、などと同じくらい)なのでね。気付くことが大事だったりします。

③社会心理学の観点から
「同調と規範的影響」

さて、ここまでは人間の認知、行動面を見てきましたが、最後に社会的な側面から見てみましょう。

同調、とは集団の意見や自分に対する期待によって、本来の自分の考えとは違っていても、周りに合わせて意見を変えてしまうことを指す心理学用語です。

有名なのはソロモン・アッシュが行った「アッシュの同調実験」です。8人の学生を集め実験を行いましたが、7人はいわゆるサクラでした。誰がどうみても分かる当たり前のこと(アッシュは紙に書かれた棒のどちらが長いかを聞きました)に対し、7人は明らかに間違った答えをしたら、つまり短い方を「長い!」と一斉に答えたらどうなるか、という実験です。
結果としてほとんどの学生が、まわりの意見に合わせて間違った答えをした、というのがこの実験の結果です。

ここから何が分かるかというと、いくら正しいことを自分自身が分かっていようが、周りが違うことを言っていたら人間はそれに合わせてしまう場合がある、ということです。

バントに置き換えて考えると、日本で野球を見ている、もしくは行なっている人はほとんどがバントが手堅い作戦だと考えており、そこで学び、育った人たちにとって、強硬策は「逸脱行為」であり、その作戦を突き通すのは難しい、ということが言えます。もちろん、昨今のデータブームでその考え方にも変化が生まれるかもしれません。

ただし、日本のプロ野球においてこの同調が強い要因として、「規範的影響」というのが強いと私は考えています。規範的影響とは、同調が行われる時の一つの形で、「集団の規範」に沿って物事を行うことで、他者からの欲求に応えるということです。

どういうことかというと、日本のプロ野球において、川上哲治監督、および巨人軍のV9というのは日本のプロ野球において欠かせない存在だということです。なぜ突然川上監督?と思われるかもしれませんが、この川上監督が採用した作戦こそ「ドジャースの戦法」つまりスモールベースボールであり、バントや小技を巧みに利用した緻密な野球なのです。

その考え方を利用した川上監督率いる巨人軍がV9を達成しました。後のプロ野球に「野球とはこうあるべきだ」という規範として存在したのはいうまでもありません。そして、それを歴代の名監督が忠実に受け継いできました。
だからこそ、プロ野球の監督たちは周囲からの期待に応えるため、規範通りの行動をするのです。それがいい悪い、ではなく、そうやるべきだ、という「お手本」が日本のプロ野球には刷り込まれている、ということです。同調に屈せず、覆してまでも我流を貫くのは大変なことなのは言うまでもありません。(ラミレス監督、今更ですが本当にお疲れ様でした)

④まとめ

まとめますと、人間にはネガティブな物事の方が記憶に強く残る、という認知的な側面があり、結果的にリスクを回避した行動を取りたがる生き物であるということ。
そして、日本には「バントをすることは正しい」という強い規範が存在しており、それに同調するのは心理的にも当たり前である、ということです。

そう言った「人間の心理」を踏まえたうえで、あくまでデータ的に処理するべきか、それとも人間味のある野球をしていくべきだと考えるかは、皆さんの価値観次第だと思います。
正解は存在しませんし、このnoteもあくまでこういう側面があるよ、と示したに過ぎません。

最後になりますが、こんな長文駄文を読んでいただき、ありがとうございました。
改めて「データ」や「バント」について考える機会になれば幸いです。

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