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ショッキング・ピンク

ショッキング・ピンクの髪を逆立てた隣人は不老処置も施さず今では珍しい老人という姿だ。
 つまり皺がより、皮膚は弛み、シミがあちこちにある。
 しかし彼女は誰よりもパワーとエネルギーに満ちあふれ、何より音楽を愛していた。
 しかもパンクロックだ。
 今は誰もきかない、攻撃的で激しい音楽だ。
 息子と孫は素朴で「いい人たち」といった風だが、彼女だけは違った。
 感情が高まるとドラムを一心不乱に叩き、叩き、リズムにのり頭を振るのだ。
 こんなエピソードがある。
 彼女のルームにシーフが入った。
 シーフは彼女の全財産と個人データを盗み出そうとルームをハッキングした。
 しかし彼女にデジタルのものはなにもなく、博物館にあるような家具に囲まれた部屋の真ん中にどんとドラム・セットが置かれているだけだった。
 ホログラムでもないその光景にシーフは言い知れない恐怖を抱き、窓から飛び出した。
 その時ほとんど同時に彼女が帰宅し、今にもルームから逃亡しようとするシーフを発見した。
 そして彼女のとった行動は、ドラム・セットの椅子に飛び乗り、ドラムを激しく打ち鳴らすという行為だった。
 彼女はあっという間に汗だくになり、聲にならない咆哮をあげ、感情を爆発させた。
 その爆音にさらに恐怖を感じたシーフは、命でもあるハッキング・セットを取り落とし、それを拾うこともできず命からがらといった風に彼女のルームから逃げ出した。
 その話をしてくれた彼女は、落ち着いた静かな様子で紙を取り出し、それを唇に当てた。
 そこから不思議な音色が発せられる。
 隣に座っていた大人しげな息子も、それに合わせて紙を吹く。
 その音色はのびのびとしていて、とても心地よいものだった。
 数時間前にシーフに入られた人間の落ち着きではなかった。
 まるで空を自由に飛び回っているようで、心が高まる曲調だった。
 今まで聞いたことのない曲だ。
 やがて紙はボロボロになり、それは帆船の帆が翻るような音を発しながら破れ、はらはらと崩れていった。
 しばらく呆然としていた。
 いや、陶酔だろうか。今までにない経験だった。
 心がすっかり入れ替わったような心地だった。
 縛り付ける者はなにもない。
 自由に羽ばたける。
 好きなことを両手を広げて受け入れることができる。
 そして何よりも大きな感謝。
 神へ、先祖へ、友人たちへ、心の底から感謝した。
 胸はぬくもりに満ちて、膨らんでそのまま空に浮き上がっていきそうな気分だった。
 何よりも幸福で、感じたことのない感情だった。
紙ははらりと地面に落ち、儚く散った。
 それを彼女は慈愛に満ちた目で見つめていた。
 感謝を込め、何よりも慈しむように。
 すっかり精神が浄化された気分だった。
 曲は好きだ。
 なんでも聞く。
 けれど、ここまで心揺さぶられたものは生まれて初めてだった。
 ショッキング・ピンクの髪が揺れる。
 彼女は誰よりも優しかった。
 人に与えるほどの優しさを持っていた。
 僕は立ち上がり、今までにない気持ちを胸に抱いてそれを大切に両手で覆った。
 僕の人生はとてもいい方に変わる。
 誰も、僕に彼女のような生き方を教えてくれなかった。
 でも僕はとうとう出会った。
 苦しくつらく暗いものが晴れ、堅く分厚い殻を破って本当の自分が飛び出してきたようだった。
 僕は生まれ変わった。
 人生は楽しい。
 倦んでいる暇などない。
 美しいものを愛し、許し、受け入れる。
 その器の大きさに、素晴らしさに僕は気づいた。
 今では腕にできた傷でさえ愛しい。
 生きたいと思った印だ。
 生きた印だ。
 音楽は素晴らしい。
 彼女は素晴らしい。
 そしてそれにそっと寄り添う息子も。
 人生に一度あるかないかの経験をした。
 これで僕はもう悪夢が怖くない。
その出来事の後、淹れ立てのコーヒーと焼きたてのパンを、キッチンに立ったまま食べた。
 いつでもこの幸せを思い出させてくれる。

――了――

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