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パステル

 パステルがどんどん溜まっていく。目をつぶろうとすると、水っぽい音がしてパステルで塗りつぶされていく。色とともにどんどん溜まっていく。とめられない。どぼどぼという音が鈍く頭に響いて、目の前が塗りつぶされていくのだ。
「起きて」
 可愛らしい声がする。愛しくて、懐かしい声。けれど、パステルはどんどん溜まっていく。声が呼ぶほど、パステルは塗られていくのだ。伸ばした手が届かず、吐く息がぶくぶくと音をたてて体が沈んでいく。息が苦しい。パステルでどんどん塗りつぶされていく。
 起きて。またあの声が聴こえる。
 淡い桃色の肌。陰影をつけたグラデーション。なめらかな太もも。パステルでふんわりと描かれている。それなのに、私を包むパステルは重くて泡立っている。両手を振り回してみても、浮き上がることはできない。
 バラバラとパステルが床に落ちる。壊れる、と思って手を伸ばした。私を閉じ込めているパステルを? 反射、といってもいいかもしれない。手は届かず、パステルは粉々になる。それを必死にかき集めて、どうにか棒にならないか夢中になった。一度粉になってしまったパステルは元に戻らないのに。
 息が苦しい。パステルの粉で手を汚したまま、クビを掻き毟る。少しも楽にならない。重苦しさは増すばかりで、体がだるくなる。抜け出せない。どうしたらいい? 頭もぼうっとして考えられない。もう一度パステルの液にどっぷりと浸かる。どんどん底の方へ引きずり込まれるような恐怖を感じる。足が強い力で引っ張られて、浮き上がることができない。
 パステルがどんどん投げ込まれる。それが顔のまわりに漂って、空気を奪っていく。
 あの声は聞こえない。パステルの中ではだれの声も聞こえない。孤独だ。とにかく、息をしなくては。
 けれど、息の仕方を忘れてしまった。なにをどうしたらいい? だんだん気持ちが悪くなってくる。胸を柔らかく暑苦しい肉で押されているような、もったりした気分だ。吐くかもしれない、と思った。息ができないのに? できなくても、だ。
 パステルは減らない。どんどん積もっていく。息は取り返せない。

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