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夢なんて見ない

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1000文字程度の短い掌編ばかり書いてます。即興小説やその他の作品のリライト用マガジンです。
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記事一覧

わたしスケッチ

 汚い空、汚い街、そして汚い部屋。いつもママはいないし、帰ってきても遊んでくれたことはない。私は学校から帰ってくると宿題を済ませてからテレビを見たり、ママや知らない男の人が持ってくる漫画を読んだりしていた。ママや男の人の前で宿題をやると「将来勉強して偉くなってどうするつもりだ」と冷やかされるのでなるべくみつからないように済ませていた。

 そのうち私は絵を描くことを覚えた。最初は漫画の真似だったり

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メリークリカエシマス

 12月24日。

「クリスマスなんて来なければいいのに」

 バイトからの帰り道、歩道の空き缶を思い切り蹴っ飛ばした。空き缶は野良猫にぶつかり、鈍い鳴き声を上げて走り去っていった。
 
 大体、どいつもこいつも面白くない。
 何が「華やぐ街」だ。
 何が「ホワイトクリスマス」だ。
 クリスマスなんて、サカるのを見せつける口実じゃないか。

 一生懸命働いても、今日も店長に叱られるし慰めてくれる彼

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被支配欲

 ただ生きているだけでよかった。生きてさえいれば、特に何もいらなかった。

 だから巣の手入れを怠ることはなかったし、餌になる虫を捕まえることにも何の疑問を抱かなかった。欲しいものもないし、夢も希望もない。強いて言うならば、天敵に見つからなければそれでいい。同じ大半の生き物もそうやって生きていると思っていた。

 大抵の餌は捕食する前に命乞いをしてきた。巣を揺らし、もがき、「助けてくれ」と懇願した

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誰にもなれなかった夜

「何だってこんなにも月が明るいんだ。畜生が」

 刺すように冷たい光を投げかけている月から逃げるように、男は裏通りへと続く道へ入っていった。年に一度だけと浮かれている町並みも、それに混じることのできない自分も何もかもが面白くない。
 後ろめたい気持ちがないといえば嘘になるが、それ以上に全てをめちゃめちゃにしたくて仕方がない。



ガラ ガラ ガラガラ。



いつのまにか男の手には錆が浮いて

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役立たずの影

 遠い昔には名前で呼ばれていた時期もあったのかもしれない。
 しかし、今は誰も名前で呼ばない。家に帰れば「この出来損ないの穀潰し」と叩かれるし、学校に行けば「役立たずのどてかぼちゃ」と囃される。
 何をやっても叱られるか、笑われるだけだった。だからと言って何もしないでいると、叩かれて家から追い出される。

――ねぇ君、毎日が嫌にならない?
「そりゃ、嫌だよ。痛いし怖いし」
――痛いのは嫌? 怖いの

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首なし地蔵とあんころもち

 ある村の風習で、稲の収穫が終わった後の祭りが終わった後には必ず村のはずれの六地蔵の前にあんころもちを供えるというものがある。そのお地蔵様も変わったもので、すべて最初から首がない。その地蔵には、こんな言い伝えがあるという。

 昔むかし、村のはずれにカタワの男とめくらの女が住んでいました。村の者は哀れがって何かと村の中で暮らしていけるよう世話をしていました。男と女は一人の娘をもうけていましたが、娘

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一日限りの本音

 泣いてもいいんだよ、と通夜の時に後にハンカチを差し出してくれたアイツを未だに許せない。不慮の事故で突然父も母も妹も全員死んでしまったというのに、「泣け」というのは一体どういうことなんだろうとその時は思った。本当に悲しいと涙なんて出るわけないのに、そいつはまるで他人事のようにそう言ったんだ。世界の中心で悲しみを叫んだってこの気持ちは誰にも伝わらない。

 葬式が終わると、それまでバタバタとやってき

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掌編小説「カーブミラーの先で」

 あの十字路を曲がれば、てっぺんにカーブミラーのある坂道に出る。坂道を登って曲がり角を曲がると、そこに家があるはずだった。夕焼けの中、何度も何度も十字路を曲がって、カーブミラーのある場所へ行こうとした。それでも、いつまで坂を登っても家につかない。疲れて空を見上げるといつの間にか夕焼けは消えて、一番星がきれいに見える。周りの家からは夕食を作る匂いと電灯の暖かな光が漏れてくる。世界中で自分だけがぬくも

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過去と未来の狭間

 僕の家には誰もいない。食事はいつのまにか出来上がっている。生活で困ったことは何一つない。あれがしたいと思えばいつの間にかアレがあるし、これがしたいと思えばコレの準備ができていた。

 僕の家の前には黄色い壁がある。この壁の向こうには行けない。僕は壁にボールをぶつけて跳ね返ってくるボールをキャッチする遊びをして過ごしている。

 僕の時間はいつから始まっているのかわからない。僕は青い部屋で生まれた

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掌編小説「誰かのミカタ」

「そんなの全部インチキじゃないですか!」
「いや、君が何を言っているかわからないよ」
 何を言ってもはぐらかしばかりで、先ほどからこの調子で30分は経っている。このボクに間違いがあるはずがない。
「これは明らかに詐欺行為じゃないですか!」
「それでも、こちらとしては了承をもらって、双方合意の上成り立っていることだから、ね」
 話を聞けば聞くほどおかしな話だ。メグミが悪いわけないじゃないか。アイツら

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夜の傍観者

 陳腐な音の洪水。腹に響くばかりでちっとも心に響かない。胸がつまりそうで、鼻で息ができない。照明は赤や青にチカチカするだけで手元は薄暗くて目が悪くなりそうだし、アルコールや煙草の混じった吐息やキツイ香水の匂いなど、五感全てが頭が悪くなりそうなものばかり。そうだ、ここにいる連中はきっとバカばっかりだから、仕方がないんだ。頭のいい僕にこの空間はふさわしくない。隅っこで膝を抱えて、この時間が過ぎるのを待

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掌編小説「さかなつり」

「魚釣りに行こうよ」
 うたた寝をしていたら、少年が二人バケツを持ってやってきた。
「でも私たち、竿を持っていないわ」
「竿を探すところからが魚釣りだよ」
 私は少年二人に手を引かれて、淡い緑色の地面を歩き始めた。この二人とはとても仲が良かった気がするが、名前が出てこない。
「でも私、仕事があるから家に帰らないと」
「仕事はオトナがするものだよ。君は女の子じゃないか」
 本当の私は40手前の冴えな

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ホタルコイ

蛍は暗闇でないと生きられない。
きれいな街の灯の中では、十分に輝くことができずに相手を見つけることができないからだ。
そして蛍は、ひとりぼっちだとすぐに死んでしまう。
僕は出来ることなら蛍になりたい。蛍になって、甘い水だけを飲んで独りで死んでいきたい。

例えるならば、彼女は蛍のような人だった。
さわやかな真夏の果実が似合うような人で、暗闇も明るく照らしてくれた。
そしてどこへ行くにしても張り切っ

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夏と向日葵と家族旅行

 埃っぽい部屋は息が詰まる。何年この部屋にとどまり続けたのだろうか。
「行き先なんて決まっていないんでしょ」
 優しい顔の母が僕にささやいてくる。
「僕はこの部屋から出たいだけだ」
 母の好きな向日葵とスーツケースを持って、僕は母と一緒に部屋を出て行った。

 母は僕の本当の母ではなかった。本当の母はもうずっと昔に亡くなっている。仕事が忙しい父は僕にあまり構わずに、お金目当てで婚活してきた女性をう

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