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幸せな悪夢

            カムフラージュ

気まぐれにきたメッセージは、
ちょうどまあるいオレンジの夕陽が
家々の窓に丸ごと映っているのを、
運転しながら見かけた帰り道だった。

子どもたちが手を離れて、急に自分の時間ができちゃったら、何か趣味でも見つけないとって焦ってます。柊は楽しく生活してる?
たくさん趣味ありそうね。

良妻賢母な彼女らしいメッセージに、家族のために夕飯の下ごしらえをするキッチンでの姿を思い出す。ソファーに座って編んでいたのは子どもの習い事用のカバーで、自分用の物すら編まなかった。

趣味かぁ。絵を描いたり、本を読んだり、陶芸をしたり、くらいかな。仙人みたいな生活をしているよ。笑

車を停めて、霞む空にぼんやりと沈んでいくオレンジを見届けながら、そう返す。

柊は本も絵も好きだったものね。陶芸もまだ続けてるんだね。いつか個展開いてね。

彼女を待ちながらよく本を読んでいた。二つの月のある世界*へ逃げ込んでは、根気よく彼女を待っていた。「待っている」ことを、私はいつも「本読んでる」と言った。

個展かぁ。笑
いつかできるようにがんばるよ。

絵も本も陶芸も、「好きだった」んじゃない。
あの頃から、私は、何か変わったろうか。
今も変わらずに「好き」なのだ。

絵を描きながら、
本を読みながら、
土を捏ねながら、
「待っている」ことを隠して生きて。

個展を開いたら、
彼女は見に来てくれるだろうか。
私は、
「見に来てほしい」と
言うだろうか。

いつか。

               二つの月のある世界*
            村上春樹による長編小説「1Q84」の                中で、主人公 天吾と青豆は二つの月が              浮かぶ世界へ紛れ込む。


              白いブラウス


彼女の夢を見た
久しぶりに
白いブラウスを着て、細身のジーンズを履いて、髪をひとつに結わえて

陽の光の似合う彼女は、相変わらずの笑顔で、でもなんだか痩せていて
仕事が忙しいのかな、と少し心配になる

気がついて手を振り
「両方とも空いてるよ、○日も、○日も」
と言い残し歩いていってしまう

おそらく私が提案したであろう、日にち

会おうとでもしていたのかな
2人で?他にも誰か誘ったのかな?

目を覚まし、今さら会ってどうする?
友達にもどろう、と別れ、引っ越していってしまった彼女と… と布団の中で思い煩う

少し痩せた彼女の、白いブラウスの襟のなみなみだけが残る
もうあの笑顔も、うっすらとしか思い出せないというのに──

       

            めまい

夏が嫌いだと言って、
暑いのは嫌いで、
お祭りの人混みも嫌いで、

夏が好きな私を「いいね」と言って、
湯上りのシャンプーの香りのする彼女は、
無防備に笑って、
「好きだよ」と何度も言うのに、
「そんなに言うと減ってしまうよ」と、
甘く蕩けそうな声ではにかんでいた。

八月、
彼女は例年のごとく、
半月ほど京都へ帰省していき、
夫の実家へ夏休みの息子たちを連れて、
内助の功だとか、良妻賢母だとか、
彼女には彼女の理想があるのだから。

彼女のいない夏はそれでも、
プールだ水鉄砲だ祭りだと、
それなりに楽しくしていたのに
私の半分は置き去りになって。

京都から帰ってきた彼女の言葉に、
少しだけ訛りが混じって、
真似をすると首を傾けて、

「おかしい?」
「おかしい、がもう訛っとるよ」

思い出されるのはそんなことばかり。
思い出はいつもめまいのように。

「行きたくないな
柊のせいで
夏がもっと嫌いになったじゃない」

今年も夏の京都はとても暑かった。
彼女はまだ、
夏が嫌いなままだろうか。

 
          もう一度サナギになる


「知ってる?
サナギってさ、
中でいったんドロドロになるんだよ」

そっか。
そういうことか。

僕が今、ドロドロでぐちゃぐちゃなのは、
もう何もかも作り替えられてるんだ。

好きだったものも、苦手だったことも、
いつも見ていた空や緑だって
全部全部違って見えて。

眩しくて、苦しくて、ひっくり返りそうで。
こんなにも嬉しくて、楽しくて、
こんなことで怒って、悲しくて。

僕はまるごと作り替えられて、
まるで、初めてみたいに。

僕の知らない僕になる。

僕はサナギだ。
ドロドロになって、
ぐちゃぐちゃになって、作り替わる。

目の前をふわふわと舞う君を、
追いかけて。

僕は何度だって、
サナギになる。

いつか羽がはえて
飛べそうな気がするんだ。

僕はサナギだ。
夢見るサナギだ。


                 指のキオク


丁寧に爪を削りながら、翌日のことを考えていた。彼女に会える日。二人で少し、ゆっくりできそうな日。

「何食べたい?」
「○○(町)にね、ガレットのおいしいお店があるんだって」
「へぇいいね、そこ行こうよ」
「いいの?」
「うん、行こ行こ」
「わーい、楽しみ」
「ね、楽しみ」

