小説 危うい友達(草稿)
両親が亡くなったせいか最近ちょっと危ういな、と思っている友達をご飯に誘うと、
「もう生きてる理由とかあんまりなくなっちゃったんだよね~この世」と言うので、「こりゃ危うい!」ということで「まあまあキビナゴを食べなさい。酢味噌で」とキビナゴを食べさせる。
「親死ぬと、別にもう生きてなくてもいいな~っていう気がしてこない? 独り身だし」
「うっ。すごく直接的には答えづらい質問なので、なんというか、ごまかしてもいい?」
「いいよ」
「助かるわ~。じゃ唐揚げも食べなさい。マヨネーズで。唐揚げって『死』から一番遠い食い物って気がする。唐揚げ食ってるときは死なないんじゃないかな」
マヨネーズをたっぷり掛けて唐揚げを食べる。じつにうまい。油と塩気が舌の上で透明な膜のようにすーっと染み通っていくのだ。
「うまいね」と友達。唐揚げの力で死から遠ざかっただろうかな、と思っていると、
「それはそれとしてまた聞いてもいい? 生きてなくてもいいと思う?」
「うっ。そこに戻ってきちゃうのですか」
油断も隙もない。死ぬ隙もないくらい食べ物をたくさん頼んでおけばいいんじゃないかと思ってもやしを注文。
「もやしも食べな。もやしには栄養があるよ」
「もやしかー。もやしって最近食べてないな」
「でしょ? 食べてない食べ物を食べることはすなわち生きることだよ」
「そうかなあ」
「もやしって水を入れたタッパに保管しておくのが一番いいって知ってた? でもめんどうだよね。おれはそんな保管の仕方は一度もしたことないよ。でもそれが生きるってことなんだよ」
「うーん? 無理やりつなげてない?」
「おれのがんばりは認めてほしいな……」
友達は見た感じ、ひどく落ちこんでいるというような雰囲気でもない。またメンタルの病でリアクションが乏しいというような雰囲気でもない。ただただ、人間ってこんなにのっぺりできるんだなあ、お尻で踏んづけちゃったメガネみたいだなあ、というような平坦な感情が伝わってくるばかりなのだ。
それでもなんとかしてほしいと思った。彼はおれの数少ない友達なので死んだりしては嫌だし、この世からおれの知っている人が一人も死んでほしくはないなと思ったので、
「率直に言ってもいい?」
「どのくらい率直かにもよるけど、いいよ、きっときみは考えなしの発言なんかしないだろ」
「率直に言って、死なれると悲しいので、生きててほしいな」
「うん」
友達はもやし炒めを一口分箸でつまんで食べた。そのもやしの、油ぎった白い光が一瞬、おれの目を打った。本当に打った。もやしってそんなに光るんだ。
「生きているかどうかというのは、正直なところ、なんとも言えないよ」
言えないか~、言えてほしいぜ~、と思ったので、
「言えてほしいぜ」と震えながら言った。
友達は肩を落としたようになって、
「ありがとう。キビナゴうまいね」と言った。キビナゴのうまさはどうでもいい。いやよくないか。よくないよきっと。
「とにかく次会うときまで生きていてほしいよ、どうしたらいいかわかんないけども」
「まあ次ぐらいだったらたぶん大丈夫でしょ」
それを聞いて安堵と不安を覚える。
「じゃ、いまのうちに予定も立てとこう。うーん、一ヶ月後」
「うん」
「本当だぜ」
「うん」