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世界文学のアーキテクチャ

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グローバルに流通する文学作品の研究において、「世界文学」の概念が用いられるようになりました。もともとは産業革命期の19世紀に誕生したこのワードを手がかりに「小説」と「資本主義」の… もっと読む
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2023年12月の記事一覧

第八章 超‐感覚的なものの浮上――モダニズムの核心(後編)|福嶋亮大

福嶋亮大 世界文学のアーキテクチャ 6、感覚の雪崩――ヴァージニア・ウルフの『灯台へ』  ヴァージニア・ウルフの一九一九年のマニフェスト的な評論「現代小説」には、その重要な手がかりが記されている。  何でもない日常の心を仔細に観察すると、そこには無数の原子化した印象が離合集散するさまが浮かんでくる――こう述べるウルフは自らの小説においても、五感に根ざしたリアリズムのプログラムを、その臨界点に推し進めた。彼女の狙いは、不定形のまま揺らめき続ける無数の印象の戯れを、「カメラ(

第八章 超‐感覚的なものの浮上――モダニズムの核心(前編)|福嶋亮大

福嶋亮大 世界文学のアーキテクチャ 1、五感に根ざしたリアリズム  小説の台頭は、それ自体が世界認識のパラダイムの変化と結びついている。私はここまで、それを初期グローバリゼーションと植民地の拡大という政治的な観点から説明してきたが、そこに心理的な次元での変革が関わっていたことも見逃せない。例えば、英文学者のイアン・ワットは名高い研究書『小説の勃興』のなかで、デカルトやジョン・ロックの哲学と、それに続くデフォーやリチャードソン、フィールディングら一八世紀イギリス小説のリアリズ