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日本で一番小さな県で育まれる愛のサイズ【七話】【創作大賞用】


おはよう

誰も居ない部屋で幸助はつぶやく。

夏の日差しと夏の暑さに睡眠を邪魔されてしぶしぶ幸助はベッドから起き上がった。

月日の流れは早い。気づけば空に泳いでいた鯉はいなくなり、代わりに蝉の鳴き声が空を泳ぐ季節となった。

讃岐乃珈琲での仕事にもだいぶ慣れてきた。

観光客と常連客が混在するこの空間が心地良い。

いつものように仕事を終えた時、春子の妹の陽菜が

「ちょっと二人にお願いがあるんだけど」

と言ってきた。

二人とは幸助と春子のことだ。

陽菜は私がタピオカ奢るから話を聞いてほしいんだ、と必死だったので、春子も幸助も了承した。

そして二軒隣にある台湾料理屋に三人は来た。

ここのタピオカを目的によく来店している。

三人ともタピオカを注文した。

しばらくは三人でどうでも言い会話をし、思い出したかのように春子が

「それでお願いごとってなんなの?」

と尋ねた。

陽菜は至って明るい雰囲気で話始めた。

その内容というのが、陽菜の今好きな人と上手く行くように協力してほしいんだ、というものだった。好きな人というのが、皆が働く讃岐乃珈琲亭の同僚マシュー、そして孝之(たかゆき)だそうだ。好きな人が二人いることを悪いことだと思っていないあたりが今っぽいといえばそうなのだろう。

陽菜曰く二人共に好きな部分が沢山あるそうだ。

マシューも孝之も優しいしカッコいい。マシューといるといつも笑いが絶えない。孝之といると癒される。だから本当だったら二人と同時に付き合いたいんだけど、さすがにそれは申し訳ないからどちらかに決めたいらしい。

