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なぜ「かぐや姫の物語」は、制作費52億もかかったのか?

今回は、故・高畑勲氏について書いてみたいと思う。
正直言っちゃうと、個人的に高畑作品は少し苦手である。
たとえば、彼の代表作とされる「火垂るの墓」。
あれが名作なのは当然認めるけど、何度も見たくないよね。
見てて辛くなるから。
それは幼い妹が死んじゃう部分もそうなんだけど、それ以上に主人公の兄が最後まで矮小な人間として描かれてるのが見てて正直キツイのよ。
この物語って、「本来なら死なずに済んだはずの兄妹が選択の誤りによって死んだ」という、もはや戦争云々をヌキにして残酷な話である。
ホント、高畑さんは我々が最も見たくない、イヤなものを見せてくるよね。
じゃ、我々は自分が見たくないものは無視し、自分の見たいものだけを見て生きていけばいいのか?
それって、まさに「ゆとり」の考え方じゃん。
そんな人は、間違いなく視野が狭い。
だから我々は、たとえ見たくなくとも「火垂るの墓」みたいなのを見るべきなのよ。
だけど重いから、何度も見ることだけは勘弁してください・・(涙)。

私の中で、高畑作品は「エンタメ度が低い」、ぶっちゃけ面白くないというイメージが昔から何となくある。
たとえば晩年の作品「かぐや姫の物語」、皆さんはあれ面白いと思った?
私はクオリティ高いと思ったけど、面白いとはあまり思えなかった。
ミカドのアゴは面白かったが。
だけどさ、あれって実はめっちゃ手間のかかった作画なのよ。
なんと作品に費やした作画枚数が24万枚という、ジブリ史上の最高記録を更新したというんだから。
ちなみにジブリ史上2位は「ホーホケキョ!となりの山田くん」の17万枚で、これまた高畑作品である。

【かぐや姫の物語】
制作費52億円
興行収入25億円⇒27億円の赤字

「かぐや姫の物語」

【ホーホケキョ!となりの山田くん】
制作費20億円
興行収入8億円⇒12億円の赤字

「ホーホケキョ!となりの山田くん」

こういう画風は3種類の画を重ねてひとつの画にするらしく、通常のよりも3倍の手間がかかるんだそうだ。
いくら何でも、おカネと手間をかけすぎである。
ジブリでは昔から
宮崎駿が儲け、それを高畑勲が食い潰す
という不条理な伝統があったっぽいけど。
事実、「風の谷のナウシカ」がヒットした際、宮崎駿がプロデューサーをやってくれた高畑勲への感謝として
ナウシカで得た資金で、次は高畑さんのやりたい映画を作りましょう!
とか調子のいいこと言ったもんだから、高畑さんは遠慮せずワケの分からん実写映画を撮り始めたのね。

その時の実写映画

何でアニメじゃなく実写だったのかは意味分からんが、しばらくして
おカネ全部使っちゃった。しかも映画、まだ完成してない。てへぺろ
と高畑さんが言ってきたもんだから、宮崎さんは泣く泣く自宅を抵当に入れて資金を捻出した、という伝説のエピソードがある。
普通、ここまでのことになったら2人の仲は絶対に決裂するよね?
ところが宮崎さん、高畑さんに対してはなぜかキレないのよ。
これの少し前に、高畑さんは「ナウシカ」を「30点」と酷評している。
それに対しても、宮崎さんは耐えてるんだ。
彼は、そんなにも温厚な人なの?
いやいや、むしろめっちゃキレる人だし、本質はめっちゃ恐い人ですよ。
よっぽど、宮崎さんにとって高畑さんは「特別」なんだろう。
憧れの存在なのかもしれないね。

じゃ、高畑さんの方は一体誰に憧れてるのかというと、これがフレデリックバックというカナダのアニメ作家らしい。
じゃ、そのフレデリックバックの作品をひとつ見てもらおうか。

これは「Crac!」という米アカデミー賞短編アニメ部門受賞作品である。
高畑さんはこのアニメに大きな衝撃を受けたらしく、その画風をオマージュしてみたのが「となりの山田くん」であり、「かぐや姫」なわけよ。
短編アニメの手法を2時間前後のアニメで応用しちゃえば、そりゃ制作費もかさむわな。
まぁとにかく、高畑さんはちょっとメンドくさい人だわ。

劇場版「じゃりン子チエ」(1981年)

さて、今回私がお薦めしたいのは、昔懐かしい「じゃりン子チエ」である。
これ、面白みに欠ける作品を作りがちな高畑さんにしては、ちゃんと面白い作品になっている。
私も子供の頃に見てたけど、当時はこれが高畑作品とは知らなかったなぁ。
テレビシリーズは全65話とかなり長いので、まずはお手軽に劇場版の方をどうぞ。
そこで気に入れば、全65話を見ればいい。
これは最初に劇場版が作られて、評判よかったからテレビシリーズになったという流れなので、物語のあらすじとしては両方同じことをやってるんだ。
ただ、劇場版は西川きよし、横山やすし、島田紳助など吉本芸人が声優をやっていて、やっぱシロウトゆえ、みんな役作りとかできてない。
だから、ほぼ地声でやってるのは致し方ないとしても、島田紳助なんて地声のまま小学生を演じてるから違和感がハンパない(笑)。
案の定、テレビ版では降ろされてた・・。
その点、主演の西川のりおは上手いとか下手とか超越して(ぶっちゃけ下手なんだが)、テツ役にはぴったりハマってたと思う。
正直、芸人としての西川のりおは今まで一度も面白いと感じたことなどないんだが、むしろ彼はテツ役をやる為に芸人になった人だ、というふうに私は解釈してるよ。

