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140字小説(ついのべ)2023年6月分

堤防で夜釣りをしているとよく野良猫と人魚が現れた。僕の釣った魚を勝手に食ってはじゃれあって遊んでいた。そのうち人魚は来なくなったが、野良猫から飼い猫にした猫はもう三十年生きている。人魚が何かしたのだろう。僕にも何かしたかもしれないが、その答え合わせはまだできないでいる。
20230628

パーティーの音楽がここまで聞こえる。私は馬車の御者として、ここで時間が過ぎるのを待っている。12時の鐘が鳴ったらシンデレラの魔法は解け、私もただのネズミに戻る。それまでのひととき、人としての思考を愉しんでいる。私は何者なのか。どこへゆくのか。世界とは何なのか。ああ、鐘が、
20230627

山奥の妖怪は人間の捨て子を拾った。「俺を食べないの?」「美味い物は最後に食うんだ!」ふたりは共に暮らした。数年後、妖怪は子供を人の町に置いていった。「俺を食べないの?」「美味い物は殖やすんだ!」駆け去る妖怪の声が響く。大きくなれ、そして殖えろ、殖えろ。妖怪に優しい子供。
20230626

田舎に帰って小さなペンションを始めた友人がいて、年に一度はそこに泊まりに行っていたのだが、最近になってそのペンションがどこにも紹介されておらず地図にも載っていないことに気づいた。僕が行くときだけペンションのふりをしていたのだ。そして今年も僕はそこへ行く。そ知らぬ顔で。
20230625

北陸の山村で一人暮らししてるおばあちゃんがいるから困ったら頼りなさいと、今は亡き父母に強く言われていたが、どちら方の祖母も故人で、その『おばあちゃん』がどういう関係なのかわからないし、人生の危機に陥った今、何も連絡していないのに北陸行きの新幹線の切符が送られてきて怖い。
20230624

「魔王が死んだ? だから城内がざわついてるのね。後継は?」「野心ある者どもで争い、生き残った者が次の魔王になる。力だけではない、策略と騙し合いの戦いだ」「へえ」誰もが耳を疑った。「私も参戦するわ」そう言ったのは、数年前に拐われてきて故国から見捨てられた、人間の王女だった。
20230624

「これは花で、大抵の人は綺麗だなって思う」友人はときどき変なことを呟く。「人間の生態を宇宙人に説明してるんだ」「宇宙人?」そういう設定で自分の思考を整理するんだと友人は語った。「これが悲しいとか淋しいってことなんだ」その友人の葬儀の帰り道、僕は僕の中の宇宙人に説明した。
20230624

水族館、動物園、植物園が並ぶ界隈があって、その向こうにある人間館で人間を見物してきた。野生の人間はもう絶滅寸前だし、人間を飼えるのはよっぽどの富裕層だけだ。人間欲しいなあ。呟きながら、緩んできた肘のネジを締めた。
20230623

「月が綺麗ですね」なんてさらりと言えたのは、絶対こいつに意味が通じるわけないだろうと高を括っていたからで、そしてそれは僕の間違いだった。
20230622

大学でできた友人が「綺麗な女なんて見飽きた」なんて言うので、試しに連れ帰ったら、まんまとハマってくれた……俺の飼い猫に。以来、毎日高価な餌を持って遊びに来る。それを話すと、行きつけのバーのマスターは言った。「鼠でも金魚でも何でもよかったのよ」アンタに会いに来てるのよ。
20230622

「間違えてしまったのよ」と彼女は言った。「いつも施錠されている会議室に、鍵を持って行ったのに、つい癖でノックしてしまった」彼女の喉が持ち上げられる。「誰もいない部屋に『何かがいる』可能性を作ってしまった」彼女を羽交い締めにした黒い影が微笑む。この世のものではない何か。
20230622

幼い頃、山で迷子になって、ヒトではないものに遭った。「道を教えてやるかわり、お前の大切なものを寄越せ」「例えば?」「物でも心の一部でも、どちらでも」その後、私は優しい叔母夫婦に引き取られた。母親を恋しいとは一度も思わなかった。私を山に置き去りにしたのは母親だったのだし。
20230621

クローン研究者である某博士は『赤ん坊の娘のクローンを作ったらどっちがどっちかわからなくなった』案件で研究者としても父親としても批判を浴びたが、後年どちらの娘が嫁ぐときも号泣し、彼なりに考えがあったのだと知れた。クローンの娘はクローンとして差別されることを免れたのだから。
20230619

悪霊は招かれなければ人の家に入れない。だから親しい誰かの声を真似て、標的に自ら扉を開けさせる。住職は語った。「前に、飼い猫の声を真似た悪霊がいましてな。飼い主はつい開けてしまった」「で?」「その瞬間、悪霊は怒った猫に喰われました」その猫も、半年前に死んでいたんですがね。
20230618

私がずっと叔父さんだと思っていた人は、母の弟ではなく、正しくは母の亡くなった弟の旦那さんだったと判明したわけなのだが、なら血縁関係はないじゃないかという喜びは束の間で、次の瞬間にはどっちにしろ私の恋心が叶う見込みはゼロであることに変わりはないと気づいたのだった。
20230617

