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【一気読み!とか徹夜本!とか、俺はナンセンスな宣伝文句だと思っている】〜書店員のエッセイ&本紹介〜桜木紫乃『砂上』

夜の読書は優雅だ。
今日為すべきことのなにもかもが終わり、あとはだらりと体を横たえて睡魔を待つだけ。一日にわずかしかない、そのささやかな自由時間を読書に充てるというのは、なかなか気持ちがいいものである。

ベッドライトが照らすなか、ぱらりぺらりとページをめくる。静寂な夜の素晴らしいところは、圧倒的な没入感を味わえるところだ。みるみるうちに物語へと吸い込まれていく。感覚は文字の世界に溶け込み、感情はめくるめく動き回る。紙と指がこすれ合う音だけが響き、上質な時間を醸し出す。
・・・。
・・・。
・・・。
だがそれはいつも突然のタイミングだ。
現実に引き戻される瞬間に前触れはない。
醒めつつある身体をガバっと起こして、あわててスマホのホームボタンを押す。

やばい!もうこんな時間だ!

残っているページの厚みがいつの間にか「あとちょっと」になっていることに気付き葛藤を始める。そろそろ寝ないと明日の仕事に支障が出るのはわかっている。しかし、やはり続きが気になってしょうがない。それにこれを読み切れば、溜まりに溜まった積読本を一冊、明日の通勤バッグに入れることができる。
ああ、悩ましい。ああ、読みたい。ああ、仕事。ああ、悩ましい。ああ、読みたい。

このとききっと、多くの読書家は欲に負けるであろう。
だが私は違う。
あとちょっとになった時点で本を閉じ、おとなしく電気を消してしまうのである。

私は一気読みが好きではない。
徹夜で読むことも絶対にしない。
翌日の仕事のパフォーマンスを大切にしているわけじゃないし(テレビ見てたり酒飲んでたりしてるので夜更かしはしょっちゅう)、決して集中力がないというわけじゃない(たぶん)。
私はただただ、著者の壮絶な執筆ドラマを想像し、胸の奥を熱くさせたいだけなのである。

昨年、文学フリマに出店するために自主出版として一冊の本を書いた。『終わらない恋の果ての地で、あなたに私を殺してほしい』という、エッセイ的小説であった。
ブログ以外の初執筆だったのだが、それはもう身体の全関節がバグってしまうほど大変な作業だった。
書いては消して、書いては消しての繰り返し。すんばらしい表現を生み出せたと思っても、結局蛇足になってしまうので泣く泣く削除。書きたい結末はあっても、その道程が一行も書けないまま日が暮れていく。
大袈裟ではなく、自己嫌悪に苛まれる日々だった。
だからこそ、四苦八苦して作り上げた百二十ページが形になったときは凄まじく嬉しかった。できたぞー!と叫びながら、マンション中のインターホンを鳴らして走り回りたいほど嬉しかった。誰とも分かち合えない執筆の痛みを乗り越えた己を褒めてあげたかった。

だが、これは商業出版ではない。
言い方は悪いが、自己満足したらそこで完結なのだ。

思わず頭の中に桜木紫乃さんの『砂上』が浮かんでくる。鬼編集者と作家志望の女性が一冊の本を作り上げていくこの『砂上』ように、プロによる創作の苦しみは想像を絶するものなのだろう。ときに狂気が必要で、そして俯瞰視点が必要で、そして根気強さが必要とされる。パソコンに向かって頭を抱えていた私の二ヶ月半とは比べ物にならないほどのドラマがそこにはある。

それゆえに私は、文章から滲み出る、著者の血や汗や涙をなによりも感じたいのだ。
一言一句流すことなく、丁寧にじっくりと読みたいのだ。

「面白くて一瞬で読んじゃった」という個人の感想にいちゃもんをつけるつもりは毛頭ない。本はエンターテイメントだし、みんなそれぞれ思うまま楽しめばいいと思う。
ただ、著者のドラマを想像する暇を与えないような(そのような意図はないにせよ)「一気読み確実!」とか「徹夜本です!」とかそういう宣伝文句はやはり頷けない。売りたいのは分かるしインパクトは強いけど、やはりどうしても複雑な気持ちになってしまうのだ。

もちろん「私の創作の苦しみを感じてください」なんてダサいこと、ほとんどの著者は思っていないはずである。実際私だってそう。前述した『愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない』みたいな長いタイトルの自著だって、なんとなく読者の心に残ってくれればそれだけで大大大満足なのである。

まあいずれにせよ、徹夜して読書するなど身体に悪い。
なのでさっさと本を閉じて寝ろってことだ。

〜本紹介〜

【文章から熱が放たれる!作家の狂気とも言える物語…!】

桜木紫乃 著『砂上』

あらすじ:北海道で暮らす作家志望の柊令央の元へやってきた、とある編集者の女性。
彼女は、二年前に令央が応募した『砂上』をもう一度書き直す気はないかともちかける。
ビストロでのアルバイト代と元夫の慰謝料で暮らす令央は、『砂上』を完成させて人生を変えようと試みるのだが・・・。

この小説はすごい。
鬼気迫る主人公の描写に圧倒される。
北海道の景色は非常に情緒的なのに、
閉鎖的な彼女の執筆風景が目に浮かぶ。
作家の方々は特にハマると思う。
作家じゃない俺がここまでハマってるんだから間違いない。


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