シン•幸福論⑧

○第七章 「パラダイム・シフト」で、あらゆる感情を幸福感に変える

この章では、幸福感を得るためのパラダイム・シフト(ものの見方・考え方の大きな転換)について見ていこう。パラダイム・シフトが重要となる最も大きな理由は、「全く同じシチュエーションにおいても、パラダイムが変われば、ストレスを生む脳内物質が幸福感を生む脳内物質に変わる」からである。直面した刺激と自分の反応の間にはスペースがあり、そこに選択の自由(無限の選択肢)がある。「今この瞬間」の選択によって、パラダイムは変えられるのだ。実際に、「ストレスを脅威と認識した時点で、身体への悪影響が劇的に増大し、創造性、生産性、その他の能力が著しく低下する」という研究結果もある。ストレスという現象自体を、どのようなパラダイムで捉えるかによって、天国の頂上と地獄の最下層ほどの差が生まれるのだ。


ストレスは一見すると諸悪の根源のように見える。しかし、ストレスというシステムは、実は「ヒトにとって必要であり意味がある」からこそ、ヒトという種の中で脈々と受け継がれている。ストレスを生む「ネガティビティ・バイアス(ネガティブな要素への注目)」は、ヒトという種の生存・発展に大きく寄与している。この「ネガティビティ・バイアス」について詳しくは、この章の【不安・恐怖に関するパラダイム・シフト】の項で述べているので、参照してほしい。


しかしながら、あらゆる全てのストレスがあなたにとって良いはずがない。文明の発展によって「ヒト」から「人」になるにつれ、種の根源的なストレスを完全に越えたレベルのストレスが誕生し、私たち現代人は常にその危険にさらされている。この章では、ストレスを幸福感へのステップに昇華させるパラダイム・シフトについて述べていくが、まず前提として念頭に置いてほしいことがある。


「過度のストレスは百害あって一利なし」ということだ。


過度のストレスは、幸福感をもたらす脳内物質の分泌を大きく減少させる。すると、パフォーマンスは大きく落ちることになるが、中でも判断力の欠落は大きな問題だ。なぜなら、極限のストレスによって、脳疲労が限界まで進み、「そのストレスへの注目が精一杯となり、普段ならすぐに思いつく対応すらできなくなる」からだ。例えば、「相談する」「病院に行く」「対処法を調べる」など、平時ならすぐに思いつくし、他人が思いつかないなら不自然に思うような方法すら、極限まで追い込まれた人は、全く思いつかないのだ。つまり、極限状態に追い込まれたら、その人の力だけではどうにもならないのである。驚くべきことに、それは、研究者や医療従事者などの「心の専門家」についても全く同様だ。


この章で述べることは、あくまで極限状態でないストレスについて適用することを意図したものだ。「過度のストレスは百害あって一利なし」を念頭に置き、冷静な判断ができるうちに、過度なストレスからは全力で逃げてほしい。冷静な判断ができるうちに、調べてほしい。相談してほしい。加えて言うなら、本文章で述べてきた知識を生かし、メソッドを実行してほしい。特に大切な人には、たくさん感謝をしてほしい。感謝されると、エンドルフィンが多く分泌される。そうすれば、その人が極限状態に陥る前に、判断力を発揮し、何かしらの対応ができる(「極限のストレスに苦しむ人を見るだけで、自分の脳の神経系に影響が及び、コルチゾールが26%も上昇する。」というデータも行動の原動力にしてほしい。)のだ。それは、「本文章を読んでみよう!」と思えているあなたにこそ実践してほしい。あなたの実践で、誰かが救われる可能性は大いにある。


前置きが長くなったが、いよいよ具体について見ていこう。この章では、様々なストレスとの向き合い方、認識の創意工夫から話を始め、ストレスをポジティブなものに変えるためのパラダイム・シフト及びそのメソッドについて述べる。ここで重要なのは、パラダイム・シフトが起きたからと言って、以前にもっていたパラダイムが無駄になることはないということだ。むしろ、以前のパラダイムがあるからこそ、新しいパラダイムがより威力を発揮するし、違った立場の人へのかかわりも効果的になる。現在のパラダイムを確認し、それを大事にした上で、さらに強固にしたり進化させたりしていこう。


【悩みに関するパラダイム・シフト】

大前提として、「悩むということは、その物事を分かり始めた」ということである。悩みがあるから、自分の行動を変えることになり、そこに成長が生まれる。「悩める」ことはチャンスなのだ。悩んでいるという「今この瞬間」こそが、最高に大切なのである。このパラダイムが、成長の原理・原則そのものだ。絶対に、悩みを「劣等コンプレックス」にレベルアップさせてはならない。