そしてそれを判断するために一度みんなで県内で良いから一泊二日で旅行をしたいんだ、と言ってきた。

「どうやって協力できるかは分からないけど、旅行自体は楽しそうでいいね」

幸助は案外乗り気だった。

「まあ知ってる男とは言え陽菜を一人でお泊まりさすわけにはいかないもんね」

春子も前向きな答えだった。

春子と幸助から了承を得て陽菜は「バンザーイ」と言って万歳した。

「実は行き先も決めてて、父母ヶ浜(ちちぶがはま)には絶対に行きたいんだ」

と陽菜はルンルンで言った。

「父母ヶ浜か、子供の頃よく行ってたから懐かしい!いいね陽菜。めっちゃ楽しみになってきた」

陽菜と同じように子供のようにはしゃぐ春子を見て、幸助は微笑んだ。

それからあれこれ計画・調整して父母ヶ浜をメインとしたショートトリップの日が来た。

空には雲一つなく蒼さが際立っている。

シフトの調整が大変だったけれど、マスターや他の同僚にお願いして五人が休めるように調節してもらった。

マスターも行きたそうにしていたからお土産を沢山買ってくると約束した。

最終的な旅のメンバーは幸助と春子、陽菜、マシュー、孝之、そして幸助の東京での同僚だった由紀と桔介になった。

由紀と桔介がたまたま香川に来る日が旅行の日と重なったからダメ元で陽菜たちに聞いてみたら、旅は大勢の方が楽しいから全然オッケーよ、と軽く返ってきた。

春子の彼氏の洋一も誘ったらしいが、どうしても予定が合わずに不参加となった。ということで男女七人での旅が幕を開ける。

車は各自所有していたが七人乗れる車は誰も持っていなかったので、七人乗れる車をレンタカー屋でレンタルした。

運転手には幸助が名乗りをあげた。

車内で座る場所はなんとなく固定された。

助手席に春子、後部座席の前列に陽菜、マシュー、孝之、後列に由紀と桔介が座った。

皆ドライブこそが旅の楽しみの一つだなと感じた。車内の居心地はとても良かった。

由紀と桔介が選曲して流してくれる音楽がセンスと親しみやすさに溢れていて盛り上がった。

夏にぴったりの賑やかな音楽や誰もが知っている定番曲を選曲してくれたから、車内は一時カラオケ大会が開催されたかのようになった。

手には各々スタバで買った飲み物やセブンで買ったお菓子やお酒を持っている。最初から酒を飲んでいるのも由紀と桔介だった。

しかしお酒でほろ酔いになった二人の上機嫌さより上機嫌に語りだしたのは孝之だった。

いきなりバスガイドを演じ始めたのだ。

「本日のメインスポットであります、父母ヶ浜についてその歴史も含めてご紹介させていただきます。これを知っていれば父母ヶ浜を三倍楽しめることでしょう」

そのなりきりぶりに車内は大盛り上がりだった。

そしてこの日のために一生懸命調べてきたであろうことを語ってくれた。さすが普段からホテルでも働いているだけある。陽菜と同じ歳なのに関心だ。

孝之が説明してくれた事を要約するとこんな感じだ。

父母ヶ浜は近年SNSで話題になっている映えスポットである。干潮時に大きな水溜まりがあちらこちらに発生し、その水溜まりの近くに立って写真を撮ると水溜まりにまるで鏡に映ったような写真が撮れる。その有り様がまるで「ウユニ塩湖」だと話題になり今では天空の鏡と称されている。

綺麗に写真を撮るには干潮の時間と日の入りの時間が重なる日を選ぶ必要がある。この双方の時間はホームページに丁寧に記載してくれている。また風が無風であるという気象条件も大切だ。

今日はこれらの条件を満たした最高の日だと孝之はテンションをもう一段階あげて教えてくれた。

そしてまだまだ語る。

父母ヶ浜の場所は三豊市にある。幸助らが暮らす琴平からだと車で四十分くらいだ。関西圏からも三時間あれば来られるので関西からの観光客も多い。

父母ヶ浜は地形上多くの海洋ごみが流れ着いてきてしまう場所である。その海洋ごみを長年にわたって地元の人達を中心として掃除してきた。これから幸助達が父母ヶ浜の絶景を見れるのはそういう人たちの努力の賜物であることを知っておいてほしい。当たり前に存在するものも実は当たり前じゃないんです。と孝之は言った。

そこで幸助が話に加わった。

「そうそう俺も子どもの頃はよく祖父母と一緒に父母ヶ浜の掃除をしてたから孝之が今最後に言ってくれたこと凄い共感できる」

そこからは幸助が独演会のように話だした。最初はゴミ拾いなんて嫌いだったんだけど、そこでゴミ拾いしてる人たちが面白くて、ゴミ拾いが嫌いじゃなくなった。全ての大地は海で繋がっていて世界は広いこともこの時教わった。そしたら地理が好きになって歴史も好きになったそうだ。

春子はそこで初めてなんで幸助があんなに社会の授業で目を輝かせていたのか理解した。

「海から見える大地でも誰かが生活していて命が宿っていると思うとわくわくするんよな」

「わー出た幸助さんのロマンチックタイム」

陽菜がちゃかすように言ってきて、桔介も

「幸助って本当そういうとこあるよな」

と賛同してきた。車内がまた笑いに包まれた。

その後も終始笑いの絶えない旅となった。

マルヨシという地元のスーパーで夜にする予定の花火を購入したり、予定より早く着きそうだったからハワイアンテイストのカフェに立ち寄ってハワイ名物のコナコーヒーとパンケーキを堪能した。

七人の共通点として皆珈琲が大好きだと判明した。

特にマシューは珈琲オタクで、気がつけば珈琲のうんちくを日本人よりも流暢な日本語で語った。

「僕の地元のカナダでは浅煎りで酸味がハッキリとわかる爽やかな味わいの珈琲が多いんだけど、この珈琲はうちの珈琲と同じ深煎りで、それなのにハワイの南国感を連想させるようなフルーティーな酸味を感じられて凄く美味しい。日本は少し歩けば美味しい珈琲や食べ物があって日本は天国だよ、本当に」

目を輝かせて珈琲を語るマシューを、同じくらいの目の輝きで陽菜は見つめていた。

その後、父母ヶ浜に向かう車中でまたしても孝之がガイドに扮して説明を始めた。

「本日の父母ヶ浜の干潮時間は19時45分頃まで、日の入りの時刻が19時21分頃でございます。ですので19時頃からスタンバイしてください。良い写真を撮れるかは皆さんの日頃の行いとご協力にかかっておりますので、何卒よろしくお願いします」

