最近の記事

緊急事態48日目

主にスーパーに行ったタイミングで日記を書いていたのだが、非常勤の授業が始まったのと原稿がやばいのとで、ここ2週間くらいは外食、COMP、コンビニご飯で過ごしている。アンチていねいな暮らしになると日記も書けない。 授業はZoomで動画を流しにくいのがちょっと困っている。従来はブラウザの画面を映してYouTubeの実況動画とかを流していたのだが、Zoomを通すとカクつきがけっこうひどいらしい(ローカルの動画ファイルを流すのは、ある程度耐えられそうだったが)。授業中にリアルタイム

    • 緊急事態34日目

      週末にネットから遠ざかっているあいだに、Twitterが政治的な方向で沸いていた。どうせなら2月に盛り上がったほうが意味があったと思うが、ともかく政治に対する怒りをカジュアルに表明・共有するパターンが確立するのはいいことだ。 バルトの『エクリチュールの零度』は「エベールはくそとかこんちくしょうといった言葉で書き始めなかったことはない」みたいな文から始まる。最初に読んだときからこの文が強く印象に残っていて、ふとしたときに思い出す。くそ💩というのは世界に対するデフォルトの感想だ

      • 緊急事態29日目

        緊急事態宣言から1か月近く経った。区の防災放送が区長からのメッセージみたいなのを流し始めて、非日常感をますます押し出そうとしているが、谷中の人出はあいかわらず。連休中は晴れていたのもあって霊園はとくににぎわっていた。人が多いのは前から苦手だが、不快さが増している。 *** 週末に用事があって、ひさしぶりに電車に乗った。2か月ぶりくらい。窓が開けられてるのを知らなかった。地元は113系が走っていたので電車の窓が開いているのは普通だったが、都内で見るのははじめてかもしれない。

        • 緊急事態17日目

          最近の政治は悲劇を超えた喜劇になっていて、何も言う気が起きない。ここ数年ずっと苦々しい気持ちで、いまさら言うまでもないというのもあるが。 いずれにしろこの事態は、大きく見れば、責任者が責任をとらない(あるいはそもそも責任者が明確でない)ことがこの国の社会のあらゆるレベルで常態化していることの帰結なんだろうと思っている。個々の組織や個人のようなミクロな要素に構造的な問題の原因を押しつけたくはないのだが、実際そういうところに根本的な問題があるとしか思えない(しっかりした責任者が

        緊急事態48日目

          緊急事態9日目

          あいかわらずのどの痛みが治らず医者へ。新しい漢方薬をもらう。さらに続くようならファイバー検査するらしい。そこそこ痛くてそこそこの憂鬱が続いている。 外の様子はとくに前回と変わらず。区の防災行政無線放送が、外出はできるだけ避けてください、区民ひとりひとりの心がけが云々、と戦時下のようなことを言っているが、普通にそのへんを人や猫が歩いている。生活というのは、多少のことでは変わらない強度のある営みなんだろうと思う。 *** 先月から韓国のインディーポップみたいのしか聴いていな

          緊急事態9日目

          緊急事態3日目

          夜中に目が覚めて所在ないのでこれを書いている。 原稿その他のなんやかやで、ここ数日は根を詰めて引きこもっていた。重めの案件が片づいた直後は、頭が無駄に沸いて落ち着かない。それで、夕方に自転車で町屋を通って(※)荒川の土手まで行った。 (※トークなどでたまに言及しているが、ここ数年日暮里から荒川区方面の土地に対して変なこだわりがある。美学の話な気がするので、そのうち何かで書こうかなと思っている。) ブロック肉を買ったときは1週間くらい引きこもろうと意気込んでいたのだが、ぜ

          緊急事態3日目

          緊急事態0日目

          311のときがまさにそうだったのだが、出来事の時系列やそのときにやったことは覚えていても、そのときの考えや気分などはあとから思い返せないことが多い。なので、ながとさんにならって、非常時の生活日記っぽいものを気が向いたときにつけてみようと思う(飽き防止と整った文章にするために公開で)。 コロナが問題になって以降、いままでのところは大きな気分の変化はないという自覚でいるのだが(政治や組織やその責任者に対する憤りはあるが、それは以前から抱いていたものの延長でしかない)、そのうち変

          緊急事態0日目

          M. Weitz「美学における理論の役割」

          モリス・ワイツ「美学における理論の役割」(Morris Weitz, "The Role of Theory in Aesthetics," 1956)を全訳したので売ります。 以下から閲覧・ダウンロードできます(PDFで360円です)。 ウィトゲンシュタインの家族的類似の考えを「芸術」概念に適用して、芸術の定義不可能性を主張した古典的論文です。分析美学の芸術定義論は、この論文から始まるといっても過言ではありません。たとえば、ジョージ・ディッキーによる有名な芸術の制度説は

          有料
          360

          M. Weitz「美学における理論の役割」