成長のチャンスである悩み解消の手段は大きく2つだ。「リサーチに頼ること」と、「コミュニケーションに頼ること」である。


まずは「リサーチ」について考えてみよう。悩みがあるのなら、まずはとにかく、本を読んだり検索したりしてみよう。自分の悩みが、「世界初」「史上初」の悩みであるはずがない。全ての悩みは、過去に誰かが解決してくれている。まずはリサーチしよう。リサーチによって悩みの「理解」ができれば、不要な心の反応は止められる。そもそも、自然現象への理解など、人類史上様々な問題を解決してきた最強の知性とは、「対象を理解すること」である。インプットを通して知識・理解の「点」を打ち続けると、点と点がつながり「面」が形成されるような感覚を得る。そうすると、アイディアが驚くほど湧いてくる。特に読書は、熟練すれば熟練するほど、本当に爆発的な効果増大の可能性をもつ。読書によって、偉人との円卓会議さえ可能になる。「読書は最もレバレッジの高い活動」と言われるのも納得だ。本を読めば、著者への感謝も生まれてエンドルフィンが大量に分泌されるだろう。


次に、「コミュニケーション」について考えてみよう。悩みを抱えた場合は、その悩みをまず自分の脳の外で表現すると良い。具体的には、他者に相談するのだ。「悩みを話せば、その悩みは自分から離せる」という。一旦自分から悩みを離せば、その悩みを(相談相手を含めた)複数の視点で客観的に分析することができるし、そこにアドバイスや激励も発生する。そうして、悩みを「解決のためには?」という疑問に変換し、自己成長に向けたノルマへと昇華させるのだ。相談相手に対するエンドルフィンが大量に分泌されるのは当然だろう。


悩みがあることはチャンスそのものであり、リサーチやコミュニケーションで「悩みを自分から離(話)し、客観的かつ複数の視点で見ることで、レベルアップのためのノルマにしてしまう」ことを意識すると、悩みと上手に向き合えるはずだ。悩みに関するパラダイム・シフトも起こせるであろう。



【人間関係の悩みに関するパラダイム・シフト】

人の悩みの中で最も多く、最も大きいものは「人間関係の悩み」であるという。これには、ヒトがもつ根源的な欲求が大きく関係している。それこそ、「他者に認められたい」という「承認欲求」だ。この承認欲求があることで、自分自身や自分の行動が認められない場合に、人は悩みを抱えてしまう。前項で述べたように、「悩み」は自分自身を大きく成長させるファクターだ。しかしながら、人間関係の悩みは必ずしもポジティブなものではない。実は、この人間関係の悩みこそが、「極限のストレス」の代表格である。


人間関係の悩みを「極限のストレス」にしてしまわないように、重要なパラダイムを伝えておきたい。その最重要キーワードは、「課題の分離」である。その象徴は「馬を水辺に連れていくことはできるが、水を飲ませることはできない」という言葉だ。


もう少し詳しく説明すると、「自分の課題(コントロールできること)」と「他人の課題(コントロールできないこと)」を分けて考えようということだ。「自分が何をするか」は自分の課題(変数)であり、自分で言動をコントロールできる。しかしながら、「自分の言動についてどう思われるか」は自分でコントロールできる要素ではなく、他人の課題(定数)なのである。


私たちは、「他人がどう思うか」ということで悩む必要はないし、そもそも悩む意味も価値もないのだ。課題の分離ができるようになると、人生は驚くほど楽になる。逆に課題の分離ができなければ、他人の人生を生きることになってしまう。


人間関係の悩みは自分のコントロール下にない問題であり、最も平等かつ最大の資産「時間」の無駄遣いであると理解していれば、物理的な余裕も心理的な余裕も生まれる。「悪いあの人」「可哀想な私」をダラダラ主張するよりも、「これからどうするか」を真剣に考えよう。やるべき自分の努力をしっかりと実行したのなら、自信をもって、「人事を尽くして天命を待つ」のだ。


あなたが行動すれば、それは届けたい人以外にも届くし、予期しない反応は必ずある。わざわざ「嫌い」と言いに来る人もいる。そこに1秒も割くことはない。「あなたの話はしていません。」で終わりである。批判されたとしても、あなたのペルソナ(仮面)が批判されただけで、あなた自体が否定されたのでは決してない。100人の「Good(いいね)」より、自分1人の「Good(いいね)」である。最後に、「人間関係の悩みを自分から離す」ことに関して、最も破壊的な威力を誇る言葉を紹介し、パラダイム・シフトを促そう。


