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【みみ #21】聞こえる方に、ただ理解してもらうために

麻野 美和さん & 塩谷 和子さん


 第15話でご紹介した、娘さんの片耳難聴が発覚した瀬川さんが頼った先が、片耳難聴の情報・コミュニティサイト『きこいろ』。瀬川さんが「ファンになった」と話された運営当事者の一人が、麻野さんだ。


 麻野さんは、子供の頃に左耳が難聴で、周囲の理解を得られない場面に直面してきた。子供心に、「口では“大切なものは目に見えない”なんて言うのに、“目に見えない”自分の難聴は大切にされないんだぁ。」なんて矛盾を感じたこともある。

 例えば、学校で先生に自ら片耳難聴を周囲に開示して、席の配慮をお願いするのも毎回しなければ忘れられるし、それ以外の場面での自らの言動を気にされることもなかった。何度か聞き返すも、最終的にコミュニケーションを諦めてしまうこともある。さらに、人によっては「かわいそう」となってしまう。

 「ものすごく助けてもらいたいとか、かわいそうと思ってほしいわけじゃない。ただ理解してほしいだけ。」と話す麻野さんは、「聞こえることが当たり前じゃなくて、聞こえ方も色々あることが当たり前」とわかってもらいたいだけなのだ。『きこいろ』は、当事者同士の情報共有の場としても重要だが、「知ってほしい相手は、聞こえる方々」と教えてくれた。


 塩谷さんは、片耳難聴の当事者ではない。東京都の公立小学校の図画工作専科の教員だが、育休中の間に自分のスキルを活かしたいと、『きこいろ』が募集していたイラスト作成のボラティアに応募し、参画した。

 『きこいろ』と出会うまで「難聴と言われれば両耳が聞こえないというイメージしかなかった」が、参画を通じて片耳難聴とその当事者が困る具体的なシーンを学んだ。片耳難聴のある人は、1000人に1人とも言われる。だとすれば、「今まで勤務してきた学校にも片耳難聴のある子が数人はいたのかもしれない。これから出会う子供たちの中にいるかもしれない」。生徒への想像力は大きく広がった。

 「外部の方にお仕事をお願いすることは、聞こえる方に知ってもらうプロセスでもある」と付け加えた麻野さんの言葉が、ストンと腹落ちした。


 『きこいろ』が始まってから、5年が経つ。麻野さんは「確実に社会を変えてきた実感がある。それが、今の自分を動かしている。」と話す。小学生の頃に聞こえないまま学校で過ごす1時間がしんどかったお子さんが、中学生になって自身の片耳難聴を友達に打ち明けられたと報告しに来てくれたそう。「たった一人の人生だけど、大切。それが成果。その積み重ね。」と一言ずつ確認するように話されたのが印象的だった。

 「最初は、それまで全然やったことがないことをやって、不安で右往左往だった」とも教えてくれた。「周りがいいねと言ってくれるから、ここまでやってこれた」麻野さんや仲間にとっては、「一人じゃないことがめちゃめちゃ大事だった」。それに続いた「いてくれるだけで、ありがたい」という言葉は、塩谷さんに向かっているように聞こえた。


 麻野さんは「変えてきた実感がある」対象として「社会」という言葉を使った。「片耳難聴の人だけのコミュニティで閉じちゃうことはよくない」。この社会は、誰かが道をつくったり壁を超えてくれたりした先達がいるから、私たちが今を生きられると話された。「シンプルに困っている人を助ける。傘をさしていない人がいたら、傘を差しだす。自分の場合は、片耳難聴をきっかけに何ができるか。」に過ぎないと。

 もちろん、運営は簡単ではない。傘を差しだした相手からなるべくお金を取りたくない。塩谷さんのような協力者に謝金をお支払いしたい一方で、企業からコミュニティにスポンサーを申し出られても製品PRという形では受け付けない。「広く平等に運営するポリシー」を崩さないためだ。運営する中では、その維持に留まらず、更なるアクションの必要性を考えさえさせられる場面も出てくる。例えば、片耳難聴で補聴器を使いたい方もいるが、18歳以上では補助が出ない現状を変えるためにどうすべきか。


 お話をお聞きして、じゃあ自分たちは「社会」に対して何ができるだろうかと考えさせられる。その対象が片耳難聴である必要はないし、障害を知らずとも提供できるスキルは何かしらあるだろう。もっと大事なことは「理解する」ことそのものかもしれない。どうとでも一歩は踏み出せる。そんな人が増えてほしいと思わされる『きこいろ』さんの取り組みだった。



▷ 片耳難聴の情報・コミュニティサイト『きこいろ』




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