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令和源氏物語 宇治の恋華 第七章「恋車」解説・後編

みなさん、こんにちは。
本日も第七章「恋車」を解説させていただきます。


創作部分

この章では原作にないとんでもない創作が盛り込まれております。
それは薫の出生の秘密を弁の御許が大君に話すという暴挙です。
大君は薫とは結婚するまい、妹と娶せたいというこれまたとんでもない考えを持っているわけですね。
「わたくしと中君は身はふたつだけれども心はひとつなの。だから薫さまに中君を娶っていただきたい」
というのが、老い女房の弁の御許を通じて薫へ訴えた言葉ですが、普通に考えれば何を言っているのか皆目見当もつきません。
そこで弁の御許は慕う人に愛される幸せを己の半生を語ることで示そうと考えましたが、大君はそれも理解できないのです。
そして薫は中君を娶ることを承諾しました。
実際は中君には匂宮が通うという謀略?大君への意趣返し?なのですが、その返事をもらって上機嫌な大君を見かねて弁の御許が口をはさむという場面ですね。

「大君さまはさぞかしご満足でしょう。思った通りになったのですから」
そう皮肉のひとつも言いたくなるものです。
「わたくしは中君がこれで幸せになれると確信しているのですもの。それは嬉しいに決まっているではないの」
「それでは薫さまのお幸せはどうなるのでしょう?」
薫君の幸せ、それはこれまで大君の念頭には浮かばなかったことです。
「わたくしは薫さまがお労しくてなりませんわ。意に添わぬ結婚を受けられるのですから。あれほど愛を重んじていらした方が御心を曲げられるのはよほどのことでございます。大君さまは薫さまの御心を踏みにじられたのですよ」
「薫さまだってきっと中君を娶られれば幸せになると思われたからこそ決断なさったのだわ。あなたはちょっと出過ぎていてよ。あなたこそ薫君の何を知っているというのでしょう」
 
世間も知らぬ姫が賢しらぶって、と弁の御許は不快でなりません。
弁は揺れていました。
薫君の苦悩を真の姿を知らぬこの大君にそれを告げてやりたいとさえ思うのですが、それは未来永劫の秘事に関わることなればおいそれとは漏らせぬものなのです。
かといってこのまま薫君が簡単に心を変えたと思われるのも承服できません。
中君を娶られればこの大君も身内になることでもあり、このような宇治の山里から都へ吹く風もなかろうと御許は心を決めました。
「そういえば大君さまは以前わたくしと薫君とのご縁を知りたがっていらっしゃいましたね。今でもお知りになりたいですか?」
「ええ、中君の背となる御方のことですもの。聞きたいわ」
「まずはこのことけして世に漏らしてはなりませぬ。それを心に留めてわたくしのお話を聞いてくださいませ」
そうして御許は薫君の出生の秘密、君の抱える苦悩のすべてを語りました。

薫の出生に関しては一昔前と言えど秘されればならない事ですね。
ですが、大君があまりにも薫を踏みつけてのうのうとしているので、思わず創作してしまった部分でした。
この部分を書いている時の私の視点は弁の御許です。
大君は人を想い遣る心が欠如しているように思われます。そして世間知らずで無知であり、薫に甘え倒しているところがちょっと嫌です。

男達の謀

と、いいましても、匂宮は薫が中君を娶ると承諾したことなどは知らされておりません。恋の成就のために忍んでゆく手引きをしてくれるのだ、という程度の認識です。
薫は企みを弁の御許にも話さずにこれを決行します。
ここで一番巻き込まれて不幸なのはまさに中君その人でしょう。
薫に対してほのかな恋心を抱いていた中君はまさかの匂宮を夫としてしまうのですから。
匂宮は浮薄で恋心の多い殿方です。あまり深く物を考えないので、平気で親友の薫の妻である浮舟を奪うこともできるのでしょう。
(先日掲載したところですね)
平安女性というのは本当に思うままに生きるのは難しかったと痛感させられます。
脱線してしまいましたが、薫は律義者ですので、友人の想い人を横取りすることなどできませんでした。それは弁の御許からも薫が簡単に心を変える人ではない、と聞いておりましたが、まさかこのようなことになるとは、と大君は打ちのめされます。うまく立ち回ったつもりで、結局殿方を侮ったせいで中君を傷つけてしまったわけですね。
私は薫が大君に謀ったことを謝罪した場面をせつなく描こうと思いました。
本当は想いあっているのに傷つけ合うとは、これほどせつないことはないと感じたからです。
その創作場面がこちらです・・・。

「私の顔など見たくもないでしょう。去ぬる覚悟はできております」
薫はふわりと座を立ち、踵を返しました。
その潔さにもう二度と振り返らぬという意志さえ感じられるのです。
大君は自ら禁を破ったように障子を大きく開きました。
「薫さま、どうして・・・」
行ってしまうのですか、という言葉はかろうじて呑み込みました。
差し込む月明かりに大君の涙がきらきらと光ります。
薫はたまらずに膝をついて許しを乞いました。
「私は人を愛してはならなかったのです。身の程知らずなことでした」
その時に大君は薫が心を固く閉ざしたのを知ったのです。
そしてそうさせたのは自身であることも。
「匂宮はあなたが考えられるよりもずっと純粋で善良な御方です。中君さまを見捨てられることはけしてありますまい。私もこの縁を結んだ責を担い、命ある限り中君さまを見守る所存でございます。」
大君はその言葉を苦しく聞きました。
あなたを愛しています、という言葉を素直に伝えられればどれほど救われることでしょうか。
しかしこの姫にはその一言も言いだすことはできないのです。
「人を愛してはならぬ人など、おりましょうか」
ようやくしぼりだしたその言葉に薫はまた捨て去ろうとした恋心が疼くのを覚えました。
「あなたはお優しい。そして残酷な御方だ」
薫の顔は苦しみで歪み、笑いながら泣いているようでした。

見事にすれ違ってしまいましたね。
こういう描写はとても難しいところです。大君が発した言葉は思うように受け取られず、薫はさらに傷つくのです。
どなたも経験がおありだと思いますが、自分が思ったように伝わらなかったということはよくあることです。それだけに人は言葉を重ねて理解を深めようと努力するものですが、おそらく自分が思い描いたニュアンスで伝わることはほぼ無いでしょう。
そうした心の齟齬を描こうと試みたのがまさにこの場面でした。
「恋車」というタイトルは動き出した恋心と中君と匂宮の宿縁、恋心ゆえにすれ違う薫と大君を描くのにつけた章名でした。

『令和源氏物語 宇治の恋華 第百五十一話』は明日5月17日(金)に掲載させていただきます。

コングラボードをいただきました。
ありがとうございます✨

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