■嫌な人のことをずっと考えるのは、その人と同居しているのと同じだ。



【不安・恐怖に関するパラダイム・シフト】

大事なプレゼンの前、プロジェクトを実行する前、大会の前、テストの前、日曜日の夜など、この上なく憂鬱になることがある。ニュースや作品に描かれた悲劇を、自分の生活に落とし込んで妄想し、トラウマレベルになってしまった経験もあるだろう。多くの人が、「この憂鬱さえなくなれば」「緊張がなくなれば」と思ったことがあるはずだ。しかし、この感情は「危険なものから遠ざかろうとする」という、ヒトとしてのメカニズムが正常に機能している証拠でもある。ポジティブな感情よりネガティブな感情を長く保持する方が、危機回避という面では都合が良い。実際、爬虫類以上の生物においては、論理的な思考を担当する前頭前野より、ネガティブ思考を担当する偏桃体の方が歴史的にずっと優位だった。ネガティブな感情を抱いて生命の危機を回避していくことが、どのような種の生存においても有利だったのだ。不安や恐怖は、決してネガティブな感情ではなく、むしろ自分の心が正常だと確認できる手がかりなのである。


脳科学的事実も、「不安や恐怖を特別問題視しなくて良い」という考えを後押しする。例えば、ストレスを感じた場合に、ヒトの身体は、身体の機能向上に作用する「アドレナリン」や、脳の機能向上に作用する「ノルアドレナリン」というホルモンを分泌することが知られている。この2つのアドレナリン系は、「闘争or逃走(Fight or Flight)」のホルモンだと言われる。危険生物に遭遇した場合に、ヒトは瞬時に「戦う」か「逃げるか」を選択する必要があった。どちらの選択をするにしても、身体機能と脳機能の向上は理にかなったシステムだと言えよう。その名残で、(適度な)不安や恐怖などのストレスは、ヒトのパフォーマンスを上げるのだ。ちなみに「ヤーキーズ・ドットソンの法則」というデータで、このことは証明されている。また、全くストレスを感じない人よりも、適度なストレスに対処し続けている人の方が長く生きることも立証されている。


不安や恐怖という「ネガティビティ・バイアス」のメカニズム自体をポジティブに捉え、さらに話を進めよう。


これらの感情自体を「1本目の矢」としよう。この矢が刺さることは、ヒトという生命体として当然の反応である。ここで、「1本目の矢が当たったことでストレスがかかっている」という状況を冷静に受容できれば良いのだが、多くの人は、そこに付随する余計な心配や、「こう思われるのでは」という妄想など、自分自身で「2・3本目の矢」を当ててしまう。実際、「悩みの99%は妄想が創り出す」と言われる。「貪欲」や「怒り」に加え、「業(時に世代を越えて人々を苦しめる、同じ反応の輪廻のこと。)」も、その原因は妄想である。


不必要な2・3本目の矢を刺し、不安や緊張を極限のストレスとするのではなく、自分のメンタルとフィジカルの適切な反応に、むしろ自信をもつべきだ。不安や恐怖を感じるのならば、「メンタルは安定している」と考えてほしい。そして、複数の研究が、「97%の心配事は起こらない(心配事が起きる可能性は13%で、その80%は解決可能。)」ことを証明している。1本目の矢が当たったら、なるべく早く落ち着いて、「現実を客観的に理解する」ように努めよう。これこそ、「サティ」「マインドフルネス」と呼ばれるメソッドである。


ちなみに、「不安と恐怖は明確に違う」ことを知っていただろうか。この2つの感情の違いは、「これから何が起こるか分かっていない(不確実性)」のか、「これから何が起こるか分かっている(確実性)」のかである。前者が不安で、後者が恐怖の説明だ。回避方法・解決方法を知っていれば、少なくとも恐怖によって極限状態に追い込まれることはない。「情報」という武器があれば恐怖は克服できる可能性が高いし、今後の見通しが立つことで、状況に対するコントロール感を得られる(「がんの疑いがあります。」と宣告された場合のストレス値は、「がんが見つかりました。」と宣告された際のストレス値より高いというデータがある。)からだ。情報収集次第で、不安は恐怖へと格下げできる。情報弱者になってはならないし、情報弱者にさせてはならない。情報収集は、恐怖・不安に関するパラダイム・シフトを起こす重要なキーとなるのだ。



【時間に関するパラダイム・シフト】

「時間がない」というストレスは、私たち現代人に重くのしかかっている。「全てを完璧にする」ためのテクノロジーは、「全て」そのもののサイズを爆発的に大きくしている。私たちが生きる現代社会では、魅力的なことを全て実行するのは不可能だ。時間は有限であり、人生はこの4000週間1回なのである。


だから、「全てをこなそうとするのではなく、全てをこなそうとする誘惑に勝つ」というパラダイム・シフトが大切だろう。実際、タイムマネジメントの意識そのものが、幸福度も生産性も大きく下げることが証明されている。逆に、「全てをこなせない」というパラダイムと余裕は、重要なことを心から楽しむことにつながる。


自分が本当にやりたいことを吟味・決定するための具体的なメソッドについては、この章の最後、【イシューの吟味】を参照してほしい。あなたは、「やりたくないことに『ノー』と言う」レベルを大きく越えて、「やりたいことに『ノー』と言う」レベルにまで到達できるだろう。逆に言えば、そのレベルに到達しなければならないほどに、人生の時間は短いのだ。人生は「絶対にやりたい!orやらない」でしかない。


