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現代詩の世界2022/5/3『ギター』

禅師は畑にて鍬をふるっておられます

汗をかいて畝を作っておられます

野菜づくりは禅師の大切なお仕事なのです、と彼は言った

ところで彼自身は枯山水の庭に面してクラシックギターをつま弾いている

判断はわたしに任されている

認識はそれぞれであるのだろう

絶望する大地の片隅にあって、平和な日常は続いている

禅師に聞いてみたいと思っているのだが

ひよどりごえのあたり、馬たちは「認識」を持っていたのか

松の木の幹が瀬戸内の風を受けて、「やんや、やんや」と鳴る

その音はギターの音色と読んでもいい

海鳴りのする、認識の外部では、瓢箪から唇が生まれている

兵庫の浜の漁師の小舟の舳先に

わたしは網を干す、認識の網を干す

しばらく前にはここから淡路島が見えていた

ギターを抱えて彼は海へと侵入する

「第五次元の音楽」と彼が呼ぶところの「現代の音楽」は

畑の中の野菜から生まれている、今朝も

アーティチョークのつぼみが大きくなって来ている

禅師の首のまわりの肉もたぶたぶとして来た

あらわれる「しみ」について、禅師は何も言わない

瀬戸内のおだやかな晴れた日の朝の、ギターを聞け

ギターの音色の中にこの世界がある

そして野菜の中に「わたし」がある、と彼は認識する

その認識のゆえにペガサスの駆け昇る道は空にある

アポロンの牽く「太陽」は東の空を行く

こいつは、恐ろしい「悪魔」の声を響かせて、鳴く

車輪と砂漠と戦車部隊と、砲撃の瞬間の、鍬の音

耳をすまして、恋人を思い、はやる気持ちを押えて

ギターをつま弾く時には、「悟り」は松の枝を吹く風の音

禅師は汗を流し、涙を流し、畑の「虫たち」は死を迎える

庭の石は語らず、庭の砂は語らず、太陽は語らない

ギターを弾け

ギターを弾け

音楽は非情である。