通天閣の近くを歩くチエちゃん

そして、このアニメの何が一番いいかって、まだ「聖地」の概念がなかった1981年に、ちゃんと「聖地系アニメ」として成立してること。
この当時のアニメはどれもテキトーな架空の町しか描いてなかった中で、「じゃりン子チエ」は違った。
設定の「西萩」は一応架空とされてるけど、あれって大阪に実在する西成区萩之茶屋だからね。
時代設定も、作中でチエちゃんが見てた映画から1967~1968年と特定できるし、あらゆる設定をしっかり作り込んである。
さすが、設定の鬼・高畑勲。
でね、今になってこれを改めて見ると、子供の頃には理解できなかった心の機微が妙に理解できるもんで、なんか凄く面白いんだわ。
こういう画を見てよ↓↓

いつも元気なチエちゃんだけど、高畑さんは上の画のような表情を挿入してくるんだよなぁ。
こういうところ、これは子供向けでなくオトナ向けのアニメなんだと今さらながら気付いた。
そのくせ劇場版のクライマックスは、まさかの猫同士の喧嘩・・(笑)。
いやいや、実はこれって、ひとつの高畑イズムなのよ。

・パンダコパンダ(1972年)
・じゃりン子チエ(1981年)
・セロ弾きのゴーシュ(1982年)
・平成狸合戦ぽんぽこ(1994年)

上記作品は全て、「動物が二足歩行して言葉を話す」という設定なんだ。
でもって、この4作品はいずれも高畑作品なのに、例外的に面白い!
特に「じゃりン子チエ」は、後の「平成狸合戦ぽんぽこ」の原型になってるような気がする。
というのも、「平成狸合戦」でクローズアップされることになる金玉は、「じゃりン子チエ」で既に重要なアイテムとして設定されていたんだ。

宿敵アントニオの金玉を1個奪った小鉄
父の金玉の仇をとる為、劇中ラスト、息子のアントニオJr.が小鉄に決闘を挑む

そう、「じゃりン子チエ」のプロットは、金玉に始まり、金玉に終わる。
この金玉をめぐる因縁の対決が、劇中最大のクライマックスに設定されてるのよ。
一体、なんちゅー話やねん・・。
でもって、高畑さんのこの金玉へのこだわりの集大成が「平成狸合戦」である。
この作品の金玉は、便利アイテムとしてアクロバットに大活躍してたよね。

巨大化する金玉
パラシュート機能のある金玉(の皮)

そういや、この「平成狸合戦」の試写会で宮崎駿が号泣してたらしいよ。
この映画、そこまで泣ける要素あったっけ?
正直、分からん。
多分、真にアニメを理解できる人には泣ける映画だったんだと思う。
別に「金玉スゴすぎ!」と泣いたわけじゃないさ。

「ホーホケキョ!となりの山田くん」

あともうひとつ皆さんに見てもらいたいのは、やはり「となりの山田くん」かな。
前述のフレデリックバックに影響を受けたという、独特の淡い色調はやはり美しいし、画だけでも一見の価値ありである。
矢野顕子の音楽もいい。
そして、何よりいいのが構成なんだ。
4コマ漫画を100分の映画にしてるので、イメージとして「サザエさん」が100分続くと思ってくれればいい。
あるいは、京アニの「日常」にも近いかな?
これが100分も続くとなるとさすがに冗長なんだが、それでもそれなりに起承転結のグラデーションがあるんだよね。
結婚式のスピーチで始まり、結婚式のスピーチで締める流れとか。
物語の緩急のつけ方含めて、なんかうまいな~、と思うよ。

彼は、宮崎さんみたいな作画畑の人じゃなく、デビューの時から演出畑の人である。
だからなのか、プロットの作り方、設定の作り方など、それこそ宮崎駿以上にしっかりしてるわけよ。
とことんまで考え抜いた上で作る人だから、その理論武装はほぼ完璧なんだそうだ。
いや、そこまでしっかりしてるからこそ、逆に物語は面白くなりにくい、というのもあるんじゃない?
たとえ設定が破綻してても面白いアニメって実際あるわけで、でも高畑さんは絶対そういう作品を認めない。
だから、宮崎作品にですら平気で「30点」とか酷いこと言っちゃうわけで。
・・うん、こういうところだよね。
高畑作品が、逆に「面白くない」とされる部分って。
きっと彼の考え方は、「面白さより優先することがある」といったところだろう。
ココロザシ高いよなぁ。
だから皆さん、高畑作品はテキトーに見るんじゃなく、ちゃんと正座して、ちゃんと正装して見るのが最低限のマナーですよ?

あと「セロ弾きのゴーシュ」は、間違いなく彼の最高傑作のひとつですね


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