また、時間に関する重要なデータを示しておく。それは、「他者のための行動は、自分のための行動より体感時間が2倍長くなる」ということだ。他者のための行動には、そもそもオキシトシンやエンドルフィンの幸福感が伴う。その幸福感を得る時間が、2倍になるというのである。無理のない他者貢献を続ければ、あなたの日々は感謝に溢れる。そして、あなたの人生は「幸福な人生2回分」になるのだ。


パラダイム・シフトを通して、「全てをこなそうとせず、他者貢献のために時間を使う」ことこそが、究極のタイムマネジメントと言えるかもしれない。



【お金に関するパラダイム・シフト】

お金に関するストレスもまた、全人類に共通するファクターだろう。この項ではその解消のためのパラダイムを紹介したい。


幸福感を得るためのお金の使い方として、真っ先に挙げたいキーワードは「『モノ消費』より『コト消費』」である。科学的には、「経験を消費するよう意識することで、幸福感がかなり上昇する」という。しかもそれは、経験への期待だけでも同様の傾向を示す。これは、「報酬予測」によるドーパミンの効能だ。 「『モノ消費』より『コト消費』」を意識すれば、「人生の前半は後半への期待で終わり、人生の後半は前半への後悔で終わる」というリスクを軽減することができるはずだ。知識や経験などの「コト」は「モノ」と違って奪われないし、むしろ時間の経過によって美化される。


加えて、(搾取につながらないケースにおいて)「他者のためにお金を使うと、自分のためにお金を使う場合より幸福感がずっと上昇する」ことも補足しておく。「チャリティへの寄付は、家庭の所得が2倍になったのと同じ幸福感」「ボランティアへの参加で年収が2倍になったのと同じ幸福感」とも言われる。また、幸福感に伴って死亡リスクや早世のリスクも有意に低下する(ボランティア活動に積極的な人は、そうでない人に比べて、心臓血管系の病気リスクが低く、約5年長生きする。)という。


これらの事実は、経済学的には「倫理的満足感」と呼ばれ、心理学的には「ヘルパーズハイ」と呼ばれている。 「他者に分け与えられる」という事実に伴う様々な感情は、当人の幸福感に著しく寄与するのだ。「お金は(無理のない範囲で)他者貢献に使うもの」というパラダイムは、あなたの人生をより良く、より豊かにするだろう。



【ポジティブ・シンキング】

「ポジティブ心理学」では、「自分のパラダイム(主観)によって、現実(客観)を変えることができる」と考える。心の在り方によって、地獄を楽園にすることもできるし、楽園を地獄にすることもできると考えるのだ。実際、ポジティブに生きることは、計り知れないほど絶大な効果を生むことが証明されている。ポジティブな人がネガティブな人に対してどのような生物的優位性をもつのか、実際に見てみよう。


■寿命が15%(平均10年)長くなり、長生きする確率が70%上昇する。

■生存率が30%高く、がんリスクが15%、感染症リスクが50%低い。

■ポジティブな医師は、3倍の想像力と2倍の創造力を発揮し、2倍の速さで正確な診断ができる。ちなみに、この研究でポジティブな気持ちを得るために用意されたのは、「実験が終わったらキャンディの袋をもらえる」という約束のみであった。

■ポジティブなビジネスパーソンは、そうでないビジネスパーソンに比べて、60%近くも営業成績が良い。また、ミスの数が60%、トラブルが49%、欠席日数が67%少ない。

■朝ネガティブなニュースを見た人は、1日を振り返った際、ネガティブなニュースを見ていない人に比べて、「あまり良い1日ではなかった」と答える割合が27%多い。


なぜポジティブなパラダイムに、このような絶大過ぎる効果があるのだろうか。「○第一章 脳内物質への理解を深める」で得た知見は、その深い理解に一役買うだろう。つまり、「ポジティブに注目する」というパラダイムが、セロトニン、オキシトシンといった脳内物質の分泌とセットになるからだ。ポジティブな側面に注目するというプロセス自体、心身の健康が土台になければならないし、ポジティブな感情をもつ事象は、主に人とのつながりの中にある。加えて、そこに感謝が伴えば、エンドルフィンの分泌ももたらされる。これらの脳内物質による幸福感とセットで、様々な効果がもたらされるのはすでに述べた通りだ。もはや、ポジティブ・シンキングというパラダイムで、幸福感やパフォーマンスが高まらない科学的理由を探す方が不可能である。


自分のことをポジティブだと考えている人は、ここまで述べてきた幸福感やパフォーマンスの飛躍を実感しているであろう。ただ、自分のことをネガティブだと考えている人についても、全く問題はない。数分後には、あなたはポジティブ・シンキングというパラダイムを手にしているはずだ。


