小説 魔王と牛丼

 世界征服に失敗した魔王が落ちこんでいるので慰めにいくと、

「もうだめです。魔王は(※一人称)なにも成しとげることができなかったので死にます。亡骸は東京湾に散骨してください。あと死ぬ前に牛丼が食べたいので奢ってください」と言ってくる。

「魔王が死んだら悲しいよ! 死なないで」と言うけれども牛丼を食べたそうにしていたので、なんとか元気を出してほしいと奢ってあげることに。

 道を歩きながら、

「結局さあ、世界征服ってどのくらいできたの?」と尋ねると、

「あと一歩だったんですけど、あと一歩手前だったんだけど勇者的な人に邪魔され……わたしが寝てるときに魔王城を爆破され……」

「勇者って爆弾使っていいイメージなかったけど、いいんだね」

「いいわけないじゃないですか! ずるですよずる! もう!」

「でもあと一歩だったんだったらすごいじゃない。もう一回チャレンジしてみたら?」 

「先輩、だめです。簡単に考えてはだめです。世界征服ってものすごいエネルギーがいるので、世界征服に取り組んだ日はもう家に帰ってもなんにもする気力がわかなくて服着たまま寝ちゃうぐらいので、もう余生は珍しい植物を増やす人になって過ごします」

「そ、そうなんだ……増えるといいね」

「でもそれもだめかも。魔王はもうなんにも成し遂げることができないのです。あっ。胃酸があがってきた。慰めてください」

「よしよし」

「心の底から慰めてください」

「おりゃおりゃ」

 魔王の頭をざっくばらんに撫でてやっていると学生の頃を思い出してくる。

「将来は魔王になって世界を征服したいんです。これまじで言うのって恥ずかしいですね」と本当に恥ずかしそうにわたしに夢を教えてくれた一個下の魔王の姿を。

 あの頃は魔王も夢に溢れててかわいかったな。いまではすっかりやさぐれてしまって。

「ねえ、魔王」 

「なんです。魔王はおろし牛丼を食べますよ。大根おろしと牛丼って合うんですかね?」

「学生の頃のあんたは輝いていたのにねえ」

「まるでいま輝いていないみたいに言うのはやめてください。いや、輝いていないか。輝いていませんね。ダンゴムシみたいなもんです。魔王はダンゴムシです」

「そこまで卑下しなくてもいいよ……ごめん……」

「そう思ったら慰めてください」

「ようしようし」 

 牛丼屋に着いて牛丼を食べる。わたしは並盛を、魔王は大盛りを三杯食べようとする。

「三杯食べてもいいですか?」

「いいけど。そんなに食べるの? お腹大丈夫? 魔王そんなにお腹丈夫じゃなかったでしょ。部活帰りにアイス食べてピーしちゃってたでしょ」

「魔王になってからお腹も鍛えたんですよ。代謝が良くなったので三杯ぐらいはぺろりです」

 それで三杯牛丼を食べる魔王。もりもり食べて元気が出てきたかなと思ったので、

「じゃあさ、魔王、今日はこのあとハローワークとかに行かない?」と水を向けると、

「えっ。しゅ。えっ?」

 と動揺する魔王。本当に動揺しているのでなんだかわたしのほうも動揺してしまって、

「えっと、いや、ほら、なにはなくともまずは手に職をと思って……」

「しゅっ、就職するぐらいだったら、魔王はもう一回世界征服しますよ!?」

 したらいいじゃないと思ったけれども、

「でもねー、あの……大変いいづらいんだけど、魔王のおかーさんからもわたしのところにラインがきててさ、『魔王がなんとか就職してくれるように説得してほしい』って。畑で取れたエシャロットもらっちゃって」

「食べたのですか?」

「美味しかったよ。おかーさんに言っておいて」

「ええい。魔王をエシャロットで売らないでください。あと魔王にはお母さんはいないという設定なんですから。そういうことは言わないでください……」

「もしかして実家暮らししてるってのもだめ?」

「いないでしょ! 実家暮らしの魔王って」

「たしかにいないかもねえ……」

 それで牛丼をもりもり食べる魔王。引きこもってるよりは世界征服に励んでいてくれたほうがいいかな、とも思ったので、もうそれ以上はなにも言わないことにしょう。魔王のおかーさんにはごめん。

 牛丼屋を出た。桜も散って過ごしやすい陽気で一年で一番好きな時期かもしれない。新緑の深い匂いがする。

「……でもまあ、先輩がそこまで言うんだったらバイトはすることにしますね」とそっぽを向きながら魔王。

「おかーさん――存在しないことになっていますが――に心配をかけるのもよくないですからね」

「えらーい。超えらいよ」

「もっと褒めてください」

「えらいえらい」

 それで「バイト雑誌置いてないかな」と駅前のスーパーに行って、案の定ラックに置いてあった冊子をもらって二人で見ることに。お餅を焼くバイトがあったのでそれにしようかと二人で言い合う。

「お餅を焼くバイトだったら魔王でもできますかね」

「できるできる。がんばれ!」

「がんばります」と魔王。うむ。