はーい、わかったよー、オッケー、と各々が引率に連れられた子供のように返事をした。

幸助一同が父母ヶ浜に着いたのは18時30分頃だった。

まだ夏休み前ではあったが多くの観光客で賑わっていた。

観光客も幸助一同も皆、空を祈るように見つめている。

空が雲で覆われてしまっていたからだ。

風も吹いている。

このままでは鏡に映ったような写真が撮れない。

だから皆、お願い晴れて!風よ止まって!と祈った。

家族連れの小さな子供は声に出して「晴れろ、晴れろ、止まれ止まれ」と言ってはしゃいでいる。

それでも雲は一向に無くなる気配さえしない。

時刻は19時まで残り10分となった。

諦めムードが漂いはじめた。

その時、幸助の背後で奇妙な呪文が聞こえてきた。

「はれろ〜はれろ〜今日は我らの日〜邪魔するのなら雲でもゆるさぬ〜はれろ〜はれろ」

誰がそんな呪文を唱えているのかと思ったら春子だった。

手には今朝途中で立ち寄ったうちわ工房で作ったうちわ一本を両手で持ってあおいでいる。

春子と目が合った面々は春子から、

「ほらあんた達もやんなさい。何もしないより、やるのよ。私たちの人生、やるか、やるか、やるかの選択肢しかないのよ」

とやたら格好の良い名言を言った。

しかし動きと呪文のリズム感が奇妙すぎて幸助を筆頭に大爆笑した。

「春子、いつからそんな面白くなったんだよ」「姉ちゃんまじ受ける」「けどいいね、確かに何もしないよりマシね。皆で春子の真似しよう」

そう言って幸助一同全員がうちわを手に取り春子の真似をし始めた。

「はれろ〜はれろ〜」

一人でも奇妙なのに七人の大人たちがそんなことをしているもんだから周りは壮絶となった。祭りか儀式でも始まったのかと、子供の手をぎゅっと握りしめる親まで現れる始末だ。

それでも七人はやめなかった。

呪文を唱えながら変な動きでうちわを仰ぐのはやってみると思いのほか面白かった。一同笑いながら天に願う。

そしたら奇跡が起きた。

嘘のように雲が無くなり風も止まったのだ。

幸助一同の周りにいた観光客から拍手喝采が起きた。

「こんなことあるんだ、すごすぎる」

春子は隣にいた幸助にハイタッチして喜びを共有した。

その後、七人で水溜まりを前にして立って写真を撮った。近くにいた高級そうなカメラを持っているおじさんに頼んで何枚も写真を撮ってもらった。

孝之の説明通り本当に水溜まりに鏡のように自分たちの姿が映し出されていて、瀬戸内の綺麗な夕陽と相待ってなんとも幻想的だ。

七人は様々なポーズをした。ジャンプしてみたり、皆で手を繋いでみたり、アニメのキャラになりきってスタンドしてみたりした。

陽菜はマシュー、孝之両名と恋人のような雰囲気の写真や動画まで撮ってもらっていた。

そのどれもが後で見返すと輝いていて、きっともっと時間が経ってから見返すとこの日こそ青春の象徴だと思えるような素敵な写真ばかりだった。

そんなかけがえのない写真の中でも春子は一枚の写真に心奪われた。

その写真の中では、七人が奇跡を起こしたうちわを体の前に突き出している。それはちょうど歌舞伎で一番有名な立ち姿であった。幸助以外の皆はどこか芸人を彷彿とさせるコミカルな雰囲気だったのに、幸助のその立ち姿は勇ましかった。よく見ると片目だけ寄り目になっていて、天と地の両方を睨みつけているようにも見えるのが勇ましさを倍増させている。