自分のことをネガティブだと考えている人は、「ネガティブな要素に対して敏感な人は、ポジティブな要素に対する感度も高い」というファクトに目を向けるべきだろう。「敏感な人は、鈍感な人よりも大きな喜びを得られる」という、脳科学的エビデンスも得られている。恐怖心と緊張状態が大きければ大きいほど、事後の快感も大きくなることは、「リバーサル理論」として証明されているのだ。つまり、自分や他者のネガティブな部分に注目しやすい人こそ、幸福感を上げる可能性をもつのである。「HSP(非常に感受性が高い敏感な人)」は全人口の20%いるというデータがあるが、それはむしろ、「感動のオキシトシンが常人よりずっと多く分泌される才能」なのだ。「ネガティブ」という性質を変える必要など全くない。自分をそのまま受容して肯定することで、「どうにでもなれ」という自暴自棄を避けることができるし、未来への希望も灯し続けられる。


「自分を責めてしまう」という悩みをもつ人もいるだろう。しかしながら、実はこのような人は、他者に責任を押しつける「他責思考」の人よりポジティブである。論理的には、「運のせいにする」というオプションを行使していないことから「自分は運が良い」と思っているし、運のせいにしないから創意工夫を追求して成長することができるのだ。むしろ自責的で悲観的だからこそ、最悪のケースを想定し、細かい部分まで準備することができる。それによって、「未来をコントロールできる」という非常にポジティブな感覚を手にすることができるのだ。


他責思考の場合は他者の責任にして終了であり、自分の成長にはつながらない。他責思考は楽な分、その依存性も高い。この思考を続けることによって、どこまでも自己防衛できてしまうし、ドーパミンの作用でそれが快楽化してしまうからだ。自分が成長できない(理想に程遠い)のは、「保有している財産の差のせい」「友人のせい」「教師のせい」「親のせい」「地域のせい」「国のせい」「時代のせい」などと、他責思考があれば、どこまでも自分が傷つかない理由を見つけ出せる。しかし、自分に責任を求めない人は、自己中心的な人物とみなされ、周囲の人も離れてしまうだろう。一方で、「もっと良くなるためにできたことは」「成功するために自分にできたことは」という自分の課題に目を向ける自責思考のスタンスで物事を考えていれば、仲間も全力でサポートしてくれたり、アドバイスをしたりしてくれるだろう。この思考は、実は自分の成長につながるばかりか、集団の質も劇的に向上する魔法なのだ。どのようなテーマについてでも、複数人で考えれば、そこに爆発的成果が生まれるのである。


ポジティブ・シンキングというパラダイムについて詳しく述べてきたが、ポジティブ・シンキングを生み出すメソッドについても述べておこう。それは、表現を変えることでネガティブな印象をポジティブな印象に変える「ペップトーク」である。例えば、「やらないこと」リストを作成する場合でも、「~をやらない」ではなく、「~のために~をする」と表現してみるのだ。「アルコールを摂取しない」ではなく、「健康のために、日頃頑張ってくれている肝臓を休ませて、質の良い栄養を与えてあげる」などとすれば、「我慢(ネガティブなストレス)」を「実践(ポジティブなチャレンジ)」にできる。次にペップトークの実践例を挙げておくので、ぜひ参考にしてほしい。


■ネガティブをポジティブへ

□Impossible→I’m possible

□臆病→慎重

□うるさい→活発

□音痴→常人とは違うメロディとリズムの中で生きている

□失業(恋)中→充電中

□悪筆→暗号製造

□優柔不断→思慮深い

□注意散漫→好奇心旺盛

□古くさい→ヴィンテージ

□嫌い→まだ魅力に気づいていないから教えて

□諦める→新たな道を発見する

□禁酒(禁煙)→肝臓(肺)のデトックス

□古典→価値が立証され続けている教訓

□憂鬱(緊張)→アドレナリンとノルアドレナリンの正常反応

□ヒマ→多くの時間をもっている

□曖昧→含みがある

□無表情→ポーカーフェイス

□印象が薄い→溶け込んでいる

□愛想がない→媚びを売らない

□変人→奇才

□反抗期→大人への階段

□話し下手→聞き上手

□レベルが低い→可能性に満ちている

□立ち入り禁止→農薬がつきます・クマ出没注意

□やめてくれ→いつものあなたと違うよ

□新しい発想がないね→経験を大事にしているね

□ミスするな→丁寧にいこう

□買ってください→投資してください

□出すのが遅れます→お時間をいただいて、良いものをお届けします

□○○に行け→○○は最高のパワースポットだよ

□どうせ無理→かなり難易度が高いけれど、もし実現できたら素晴らしいよね

□控えプレイヤーになってほしい→この業界に革命を起こさないか?

□やる気があるのか?→パフォーマンスが低いように見えるけれど、何かあった?

