小説 ゴールデンウィーク延長

 ゴールデンウィークが終わってしまったことを悲しんでいると、「ゴールデンウィークを伸ばせる能力の人」がやってきて、

「わたしにご依頼いただければ、ゴールデンウィークを伸ばせますよ」と言ってくる。 

「どれくらいですか?」と尋ねると、その人はにっこりと笑って「いつまでも」と言った。

 五月の太陽は幻のようだ。夏のように赫灼と照りつけるのではなく、春のように穏やかでもない。春の霞の中に消え入りそうな陽の下で、その人はうっすらとした笑みを浮かべている。

「でも、いつまでも伸ばしてしまったら、みんなが困るのではありませんか?」 

「いいえ、みんなが休みになりますから、誰も困りはしませんよ。みんなが休みます。布団の中で、ベッドの中で、おうちの中で」

「テレビを見て?」

「テレビを見て。ユーチューブを見て過ごすのです」

「それなら誰も困りませんね」

「ええ。あなたがそうしてくれと望みさえすれば」 

 わたしは窓から外を見た。たくさんの人たちが憂鬱そうに歩いていた。みんな職場へ行くのだ。悲しみを、あるいは悲しみとすら認識できなくなってしまったような、薄いゼリーのような衝動を堪えて。鞄の中には、お弁当と子供からもらったお手紙。子供のいない人はガムと仁丹。見えない牢獄の中にいる人々の憂いをわたしは見たのだ。

「いかがですか」 

 その人は迫るように言った。だがわたしは首を左右に振った。

「どうしてですか。あなたが悲しみを終わらせてはいかがですか。ゴールデンウィークを無限に続けてはいかがですか」

「いいえ」

 それ以上言えなかった。自分がどうかしているというのはわかっていた。だが、自分がどうかしているというのがわかるということ、そのことだけは捨ててはいけないというような気がした。

「そうですか」とその人は言った。

「わたしはもう二度とやってきません。あなたは二度と、ゴールデンウィークを無限に伸ばせないのです」 

 そうしてその人は真夏の正午の影みたいに消えてしまった。あとにはなにも残らなかった。

 わたしは窓の桟に腰掛けて通りを見た。通勤時間帯は終わりに近づいたらしく、サラリーマンたちの数は目に見えて減っていった。わたしが出社しなければならない時間はとうに過ぎていた。わたしは怒られるだろう。それから迷惑をかけた分を、給料から引かれてしまうだろう。そうなることはわかっていた。 

 でも、どうしたって、ゴールデンウィークをいつまでも続けることだけはできなかったのだ。

 わたしは朝食を作るために卵を割った。うまく割れなくて殻が黄身の中に入ってしまう。殻を取り出すために指で黄身に触れると、その冷たさに背筋が少し震えた。永遠が通り過ぎた。