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【法学部の講義】判例学習の面白さ~youtuberが会計前に切身を食べた事件を通じて~

 法学部では講義で学んだ法律が実際の裁判でどのように用いられているのかを学ぶために判例学習をします。抽象的な内容である法律の条文を黙々と勉強するのとは異なり、具体的な事例を検討することができる判例学習は私としてはとても興味深いです。

 しかしながら、法学部生でない方にはこの感覚が伝わらないでしょう。そこで、1つ有名な裁判例を題材に、法学部で経験できる判例学習の面白さを知って頂けたらと思います。

 さて、事例内容は、とあるユーチューバーが、動画投稿目的でスーパーマーケットに商品として陳列されていた魚の切り身を会計前に食べ、その後レジにて代金を支払ったというものです(名古屋高裁H3.12.14)。
 本件では、会計前に切り身を食べた行為が窃盗罪(刑法235条)に当たるかが問題となりました。

【刑法235条】
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

 前提知識として1つ紹介させていただきますと、窃盗罪が成立するには犯人が「不法領得の意思」(主観的超過要素)を有していることが必要になります。勘の良い方はお気づきかもしれませんが、上記窃盗罪の条文中に不法領得の意思は窃盗罪が成立する要件として明示されていません。

 しかしながら、不可罰的な使用窃盗(例:友達の机から消しゴムを一瞬借りた行為)まで犯罪として処罰されては厳しすぎます。
 また、犯行目的(=主観的超過要素)なしには、人の物をダメにする点で共通している器物損壊罪(刑法261条)などと窃盗罪とを区別することができません。

 そこで、窃盗罪が成立するには、権利者を排除して他人の物を自己の所有物として(①権利者排除意思)、その経済的用法に従い、これを利用・処分する意思(②利用処分意思)、と定義される「不法領得の意思」が必要だとされているのです。

注:自作

 まず、不法領得の意思のうち権利者排除意思について検討します。犯人としてはお金を払う意思もあるし実際に支払ってもいるのだから、権利者を排除する意思はないと主張すると考えられます。
 しかし、裁判所は、レジにて支払うというお店が定めた手順が守られなければ多数の商品の適切な管理が著しく困難になり、営業に重大な影響を及ぼすと考えます。そうだとすれば、たとえ飲食と支払の時間差が短時間だとしても、それは手順が守られた支払いではないとして権利者排除意思を認めました。

 次に、不法領得の意思のうち利用処分意思について検討します。犯人としては魚の切り身を食べるという食べ物本来の経済的用法に従い、利用していないのだから、利用処分意思はないと主張するでしょう。
 しかし、本来の経済的用法であるか否かに固執すると、例えば下着泥棒は盗んだ下着を履くという下着本来の用法では用いないことを理由に窃盗罪で処罰されなくなってしまいます。
 そこで、裁判所は、利用処分意思は「財物自体から生じる何らかの効用を享受する意思」で足りるとする考え方を採り、犯人はおもしろ動画、すなわち「面白い『絵』」(原文)を撮ることができるという効用を享受する意思があったとして、利用処分意思を認めました。

 よって、本事例では不法領得の意思(権利者排除意思・利用処分意思)が認められるとして、名古屋高裁は窃盗罪が成立すると判断しました。

 このように、法学部に入ると、社会的に話題となった事件についていかなる理由でいかなる判決が下されたのかを自分自身の力だけで理解することができます。時事に興味がある人にとって、そのような力はかなり魅力的ではないでしょうか。

 また、非法学部生だと、ニュースで様々な事件を見ても「こいつは悪い」といった風に感情的にのみ考えてしまうことが多いかもしれません。しかし、法学部に入って法律を学ぶと、上記のように「本当に要件を満たしているのか」、と一歩引いて理性的に物事が考えられるようになります。

 人間、いかなる分野においても知識が身につくと、今度はその知識を活かしたいと思うようになります。そして、実際に起こった事件の判断である判例は、法律を修める法学部生にとってその最たるものです。ゆえに、法律を学んでいて、裁判所がリアルに下した判断が理解できた時ほど楽しいものはないと私は感じます。

冒頭写真:pixabay(2023/5/19)

*これは学部生が執筆した記事です。
専門的な助言を与えるものではありません。
間違え等ご指摘いただけるとありがたいです。

第6回


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