□今月中は無理→来月であれば喜んで

□何度も聞いた話だ→何度聞いても良い話だ

□言ってくれれば良かったのに→力になりたかった

□ちゃんと報告しろ→君の評価を上げたいから教えてね

□姿勢を正せ→凛として服が似合うね

□いつまでも残って仕事したくない→自分の時間や家族の時間を大切にする姿を、子どもたちにも見せたい

□細かいことでいつも怒られる→基本的なことは万事OK!

□今まで全部うまくいかなかった→今までの全部伏線!


■ポジティブをよりポジティブへ

□おいしい→ほかの店がまずく感じるほどにおいしい

□おいしかったです→久しぶりにおいしいものをいただいた

□素晴らしい天気だ→雨のことなんか思い出さない

□現品限り→人気商品につき最後の1つ

□発注してほしい→○○さんと一緒に仕事がしたい

□丁寧な指導→分かるまで何度でも質問可能

□2倍の大きさ→200%の大きさ

□そんなことないよ(謙遜)→そう言ってくれてありがとう(感謝)


現象としては同じ内容に対しても、工夫して楽しみながらやる人の成果・幸福感は脳科学的に倍以上になり、嫌がりながら我慢する人の成果や幸福感は脳科学的に半分以下になってしまう。そもそも、あらゆる学問が証明しているが、ヒトは何かをやるようにデザインされており、何かをやらないようにはデザインされていないのだ。


これまで述べてきたように、パラダイム・シフトをもってすれば、ネガティブと思われるマインドセットをも光り輝かせることができる。まずは自分の言葉から工夫してみてはどうだろうか。



【イシューの吟味】

「イシュー」とは、「取り組むべき最重要課題」のことである。【仕事・生産性】の項で「やるかやらないか」の吟味を扱ったが、それもイシューの吟味である。イシューの吟味は、目の前のことをするかどうかに限らず、自分の人生そのものをどう生きるか(生きがい)という、最も大きなテーマの1つにおいても非常に有効である。大事なのは、以下の公式について理解しておくことだ。


「結果=才能(1~100)×努力(1~100)×イシュー(-100~100)」


イシューだけがマイナスになり得るというこの数式は、例えば「100の才能を100の努力で、凶悪犯罪のために伸ばす」というケースを想定するとイメージしやすい。これは極端な例だが、実は取り組むべき最重要課題の設定を間違っているために、実現がなされない状況は多く存在する。


■手段と目的の逆転

■正解がない課題の正解探し

■事実と解釈(意見)の混同

■練習のための練習

■勝てない相手への無謀な挑戦


このような場面に陥っている人を見聞きすることは少なくない。これらは、単刀直入に言えば「無意味」である。何かしら得るものがあるかもしれないが、それがトリガーとなって、さらに無意味さを助長する可能性の方が高い。


■手段と目的の逆転

→手段を使うことに注力してしまい、目的は全く達成されない。


■正解がない課題の正解探し

→全ての時間が無駄になり、本当に重要なことに使う時間がなくなる上に、大きな疲労が残る。


■事実と解釈(意見)の混同

→個人及び組織において、情報の誤認や思い込みが頻発してしまい、多種多様かつ重大なトラブルが連鎖的に引き起こされてしまう。


■練習のための練習

→プロセスを評価してしまい、極度の「結果より過程重視」になる。


■勝てない相手への無謀な挑戦

→レベルが違いすぎて収穫が不明確になる上に、再起不能なほどのダメージを負う可能性もある。


したがって、自分が取り組むイシューの設定がそもそも適切かどうか、吟味に吟味を重ねることが何より大切なのだ。イシューの設定を間違ってしまえば、「途方もない成果や時間の損失」につながってしまう。いつもの2倍努力したとしても、地図が間違っていれば、間違った場所に2倍の速度で着くだけだ。そして多くの人は、ハシゴをかけ違ったことに後から絶望する。補足すると、死ぬ前に人が感じる最大の後悔は、「もっと自分に正直になれば良かった」だという。


このような事態は絶対に避けたい。そのために、イシューを吟味する際のポイントを手厚く紹介しよう。そのためにまず、次に挙げるパラダイムを取り入れてほしい。


■適切なイシューは、「理想の姿を、抽象度を上げて思い描く」ことによって設定する。


理想の姿を思い描くことは、その最大にして最高のイシュー思考手段だ。特に、自分の人生におけるイシュー設定に関しては、超重要である。そして、理想の姿を思い描くのにこの上なく有効なのが、「抽象度を上げる」ことなのだ。


