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「銭ゲバ」を読んだ。

銭ゲバを読んだ。上下二巻。
名前は聞いたことある、あらすじは耳に挟んだことがある程度の認識。とりあえず金が大事、そういう主人公の立ち振る舞いを描いた物語かなあという感じ。

感想としては、銭ゲバって主人公だけでなく、人間誰しもが銭ゲバの一面を持ち合わせていて、それが大部分を占めるか少し脳の片隅を巣食っているかの違いで世の中は成り立っていると感じた。
銭ゲバは、作中ではお金が大好きな主人公「蒲郡」を示しているが、蒲郡はなるべくしてなったと言わざるを得ない環境で育ってきた。
DVを繰り返す父、貧乏な家庭を虐める同級生と先生に囲まれ、唯一味方でいてくれた母親が病床に臥し、その母を貧乏であるが故に医者にも見放されて見殺しにしてしまった。
そういう強烈な原体験が積み重なった上で、少し経ちお金の一悶着で兄を殺したのが引き金となり完全に金至上主義と化した蒲郡が世の中を渡り歩くという話だ。
大人になった蒲郡が金を手にいれるまでの手段は特殊卑劣で殺人を前提とした立ち回りだったが、正直育った環境を考慮すると選択肢に殺人、裏切りが入ってくるのは当たり前なのかもしれない。

また、完全に個人好みの話ではあるが、昨今のダイナミックな効果音や構図などをほとんど使われずに淡々と物語が進んでいく為、先の漫画と比較して現実世界との乖離が少なく読み進められる。人が殺されるのも単調。顔が醜い嫁が自部屋で自殺していても単調。そこに漫画によく見受けられる感情や葛藤などの描写はなく、淡々と物語は進んでいく。

上下の2巻で構成されている本作だが、読み進めていくうちに現実世界とのギャップが少なくなっていくと感じられた。社長の座につき、ある程度の金を手に入れた蒲郡が政治に手を出し、世間の表面ではいい顔をして振る舞う様は、現実世界でもリンクする人物は何人もいると思う。

中盤で印象的なシーンがあった。
顔が醜く、会社が所有する工場からの公害問題で世間から非難を浴びていた際、蒲郡を地位やお金やステータスなどでなく接してくれる女の子が出てきた。
その女性に出会って何度かドライブなどで交流を深めていくうちに、蒲郡の心は幾分か浄化されていた。作中でも、会社の部下からの評価があがった記載もあった。ただ、最終的には女性は蒲郡に対して「金が欲しい」と服を脱いだ。蒲郡が指示せずに自ら脱ぎ出した彼女をみて、蒲郡は本当に失望したと思う。結局金が全てだと確信めいたのはこのタイミングと思われる。
蒲郡が終始掲げていた「金銭至上主義」を崩す希望が出てきた女性が、皮肉にも今まで自分自身が積み上げた財産によって望まぬ服従をしてしまった。
蒲郡の残虐な行いとは別のベクトルになるが、作中で一番残酷だと思ったのはこのシーンだった。

そして最後。
選挙もひと段落終え、より莫大な資金と名声を手にすることとなった蒲郡だが、記者から「人生の幸福について寄稿して欲しい」との依頼があり、書き綴る。

銭ゲバのラストシーン。

ここからはネタバレになるんだけど、蒲郡が思い描く人生の幸福が原稿用紙の上を走り抜ける描写に鳥肌がたった。蒲郡の口から直接話されることはなく、ただ淡々と「人生の幸福」が記されていく。そこには、常々口にしていた「金」とは無縁の、ごく普通のありふれた生活が描かれていた。
殺した子供が笑い、殺した妻が微笑み、蒲郡自身も笑う。
つまり、あれだけ金に乱心だった蒲郡も、心のどこかでは本当の幸福とはありふれたものであることを知っていた。

銭ゲバのラスト。正直、ここのクライマックスは漫画とは思えないほど迫るものがあった。

そして、最後に蒲郡は自らの顳顬を拳銃で撃ち抜いて命を絶った。
自分自身が歩み続けた道が完全に幸福とはかけ離れていることをこの寄稿をきっかけに反芻することになり、今までの自分の行動を受け入れる限界を超えてしまったと思っているけど、ここの描写は今年読んだ漫画の中で一番グッときた。

最後の蒲郡の遺言。
「いつも私が正しかった この世にもし真実があったとしたらそれは私だ
私が死ぬのは悪き者どもから私の心を守るためだ 私は死ぬ 私の勝ちだ
私は人生に勝った」

自分の悪事を見直す前に、正気になる前に蒲郡は勝ち逃げした。
今までの行動を正しいと思い続けたまま死ぬことを選んだ。
狂っている「私の心」を守る為に死に、人生に勝った。

スカッとする、後味が悪い、などとは無縁の最高の終わり方だと思う。

銭ゲバが描かれたのは1970年初期、この頃の秋山の作品は異常なまでの尖を見せていた。後の代表作は「アシュラ」と「告白」だろうか。2024年中に読みたい。


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