小説 危うい友達

 両親が亡くなったせいか最近ちょっと危ういなと思っている友達をごはんに誘うと、

「もう生きてる理由とかあんまりなくなっちゃったんだよね」とのこと。こりゃ危うい、と思ったので「キビナゴでも食べなさい、酢味噌で」とキビナゴを注文。それからからあげも注文。

「マヨネーズで食べなさい」

「マヨネーズで?」 

 疑心暗鬼に陥る友達のからあげにマヨネーズの入った小皿を押しやってやる。

「からあげは『死』から一番遠い食べ物って気がしてるんだ」

「なんの話だ?」

「油っこいもんとか、そういうのが相当する」

「ふーん。じゃあ逆に一番近い食べ物ってなによ」

「豆腐とか? 『湯葉』なんかもう『死』の概念そのものじゃない?」

「あーちょっとわからないでもないかも」

 からあげを箸でつまみながら友達。 

「じゃあなにか、おれはからあげを食うと生きる気力が充溢してくるのかな」

「くるくるくえくえ。あとマヨネーズもつけて食いな」

「なんか食べたことない組み合わせだなあ」

「チキン南蛮みたいなもんって思えばいけるでしょ。マヨネーズもさ、かなり『死』の対極にあるくいもんだと思ってるのよ。その一位と二位を一緒にして食えば、おまえの中にエネルギーが生まれるはずだ」

「生まれるかなあ」

 なにを言っているのかは自分でもわからなかったけれども、とにかくからあげにマヨネーズを付けて食べた。油と塩が舌の上に瞬膜のように広がっていく。広がり、ということを思う。そうだ。食べ物というのは広がり、展開なのだ。

「うーん食べ物だけではそんなにエネルギーは生まれないよ。死がさ、今、この空いている隣の席に座っている感じなんだ」と友達。おれは友達の隣の席を見た。そこに死神が座っているような気がした。

「まずいぜ。死神がいるような気がする」

「ほんとに?」

「早くエネルギーを充溢させなければ。くそ。どうしたらいいんだ?」

「このメニューの中から死の対極にある食べ物を探せばいいのでは?」

「そうか。よし目を皿にして探すぜ。あったぜ。激辛ピザだ」

「あー」と嫌そうな顔をする友達。

「ピザもかなり死の対極にある食べ物だ。間違いない。かててくわえて激辛ハバネロソースが載っている。辛味も死の対極にあると言っていいだろう。これが生だ! ライフ! これを頼むぜ!」

「食べ切れんのかい?」

「食べるんだよ。食べきれなくても食べるんだ。それが人生なんだから」

 激辛ハバネロピザがやってきた。思っていたよりもでかいうえ、顔を近づけると目が痛いくらいピリピリしてくる。なんだこれは? 「放散」してんのか?

「えっまじで食べんの?」

「食べるんだ。二人で食べるんだよ。おれとおまえで食べるんだ」

 そうしておれたちはピザを食べ始めた。だが一口目からもう飲みこめない。喉がこのピザを嚥下することを拒否している。

「ぶふゃふぁつらっ、もうむりだよ」

「食べるんだよ。ごっぼっべぼ。食べるんだ」

「いやこれ、辛いとか辛くないとかじゃなくて、痛いよ。喉に傷が付いちゃってるんじゃないか? 明日のトイレがギリシャ三大悲劇より悲劇的なことになるよ」

「明日のトイレより今日のエネルギーだ。いけるよ、見ろ、死神が薄れてきたぜ」

「おれには見えないけど」

「おれには見えるんだよ。ばふぉめらこっ。おれには見えるんだ!」

「おまえ、泣いてんのか?」と急に友達が言った。

 はっとした。目の下に指をつけると確かに濡れていた。雀の小便みたいに濡れていた。となると泣いているというのもあながち間違いではないように思われるのだったが、どうして泣いているのかというその肝心要のところはわからなかった。辛いからだという説が恐らく大半だろうけれども、本当のところはおれにはわからなかった。いや。

 うそだ。わかるはずだ。おれにはおれの泣いている理由がわかるはずだ。

「ぐすっ。泣くもんか。いい大人が泣いたりしないぜ」

「だけど泣いているように見えるぜ」

「つまりこういうことだ。悲しみを乗り越えていけ。そういうことだ。この涙がその証だ。それしかおれには言えない、わかるな?」

 友達ははっとした顔つきになった。わかったのか? 今のセリフで?

「悲しみを乗り越えていけ。おれは。おれは……おまえが死んだら嫌なんだ」

 おれは目の下の涙を拭った。涙が止まらなかった。七色の工業排水を垂れ流す有毒物質製造工場みたいに止まらなかった。中和なんかくそくらえだ。原液を流していけ。原液をどんどん流して汚染するのだ。

「死を乗り越えるんだ! 食え! エネルギャアだ!」 

 おれは友達の口にピザをねじこんだ。友達は悲鳴を上げて嗚咽した。どうしてこんなものを食わなければならないんだ、という涙では、きっとなかった。たぶんなかった。そうじゃないかな。わかんないよ。わかんない。

「まだ八切れも残ってるじゃないかよお」

 涙を流しながら言う友達。大丈夫だ。心配するな、とおれはなんだか口が開けなくなってきたから心のなかで言った。心配するな。食いでがあるじゃないか。全部食って、全部食って、生き残るんだよ。

 そうだろ?