「吸血鬼を噛んだ? 噛まれたじゃなくて?」「私は子供のスリだったの」街で紳士の財布を掏ろうとして、気づかれて捕まって、その手を思い切り噛んで逃げた。血が滲むほど強く。それから歳を取らなくなった。「私は中途半端な化け物になってしまった」そしてずっとあの紳士を探し続けている。
20230616

博士「画期的な機械を発明したよ」 助手「はあ」 博士「本を買っても読む暇がなくてどんどん床に積み上げているだけの君みたいな忙しい人間のために」 助手「はあ」 博士「この機械は本の内容を一冊わずか数秒で脳に直接注入できるという優れ物で、えっ助手君が凄い顔で怒ってるどうしたの」
20230615

ある有名な予知者が「20xx年、世界は地獄のようになるだろう」と予知した。多くの人々が彼はペテン師か本物の能力者かと議論する中、ある女性は言った。「彼の能力についてはともかく、過去の発言から差別主義者だということはわかります」彼にとっての地獄は私達の天国かもしれませんよ。
20230614

ドラゴンの血一滴で数百年寿命が伸びるというが、ヨダレにも少しは効果があるらしく、寝ぼけたドラゴンに喰われかけてその奥歯に引っ掛かったまま長い長い眠りに付き合わされた商人が若い姿のまま百年ぶりに国に戻ってきた。「この香……おぬし龍騎士か」まさか。口臭が取れないだけなのに。
20230613

「あの方とは病院で知り合いましたの。有名な名探偵さんだったなんて驚きましたけど」「だから何だ。奴はもう死んだんだ。何もできやしない」「私、あの方と同じ病ですの。また会いたくて……」女性の表情が冷酷なものに変わる。「多重人格の彼女は自分の中に僕を生み出してくれたのさ」
20230612

余命半年の宣告を受けた僕は、まだ十歳の娘の成人した姿がどうしても見たくて、宇宙へ旅立った。短い航海を経てウラシマ効果により十年後の地球へ戻ってくると、娘は事故で還らぬ人となっていた。そして僕の病には治療法が見つかっていた。僕は一人ぼっちで生き続けなければならなかった。
20230612

狼の呪いで狼男にされてしまった。なので、聖者に助けを求めて呪いを軽くしてもらった。「あなたは七回変身するでしょう。しかし七回だけで呪いは終わる」俺は気づかなかったのだ。『人間に戻る』のも変身にカウントされるのだということに。七回以降は狼の姿から戻れなくなるということに。
20230611

占い師は自分自身のことは占えないというが、私の友人はまた特殊で、予知みたいな能力はあるものの自身の物差しでしか感じ取れないというか、「もうすぐ世界が滅びるの。詳細はわからないけど」と告げたその三日後、彼女の推しアイドルがグループ脱退と芸能界引退を発表していた。
20230608

無職になって、部屋に積みまくっていた未読本の山をやっと少しずつ読み出したら、いちばん奥のいちばん下に、数年前に失踪した友人からの消印のない手紙が隠れていて、それは『お前に余裕が出てきたら読んでほしい』という書き出しで始まっていた。
20230608

引っ越し先でやたら怪奇現象が起きるので除霊屋を呼ぼうとして、住所を言ったら断られた。「そのマンション、最上階にホラー作家が住んでるんだよ」僕でも知っている有名な作家だ。「それが?」「今スランプ中なんだろ。書き始めたらいつもすぐ全部おさまるから、暫く待ってな」「いつも?」
20230607

自分が誰ぞに呪われたとの噂を聞き、その呪い屋を訪れた。確かに依頼は受けたが倍の金を払えば呪いを解くとのこと。「いい商売だな」呪いが実在しようがしまいが呪い屋には金が入る。そして実際、私にはいらぬ出費でいい迷惑だ。「それが呪いというもんですよ」キセルを片手に呪い屋が笑む。
20230606

失踪した友人からときどき絵葉書が届くので、この古い家から引っ越せないでいる。届くのは他にも、見たことのない野菜や、織物、綺麗な石ころなど様々である。絵葉書に消印などはない。すべて知らないうちに家の中に置いてある。いつか、友人の失踪先に僕も行ける日が来るのだろうか。
20230605

縁日の金魚掬いで掬ってきた金魚の中に人魚が混じっていたらしく、すくすく育ってすぐに水槽ではおさまらなくなって、今ではうちの風呂場を占領しているのです。僕がこの銭湯に毎日通うようになった理由はそれで、決してあなたのストーカーではないし、そもそもあなたの名前も知らないです。
20230603

知り合いが、奥さんを亡くしてから汚部屋暮らしに陥ったという噂を聞いた。誰かが片付けようとするとひどく怒るそうだ。「奥さんはあんなに潔癖というか綺麗好きだったのにな」と言うと、「だからだよ」と返された。「奥さんの幽霊避けに、わざと汚くしてるんだってさ」あいつ何したんだよ。
20230603

野良猫と仲良くなった。名前を訊ねたら「いっぱいあるんだよニャ」と言われた。「クロとかチビとかタロウとか、あちこちで好きに呼ばれてる」「そうか、私と同じじゃな」私もあちこちで、妖怪とかお化けとか幽霊とか好きに呼ばれている。神様と呼ばれることは最近めっきり少なくなったな。
20230602

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