LINE

家族を送り出し、朝の家事を済ませたくらいに彼女はやって来た。

「おはよー」

ランチまでは、まだ時間は早くて。
手を広げて迎えると、彼女は上着を着たまま、すっぽりと腕の中におさまって。

「会いたかったよ」
「うん、私も」

ゆるっとニットにタイトなパンツ、ウェーブのかかったロングに、くすみピンクのシャドウの目元が品良く。小さな耳には星のピアス、私がプレゼントしたものをつけてきてくれるあたり、今日の彼女はデート仕様だ。

それなのに。結局は。
耳へ、首筋へ、服の中へ。

「かわいい下着、買ったの?」
「どうせいつも見てないくせに…」
「見てるよ、ちゃんと」
「すぐとっちゃうでしょ」
「まぁ、そうだけど…」

くすぐったそうに身をよじって、クスクスと笑いながら肌がふれあう。

唇を重ねながら、手のひらと指で丸く撫で、肝心なところは、まだ、触れずに。

「ん。。ねぇ、焦らしてる?」
「もどかしい?」
「ん。。。ねぇ、わざと?」
「さわってほしい?」
「さわって…」

私にしか聞こえない声が耳もとで。
かかる彼女の息に、はやる気持ちを抑えて。

「どこ、さわってほしい?
ちゃんと言わないと」
「んん…恥ずかしい」
「ちゃんと言わないと。触らないよ?」

「ん…、先っちょ…さわって」

かわいすぎるその声に、
もう頭は真っ白になって抑えきれず、
容赦なく口に含む。

漏れる吐息。彼女を全身で感じて。
優しく強く、唇を、指を這わす。

上も下も、前も後ろも、わからなくなる。

汗ばんで。

ぐったりした彼女に、ぴったり寄り添って、毛布に包まる。

「ガレット、楽しみだね」
「もぅ力はいんない…」
「お腹空かないの?」
「お腹空いた…」
「食べさせてあげようか?」
「柊のばか」

動けなくて、動きたくなくて。
とりあえずは、彼女のかわいい下着を捜索中な私に、

「柊、髪の毛 ぼっさんぼっさんだよ?笑」

と、さらに、わしゃわしゃとかき混ぜる彼女の潤んだ目は、私しか知らない。

丁寧に爪を削る。

「柊はやさしいね」

彼女に褒められた、指先。


            ボクの鳥

鳥かごの中の鳥みたいだったから

キミが見たことのないものを
ボクは見せてあげられると
思い上がっていたんだ

自由になりたがったわけじゃなかった
キミは

ただ少しだけ
外をくるりと飛びたかっただけ

ボクときたら

けれどボクだって

鳥かごにきちんと戻っていくキミが
好きだった

ただキミと
かごの外の一緒に飛んだ空が
あんまり美しいものだから
居場所じゃなかったとは
思えないけれど


セキセイインコの羽切りのように
制限の中に護られるものを
ボクは知らなかった

きっとボクは
鳥かごの意味すら
知らなかったんだ



                 幸せな悪夢

 
「電気消していい?」

カーテンの隙間から月明かりが漏れる

月の明るい夜に

優しく

とびきりやわらかに

はやる気持ちを

心音にとじこめ

そうっと口付ける

膨らみも窪みも硬さも

心もとない薄っぺらな下着を

そろりと指先にかけてひく

クスリと笑う彼女は
「柊も脱いで」
とタンクトップを引っ張る

火照った肌が
彼女の冷たい部分に触れて

「あったかい」
と分かち合う

立てた膝が悶え

背中を反らせた
彼女の息で

脳が真っ白になって

狂わせて 
独り占めしたい
私を刻みつけて

奥へ 深く

誰も知らない彼女を
この手に

汗ばんで果てた二人と
漏れた月明かりが
密かに


とろんで這わす
唇の区別など
 
月が陽とかわるまで

吐息に溶けて

クスクス笑う

すべておかしくて

幸せな悪夢


                 
                アムリタ


つば広の帽子を被り、日陰で一人、座っている彼女を遠くに見た。

彼女のまだ小さな末の息子は、私の背の上であどけなく話している。

あれから、のことを。

これは夢で、だって、この子はもう中学生になっているはずだ。夢に現れるこの子も、彼女もやはり、当時のまま、歳をとらない。

彼女と親しく話すこともなく、この末息子を通して、今の暮らしを知る。彼女の様子も。

元気そうだ。

薄ピンクのTシャツに、日差しをまぶしそうにいる彼女は、人の輪の中に入らず、ポツンと離れ座る。あのころと同じ。

コロコロと子犬のような他の息子たちは、友達に囲まれ、にぎやかにじゃれ合っていた。

やがて、夫が現れて、皆で帰っていく。

「バイバイ、またね」

足元は水の中で、
ちいさなメダカが泳いでいた。

                                 𓆜𓆝𓆟

いつまでたっても歳をとらない彼女たち
いつまで夢をみるのだろう
いつまでも夢のまま

いつまでも

囚われのまま

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