小説 ゴールデンウィーク

 ゴールデンウィークなのでどこかへ連れてってほしいと息子が言うけれども、

「いいかい息子よ。ゴールデンウィークはみんなが蝉の羽化するみたいに外へ出てきてどこも混雑しているのだ。家にいるか、近所をうろうろするのが一番だよ」 

「うちぐらいだよどこにも行かないの。ばかにされちゃうよ友達から」

「うっ」

 それで仕方ないので息子を行楽に連れて行くことにする。お母さんは今日は大学時代の友達と一緒にカラオケに行っているのでわたしがなんとかするしかないのだ。

「じゃ、近所の丘のハイキングコースへ行こう。丘は最高のエンタテイメントだよ。ツトムぐらいの歳だと虫取りとかがいいかな」 

「虫取りなんか誰もやんないよ。いいよ、歩いてるだけで」

 歩いているだけでいいとはできた息子だ(泣)。お言葉に甘えて歩くことにする。

「帽子かぶんな。日焼けしちゃうから」

「いらない。邪魔だし」

「そう?」

 長袖と長ズボンだけはなんとか履かせてリュックサックに水筒とタオルを入れて行く。うん。 

一丁前の格好でかっこいい、と思ったのでスマホで写真を撮ろうとすると、最近は写真を撮られるのを少し嫌がるようになってきたので手でスマホをべーっと押しやってくる。

「お父さんはきみの記録をみんな残しておきたいのだ」と言うけれども結局後ろを向いたところしか撮らせてくれない。けちだ。

 途中のコンビニでおにぎりを買う。

「おにぎりなにが好き?」

「ツナマヨ」と言うのでツナマヨのおにぎりを一つとってやる。

「そうか。お父さんはツナマヨそんなに好きじゃないんだよね。鮭にしようかな」

「なんで好きじゃないの?」

「しっとりしてるから? でもそんなこと言い出すと大抵の具はしっとりしてる気がするなあ」

「してないよ。好き嫌いはよくないってお父さんよく言ってるじゃん」

「うむ」 

 せっかくだからということでツナマヨを三個買う。全部ツナマヨじゃなくてもいい気がしたけれども息子の勧めだしということで食べてみる。お父さんも頑張っているというところを見せてやろう。

 ハイキングコースを登り始めると、たまに向こうから来る人とすれ違うので「山では会った人にはこんにちはと言うんだよ」とツトムに教えてあげると、息子はわたしにはそんなに愛想よくないんだけれども通りがかる人には元気よく「こんにちは!」と言ってくれるので出来た息子だ。

 挨拶すると向こうから来る人もたいてい「こんにちは!」と返事をしてくれる、そのミニマルなコミュニケーションがちょっとうれしい。

 そういえば、この子が本当に小さい頃(ベビーカーから出てきたばかりぐらいの頃)に散歩をしていると、色んな人に自分から「こんにちは!」と挨拶をしてくれていたなというのを思い出す。なりは大きくなったけどあの頃とおんなじなんだな。 

 頂上というか見晴らしのいいところでお昼にする。ツナマヨのおにぎりを食べ、やっぱりなんか苦手だなあと思っていると、

「おいしいでしょツナマヨ」と息子が心配そうな顔で聞いてくる。勧めたものが気に入られなかったらいやだろうな、と思ったので勢いよく食べて「うん、結構おいしいね。こういうところで食べるからかな」と言うと少しうれしそうな顔をする。 

昔よりはそんなに満面の笑みみたいにならないのは、やっぱり男の子だからなのかなと思うけれども、でも、息子が笑ってるのを見るのは救われる。

 丘を降りてもぜんぜん日が高かった。

 息子が「もうちょっと歩きたい」と言い出したのでもう少し歩くことにする。お父さんの足はもう結構痛くなってきたのだけれども、きみが元気でいるところを見させてくれるのはいまぐらいしかないだろうな、と思って、もうちょっとばかりがんばることにするよ。