全ての政策にジェンダーの観点を 根本的解決を図らなければ、ジェンダーの問題はイタチごっこになる(Wezzy2019.03.30掲載)

昨年末に開催されたG20ブエノスアイレス・サミットは、これまでと大きく異なり、男女間格差の問題が前面に出たものでした。G20での首脳宣言にある合意文の2番目(実質的にトップの項目)は以下の通りになっています。

「本年、我々は、次の柱に焦点を当てた。すなわち、仕事の未来、開発のためのインフラ、持続可能な食料の未来、そして G20 のアジェンダ全体としてジェンダーを主流化する戦略である。」

「ジェンダーを主流化する戦略」という記述を見て、G20でジェンダー問題が取り扱われたことは分かると思います。しかし、ジェンダー問題に興味・関心がある多くの読者にとっても、「ジェンダー主流化」という単語はあまり耳慣れないものではないでしょうか? そこで今回は、「ジェンダー主流化」とは何か、そしてこれを実現するためには何が必要かを紹介しようと思います。

ジェンダー主流化とは何か?

ジェンダー主流化という単語は比較的新しいもので、1995年に開催された第 4 回国連世界女性会議で広く認識されるようになりました。国連には私が勤務していたユニセフなど様々な機関が存在していますが、その一つにUN Womenというジェンダー平等と女性のエンパワメントのための機関があります(UN Womenが目指すものがジェンダー公平ではなく、ジェンダー平等だというのは興味深いですよね)。

UN Womenの関連HPではジェンダー主流化を以下のように解説しています。

「すべての政策――形成・研究・政策対話・立法・資源配分・計画・実施・モニタリング、というすべてのプロセス――において、ジェンダーの観点が中心に来て、ジェンダー平等を達成するという目標に注意が払われている」

要はジェンダー主流化とは、全ての政策の全てのプロセスでジェンダーの観点が取り込まれるべきだというものです。そして全てのプロセスの中でも、政策形成過程にジェンダーの観点が欠けていると、他のプロセスで挽回することが出来なくなるので、政策形成はジェンダー主流化を実現するために最も重要なプロセスの一つだと考えられています。

政策形成過程でジェンダー主流化を実現するためにはジェンダー分析が欠かせません。しかし、ジェンダー分析と言われても、あまり馴染みが無い言葉なので、なんのことだかさっぱりだと思います。次にジェンダー分析とは何か、一つの事例を紹介します。

ジェンダー分析の一事例―根本原因解析

国連機関は大体5年を1サイクルとする支援計画を策定して、途上国政府の支援を行っています。この支援計画を策定する際には、関係者分析やセクター分析など様々なツールが使用されますが、その中心となるツールの一つに根本原因解析(Root cause analysis)があります。

根本原因解析は、ある問題がなぜ発生したのか、その問題を発生させた原因が起こったのはなぜか、その問題を発生させた原因が起こった原因はなぜか……、なぜか……を繰り返していく分析手法です。最後に辿り着いたところにあるものを解決することで、最初の問題を解決しようというわけです。百聞は一見に如かずと言うので、日本の女子教育を具体例にしてみましょう。

日本の女子教育を具体例にした簡単な(これ以上原因の数や階層を増やすとスライドが見づらくなるので)根本原因解析の図は上のようになります。

教育における男女平等が達成されない原因として、職場・学校・家庭・政策の4つを要因として考えています(2段目)。そしてそこからさらに、なぜそれぞれの要因が女子教育に負の影響を与えてしまっているのかを考えています(3段目)。

そして、上の図で示したように、それぞれの根本原因に取り組むようなプロジェクト・政策を実施することで、教育における男女平等の実現を阻害している要因が取り除かれ、教育における男女平等が実現するというわけです。