例えば、あなたが教育者だと仮定して考えてみよう。教育者として、次のような思いをもっているとしよう。


■学力を伸ばしてほしい。

■健康で過ごせるようになってほしい。

■家族や友達を大切にする人になってほしい。


このような子どもたちを育てられるかが、教育者としてのあなたの生き方が充実しているかどうかを測る材料になる。加えて言えば、「学力」「健康」「人間関係」の充実は、あなた自身が理想とする姿とも強くリンクするだろう。ここで、すぐにできる対応のみに注目し、抽象度が低いイシューを設定してしまうとどうなるだろう。例えば、次のようなイシューを、自分自身に設定してしまうかもしれない。


■多くの時間を投資して、徹底的に個別指導をする。

■詳細な健康チェックシートを毎日記入させ、保護者と連携する。

■家族や友人への手紙を書かせ、それをチェックして郵送する。


一見すると、熱意に溢れる行動に思える。しかしながら、先に挙げたイシューを全て、長期間に渡ってこなすことができるだろうか。体力も時間も足りないはずだ。あなたが限界になったとしたら、そのシステムによって支えられていた学力・健康・コミュニケーション力は著しく低下するだろう。他の誰かがシステムを引き継いだとしても、その人が倒れてしまうだけだ。そもそも、このシステムが永久に子どもたちを守ってくれるわけではない。人生のどこかの時点でシステムを失えば、子どもたちはどうして良いのか分からなくなってしまう。それでは、育てたい要素は1つも実現しない。イシューの吟味が全くできていなかったことで、むしろ最悪の結果がもたらされてしまうのだ。


おそらく、目的達成のために本当にすべきなのは、高く広い視点に立った、次のような取り組みだろう。


■学力を伸ばす理論やメソッドを教え、子どもたち自身に実践させる。

■心身の健康について理解を深めさせ、子どもたち自身が保護者と共に健康意識を高めるようにする。

■良い人間関係について必要な科学的知識を教え、フィードバックさせる。


ここで注目してほしいのは、「抽象度の高い適切なイシューは、自分にとって理想の人生の実現にも直結する」ということだ。


そもそもの話だが、子どもたちと長く接する教育者こそ、「余裕をもって人生を楽しんでいる姿」を見せるべきであり、断じて「無理して頑張っている姿」を見せるべきではないだろう。余裕をもってこそ、健康で、勉強に励み、良好な人間関係を築ける。自分の行動におけるイシューの「次元(メタ度)」を上げることができていれば、まず自分自身が理想とする姿を実現することができる。加えて言えば、子どもたちに何もかもしてあげるより、理論について深く納得させ、実践を重ねさせた方が、最終的には子どもたちの利益になるだろう。考え方や実践の経験は、決して奪われることのない財産になる。つまり、自分が理想の姿を実現できるばかりか、自分が実行している取り組みの効果も、飛躍的に向上するのだ。


では、あらゆるイシュー設定に共通する、適切なイシューを設定するための非常に重要な考え方についても述べておきたい。それは、そのイシューが、「何であり何でないか(どう在りたくてどう在りたくないか)」を明確に定義することだ。「何でないか」「何はやるべきでないか」が明確であれば、そのイシューはより鮮明で論理的になり、イシューに取り組む推進力は爆発的に増大する。あなたの責任・覚悟もずっと偉大になるだろう。取り組みを吟味する際に「絶対にやりたくないことから考える」ことは、多くの人にとってパラダイム・シフトであろう。


イシューを吟味することの重要性について論を進めてきたが、そうは言っても、イシューの吟味を自分の行動に反映させることは、大きな勇気を伴う。なぜなら、イシューの吟味を自分の行動に反映させることは、自分が設定したイシュー以外のことに「ノー」と言うことだからだ。ヒトがチームワークで生存してきたことを考えれば、「ノー」と言いにくいのは当然のことでもある。最後に、イシューの吟味を実際の行動に反映させるために、あなたの勇気を喚起するような言葉とデータを紹介しておく。これらの言葉とデータが、あなたを後押しすることになれば嬉しく思う。


■人生は常にトレードオフである。

■「何を諦めるか?」ではなく、「何に全力を注ぐか」である。

■「ノー」と言って数分間気まずくなる方が、「イエス」と言って数ヶ月後悔するより良い。

■優秀な人ほど、「ノー」と言う勇気のある人を評価し、賞賛する。

■最も大切なものを最も大切にするのが、最も大切なことである。


■本当に心から望む生きがい(人生のイシュー)をもつ人は、生きがいをもたない人に比べて、(他要因の影響を考慮しても)死亡リスクが5分の1になる。



【パラダイム・シフトの実現メソッドについて】

章の最後に、この項でパラダイム・シフトの実現メソッドについて見ていこう。ここでポイントとなるのは、2つのキーワードである。


「抽象度を上げる」ことと、「コントロール感を高める」ことだ。


まずは、「抽象度を上げる」ことについて見ていこう。抽象度を上げるということは、現象を俯瞰で見たり、高い視点で分析したりすることを指す。この過程は、広い意味で言えば「メタ認知」そのものだ。


