見出し画像

恋愛短編小説 「心のなかの彼」


始業時間五分前、同僚のナガタと一緒にエレベーターに乗り込むという小さな日常が、私にとっては何よりの贅沢だった。私は後ろから彼を眺めながら、密かな恋心を抱え、彼とのわずかな時間を心の中で噛みしめている。

ナガタは、私たちが働く会社の中でも特に目立つ存在ではない、少しダメな方かもしれない。彼は派手さはないけれど、その穏やかな物腰と、時折見せる控えめな笑顔が私の心を惹きつけてやまない。彼はきっと、他の誰かから見ればダメな同僚に過ぎない。だが、私にとってナガタは特別な人だ。彼の一挙手一投足に意味を見出し、どんな些細な言葉にも心をときめかせてしまう。

会社では、私たちはただの同僚で、時々プロジェクトで協力する仲。彼が何気なく交わす会話の一つ一つが、私にとっては日々の糧となっている。ナガタは私の感情を知る由もなく、私の日常に小さな光を灯し続けている。

私は片思いが経験上最高の恋だと思っている。恋する気持ちに期待や夢を膨らませ、相手に対する無償の愛情を感じられるからだ。恋が成就してしまえば、現実の問題に直面することもあるだろう、ナガタの何気ない言葉や挙動にイラつきを覚え、彼に失望することさえありえる。しかし、片思いの中では、ナガタは完璧で、私の理想の姿をしている。彼に対する思いは、毎日を甘いものに変えてくれる。

たとえば、雨の日、ナガタが私に傘を貸してくれて、彼はカバンを傘がわりにして雨の中を颯爽と走る。そんなことを考えるだけで、何日も心が弾んでいた。私の中の彼の優しさが、どれほど私の心を揺さぶるか、言葉では表せない。それからというもの、雨の日が待ち遠しくなった。

そして、そんな私の密かな楽しみの一つに、彼が普段なにをしているか知ることである。ナガタが話しや身につけている物から、彼の興味や感性を推測するのは、まるで宝探しのよう。彼が手に取る物や本に、私の一週間が左右されることもある。

いつかこの片思いが終わる日が来るのだろうか。それとも、私はずっとこの甘い思いを胸に秘めたまま、彼を遠くから見守るだけなのだろうか。その答えは決まっている、このまま片思いでいる。

今はこの恋が私にとって最高のものであることに変わりはない。ナガタがくれる小さな幸せに満足して、私は毎日を大切に生きていく。彼がいることで世界が色づき、生活にリズムが生まれる。それだけでいい、それが私にとっての恋なのだから。




時間を割いてくれてありがとうございました。

この記事が参加している募集

私の作品紹介

眠れない夜に

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?