このように、ジェンダー分析とは、根本原因解析などを使って、なぜ、そしてどのようにジェンダーがある政策課題に関連してくるのかを分析したものだと言えます。

ジェンダー分析の結果は活かされていない

しかし、先ほど紹介したような分析結果を政策に反映させるのは非常に困難です。その理由は途上国の教育発展の歴史を紐解くと容易に理解できます。

ユニセフなどの国際機関は、ジェンダー主流化を意識しつつ途上国の教育支援をしてきました。この結果、小学校にはほぼ男女平等で行けるようになったのですが、中等教育の就学に男女間での格差が生じてしまいました。この男女間格差は、先進国でそうであるように、高校、大学、私立のエリート教育、STEM系へと移行していくことが予想されます。つまり、ある一つの教育領域で男女間格差を解消したと思ったら別の教育領域で男女間格差が生じるというイタチごっこが繰り広げられているわけです。

イタチごっこの原因にはいくつかの要因が考えられます。その主要なものの一つとして「政策」にまつわる構造的な問題があります。これは国際機関に限らず、日本の省庁・政治家にも当てはまることだと思いますが、一般的に政策には高い費用対効果で短期間のうちに目に見える成果を出すことが求められています。

女子教育分野でいうと、女子向けの奨学金や女子向けの入学枠を設置するアファーマティブアクションの実施がそうした政策になります。一方、先ほどの図の中で示した要因と政策は、女子学生に直接働きかけるものではなく、効果が出るまで時間がかかります。また、データ整備と統計分析で効果を数値で示すこともできるものの、あまり政治家ウケの良い成果でもありません。奨学金を受けて大学進学した女の子の笑顔の写真と、ジワリと数字に表れるタイプの成果のどちらがウケがいいかをイメージするとわかりやすいでしょう。

根本的な解決ではなく、成果が目に見えやすい政策が選ばれる結果、特定の分野では一時的な改善が見られても、根本的な原因が対処されていないので、別の所にジェンダー問題が顔を出してくる、ないしは当該施策が行われなくなるとまた状況が悪化する、というイタチごっこが発生してしまうのです。

まとめ

現在日本では官僚や政治家、管理職の女性比率を引き上げようとしています。女性の政策関係者が増えれば全ての政策の全てのプロセスでジェンダーの観点が取り込まれる可能性が高くなりますが、それだけでジェンダー主流化が達成できるわけではありません。

ジェンダー主流化を実現するためには、記事中のジェンダー分析の部分で紹介したように、社会調査法や統計分析の素養とジェンダー分野の深い知識を持った専門家の存在が欠かせませんし、政策関係者がじっくりと腰を据えてジェンダー問題を引き起こしている全ての根本原因に対処できるような環境作りも必要です。しかし、日本に限らず世界中でジェンダーの専門家は質量ともに足りていませんし、政策関係者がじっくりと課題に取り組めるような環境も存在していません。

日本では来月には統一地方選挙が控えていますし、この夏には参議院選挙もありますが、このような現状を改善するためには、一体誰をどのように応援すればよいのか、少し考えてみても良いかもしれません。

さて、2016年5月から始まったこの連載も今回で最終回になります。人権の観点から見て、女の子だからという理由で自分の能力に見合った教育を受ける権利を行使するのがためらわれる場面がある、という日本の課題は解決される必要があります。また、経済的観点から見ても、女の子だからそのポテンシャルをフルに発揮できるだけの教育が受けづらい、という状況を続けていられるような余裕は日本には残されていないのではないでしょうか?

女子が自分の権利を躊躇なく行使し、能力をフルに発揮できるだけの教育を選択しやすい環境を作るためには、これまでの連載で解説してきたように、様々なアクターが様々な取り組みをしていく必要があります。今回で連載は終了しますが、本連載が、これからの社会を担っていく子供たち一人一人が性別に関係なく必要な教育を必要なだけ受けられる社会を作り出すために、我々大人達一人一人がどうすれば良いか考え行動するための一助となったのであれば幸いです。

サルタック・シクシャは、ネパールの不利な環境にある子供達にエビデンスに基づいた良質な教育を届けるために活動していて、現在は学校閉鎖中の子供達の学びを止めないよう支援を行っています。100円のサポートで1冊の本を子供達に届ける事ができます。どうぞよろしくお願いします。