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GW知多半島を巡る旅③ 野間埼灯台に初登頂

 半月ほど前、私が現在勤務する専修高等学校の1年生の知多半島美浜でのオリエンテーション合宿にて、2日目のグループオリエンテーリングの最終目的地が野間灯台だった。知多半島を旅することの多い私にとっては、まさにシンボルであり、野間灯台の真っ白な雄姿を見ると海に来たなぁと感じられるスポットだ。昨年秋に妻と一緒に美浜町のイベントに参加した際、野間灯台に灯台守のカップルが就任されると聴いた。野間灯台の灯台守は平成元年にいなくなり、無人管理となっていた。美浜町の野間灯台を愛する方々の努力で、灯台守が新たに就任し、日時は限定されるが、それまで閉鎖されていた野間灯台にも登れることになった。

 以前から野間灯台に登ってみたいと思っていた私たち夫婦であったが、野間灯台に立ち寄ってみたら、まさに野間灯台を見学することが可能な日だったのだ。昨秋のイベントで知己を得た「美浜まちラボ」のスタッフ:林先生(常滑の小学校の教諭)にも再会でき、林先生の案内で野間灯台の内部見学が実現した。

野間崎灯台 記念額

 野間灯台の正式名称は「野間崎灯台」。大正10(1921)年3月1日に完成した愛知県で最も古い灯台だ。灯台の入り口には、記念額と呼ばれるプレートがはめ込まれており、そこには『大正10年3月1日 初点灯 野間崎灯台』と刻まれてあった。大正時代のプレートなので、文字は右から左へと横書きされており、103年の歴史を感じた。

灯台内部の螺旋階段

 野間灯台の造りは、とても珍しい(鉄筋の入っていない)無筋コンクリート造りだ。鉄筋が入っていない分、強度を保つためにコンクリートの壁はなんと92㎝の厚さがある。現代では考えられないほどのコンクリートの厚みだ。そのおかげで上に登るための螺旋階段はとても狭く、階段を人がすれ違うのは不可能だ。少し(?)太めの私でさえ、あいちこちに体をぶつけながらもなんとか登れた感じだ。お相撲さんが登るのはかなり難しいかもしれない。平成11(1999)年に外壁に炭素繊維を巻き付ける工事が行われ、野間灯台は最強の無筋コンクリート構造の灯台となっている。この珍しい構造が奏功し、令和4(2022)年に文化庁の登録有形文化財に指定されている。

 狭い螺旋階段を屋上の5階まで登るのには苦労したが、灯台の上からの景色はまさに絶景だった。雲一つない青空の中、北はセントレア(中部国際空港)から、南は三重県の神島(三島由紀夫の潮騒の舞台)まで見通すことができ、とても気持ちが良かった。
 ふと下の砂浜を見ると、ウエディングフォトを撮っているカップルがいた。そうなのだ、野間灯台は2018年に「恋する灯台」に選定され、ウエディング写真撮影のスポットしても有名なのだ。

野間灯台に登った私たち


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