そんな表情や立ち姿に春子はなぜか強烈に惹かれたのだった。

父母ヶ浜を大満喫した幸助一同は車で十分ほどの所にある本日の宿舎に向かった。そこは一棟貸の宿泊施設で目の前には瀬戸内海が広がっている。

「すごーい、部屋がとっても綺麗。明日も晴れてたら景色も最高そうだよね」

女性陣が綺麗な部屋に感動している。

「父母ヶ浜ほんとうに絶景だったね」

由紀がそう言った瞬間由紀のお腹が大きくなった。

春子姉妹は顔を見合わせ

「次はお腹を満たさないとだね」

と笑い合った。

お腹を空かせた面々は早速施設に併設されたBBQ場で、BBQの準備に取り掛かった。

「マシューここでキャンプファイヤーもできるみたいだよ。一緒に火おこししよう」

と陽菜がマシューに言った。

ここの目玉はキャンプファイヤーも出来ることだ。

火おこしは二人に任せて他の人達で食材を次々と焼いていった。

ある程度準備ができたところで皆で乾杯した。

乾杯の挨拶は先程のMVP春子に任命された。

春子は気合いを入れた様子で

「ここまで皆様のおかげでひじょーに楽しい旅となっております。が、しかし、楽しいのはここからです。疲れて眠たくなってるやつ、いねーよな」

そこで区切って春子は皆の顔を見渡す。

いねーよと幸助が呟く。

「明日の朝も早いけど、今日というこの一日をとことん満喫しましょう。それでは皆さん」「かんぱーい」

春子が乾杯と言うのを幸助が奪った。

「ちょっと幸助、わたしのかんぱーい取らないでよ」

そう言いながら皆で各々の飲み物をぐいっと飲んだ。その後は焼いた肉や野菜を次々と食べた。

「うんま」「最高」「くー」

外で食べる肉や野菜たちの美味しさに皆声を漏らした。

そのあとはお決まりのように皆で花火をし、キャンプファイヤーの周りに椅子を並べて皆で語り合った。

この時に由紀と桔介が近々結婚することを報告された。

由紀と桔介が付き合っていることは幸助は知っていたが、まさかこんなに早く結婚まで辿り着くとは思っていなかったから驚きはしたが嬉しさが何倍も上回った。

そして今回の旅行で春子に由紀のことを話した時、由紀が春子の高校の時の同級生だということも判明していた。世間は狭いというが、東京でたまたま出会った由紀と春子が知り合いだなんて不思議なものだなと幸助は思った。

春子も幸助と同じくらい二人の結婚を喜ぶと思ったが春子はなんとも曖昧な表情を浮かべていた。春子は何か話をしたそうだったが結局何も打ち明けなかった。

重大な話はそれくらいで後は仕事場での出来事やお互いの近況を話し合った。

陽菜がそろそろ初めてくれと目で合図してきたので、幸助が皆の話を遮って司会し始めた。

「えーと、折角だからちょっとしたゲームを始めます。巷で大流行中の究極の二択ゲーム!」

究極の二択ゲームとは、山派?海派?と言った昔からある質問ゲームだ。

この選択によってマシューと孝之の価値観を探りたいと陽菜は言っていた。割と性格の部分を知ろうと努力していて偉いと春子と幸助は思ったのだった。

そういう目的で始めたのだったが、究極の二択ゲームは大いに盛り上がった。

幸助と行く豪華世界旅行vs陽菜と行く国内ケチ旅行という二択に皆が即答で陽菜との旅行!と答え、幸助が不服そうに、なんでだよ、と嘆き、その姿に皆で笑った。

終盤、陽菜はかなり際どい質問を投げかけた。しかもマシューと孝之に限定しての二択だった。
「陽菜と今度デートするなら、水族館?イオン?」

「水族館、陽菜に可愛いペンギンを見せてあげたいから」とマシューが答え

「イオン、陽菜にゲーセンでぬいぐるみとってあげたいから」と孝之が答えた。

どっちも良い答えに感じたが、陽菜は明らかにマシューの答えに満足しているようだった。

この感じだとマシューと付き合うことになるのかな、と春子も幸助も思っていたが、実際に付き合いだしたのは孝之とだった。

その理由を後日陽菜に聞いたら、

「私もマシューに傾いてたんだけど、あの日皆が寝た後に孝之が告白しにきてくれたんだよね。その気持ちがなんかとっても嬉しくってさ」

「マシューもそこから一週間後には告白してくれたんだけど、もう遅いよって思っちゃった。やっぱ恋はタイミングだよね」

と大人じみているのか子供じみているのかわからないことを言っていたが、こういうのも陽菜っぽいよね、と二人とも納得した。

(想いを伝えるのってやっぱり大事だよね)

(想いを伝えるのってやっぱり大事だよな)

春子と幸助は同じことを心でつぶやいていた。

キャンプファイヤーの火はいつまでも七人の顔を灯し続ける。

旅はその後も沢山の思い出の果実を宿しながら終わった。

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