抽象度を上げるというこの思考法は、物事の新たな括りに気づいてテーマに転用することにつながる。例えば、「成功」の反対は「失敗」と言われるが、この対極の2要素を同じ現象として括ればどうなるだろう。成功と失敗は「行動の結果で成長につながる」であると括れば、その対極に「何もしないことで停滞につながる」という括りを設定できる。この方法を使えば、「愛」と「憎悪」の対極に「無関心」や、「5億円の収入」と「5億円の借金」の対極に「お金に対する信用のなさ」という括りを新たに設定することができる。


抽象度を上げることは、思考上の大きな武器であり、新たなアイディアを生む強力メソッドになる。また、物事をメタ認知的に捉え、格段に高い抽象度で分析することは、どのような課題に優先で取り組むかを決める指針になり得る。抽象度が上がれば、ストレスを解消するどころか、そのストレスを一切受けつけないような人生のテーマを設定できる。逆にメタ視点がもてないと、問題の世界にどっぷりと浸かってしまい、その世界が全てのように錯覚してしまう。そもそもやるべきかどうか、どうやるべきかなど、高い視点での分析ができなくなるのだ。


次に、「コントロール感を高める」ことについて見てみよう。前述の通り、人間関係の悩みにおける他者の「気持ち」こそ、自分にとってコントロール感がないものの代名詞だ。ここで重要なのは、少し発想を変えてみることで、(あくまで場合によってだが)「他人の課題を自分の課題にする」というパラダイム・シフトを起こせるということである。


チームになかなか価値観の合わない人がいて、その人の意見がいつも気になってしまうとしよう。この人のおかげで、自分の意見が通らないし、プロジェクトが円滑に進まない。あなたは、「この人がもう少し他の人の意見を尊重してくれれば良いのに」「この人がもう少し発言を控えてくれれば良いのに」と思っている状況だ。しかしながら、相手があなたの意見にどう反応するかは、それこそ「他人の課題」である。もちろん、あなたが超能力者でもない限り、「コントロール感0」である。ここで、パラダイム・シフトを図るのだ。


あなたが困っているのは、自分の意見が通らないことと、それに伴うストレスだ。ここで、その解消のために、「今、私にできることは?」と課題を再設定してみよう。


例えば、「事前にその人に相談に行く」のはどうだろう。もしかしたら、あなたの意見が的を射ていないかもしれない。先に相談すれば、事前に新しいマインドやメソッドを教えてもらえるだろうし、あなたの意見は「反対意見への対処」まで含んだ説得力抜群なものにブラッシュアップされるかもしれない。事前の相談自体は、ほぼ「コントロール感100」ではなかろうか。その人に相談しにくければ、「過去に指摘された内容を整理して対策する」のはどうだろう。「他の人に意見をもらい、想定問答を考えておく」のはどうだろうか。いずれも「コントロール感100」であろうし、ただ相手の反応を気にし続けて何もしないよりはずっと良いだろう。自分自身の成長にもつながるはずだ。


つまり、「他人の課題」を「自分の課題」に捉え直してみれば、コントロール感は大きく高まるのだ。しかも、勇気をもって行動した場合、自分の大きな成長につながる。しかも、「自分の課題」に伴う行動には、大きな感謝が絶えず付随する。つまり、課題の捉え直しは、最強の幸福物質であるエンドルフィンの分泌につながるのだ。課題の再設定をしない理由は、全く見つけることができない。


もちろん、「自分の課題」と捉え直したからこそ、「今自分がすべきは、ここから全力で逃げること」という結論が導かれることもあるだろう。(人間関係が絡んだ)不当な状況、「コントロール感0」の状況については、頑張れば頑張るほど闇が深くなる。課題の再設定をできるならば、判断力はまだ正常だ。「全力で逃げる」という判断が出たならば、自信をもって逃げよう。そうしなければ、「やりがい搾取」や「ストックホルム症候群」のような状況になりかねない。このポイントについては、頭に入れておいてほしい。


これまで述べてきたように、パラダイム・シフトを実現するためには、「可能を不可能と思い込まない」ことが大切だ。「不可能を可能にするより、可能を不可能と思い込まない」ことが重要なのである。そしてそれは、抽象度を上げたり、コントロール感を高めたりすることによって、多くの人が体感できるはずだ。逃げるという選択も、不可能ではなく可能なことであろう。


なお、この章の冒頭でも述べたが、「以前のパラダイムがあるからこそ、新しいパラダイムがより威力を発揮するし、違った立場の人へのかかわりも効果的になる」ことは常に意識しておいてほしい。以前の自分(「抽象度が低かった自分」「『他人の課題』でクヨクヨしていた自分」)を恥じることは決してない。その自分があるからこそ、新しいパラダイムへの理解も深まるのだ。あなたが究極のポジティブ・シンキングを手に入れており、この話を蛇足だと感じていることを願う。

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