根本的には良好な事ばかりでしたけれど

さて、しばらくこの宗教に付き合った事は鬱治療としては良いことばかりでした。教を読むことも心身良いことだと科学的に立証されている行動。”(この宗教を始めてから)こんないい事がありました”だとか。悪い事があっても”でも(この宗教をやっていなかったら)もっと酷いことになっていたと思います”だとか、とにかく良かった事に目を向けるという、なるべく良いことに目を向けようという、鬱治療の根本でもあるし。

定期的な集会に結構人がいたこともびっくりしましたし、自分よりキツイ人生送っているけど頑張っている人の話もたくさん聞いてる。聞こえてくる。中には自分の悩みと被る人もいて、自分だけが苦しいのではない、自分は一人ではないと思えます。

他にも色々、例えば某宗教は壺だとか、神棚などを買わされるらしいけれど、私が買わされたのは数珠だけ(500円)。徳を積むために色々としないといけないわけですが、それらをきちんとやって、”この人は真剣にやってる”と認められた人だけが神棚を家に祀る事を赦されたりするだとか、中々筋が通っていたりしたのですが.....

段々アラ、というか、そこはどうなの?というところも目についてきました。

一つが日曜日は仕事するな、というところ。それは現代では無理!

それから布教活動。やられる方は鬱陶しいですよね、正直。占いだとかこういうものは大概困った時だとか、深刻な悩みがある時にすがるような気持ちで頼る訳で、心身健康な時は鬱陶しいだけ。

それから仏教が根っこなのはわかったけれど基本一神教でした。他の宗教は認めていませんでした。これが一番反りが合わないと思いました。

私をここに誘ってくれた人はそれこそ熱心に凝りもせず事ある毎に家に来たりしましたが、基本の仏教を少し勉強できたのは大変な収穫でしたが、(そして仏教の教えって凄いなって感心しましたが)これ以外の信心は認めないってのは違うんじゃないかなって思うようになりました。

正確?に言うと、仏教界にも色々あって、その中にも戒律が厳しいのもあったのですが、それはあくまでも本格的に修行しようというものに対してで、一般人にはもっと寛大な教えのところがあり、本当はそういう事なのでは?と思ったり。

...で、その中々しぶとかったその人をどうしたか、というと、私の宗教観の根本である雑誌"HONKWA"(私の宗教関係の知識はほぼここから得たもの)が何冊かとっといてあったので、これをその人に渡しました。

ここのメインともいうべき、張っているいわゆる霊能者様は付け焼き刃的ではなくて、長くやっており、そして当人もHONKWAを通してレベルアップしているという、そしてこの雑誌も名前は変われど長きに渡って刊行しているので(テレビでやってる本当にあった怖い話はこの雑誌の前の名前)

ちょっと違うと私は思うよ、という話と共に渡したのです。漫画だから読みやすいですよ。読んだら雑誌は捨てちゃって構わないですよ。

で、毎号(二ヶ月1回刊行)買っているから、又渡すね、的な。

今まではその宗教が毎回発行していた新聞を渡されていたので(本人的には布教、いうなれば徳の一つ、これはこれで負い目を感じるテクニックの一つですよね、新聞は勿論有料だったのだから)私が雑誌で対抗してみたってところですかね。

引っ越しもしたし、いつしかあまり来なくなりましたね。
勤めているスーパーは変わってないから、会おうと思えばいつでも来れるんですけど、スーパーにも顔出さなくなりましたし(笑)

別に仏教そのものを否定しているわけではないんですけれどね。

仏教も長い間に時代に合わせて変化したり、あるいは別の宗教の教えを取り込んで吸収したりしているだけなんですけど。

もともと業もヒンドゥー教の教えみたいなんですよね。

その辺は不勉強なのですが、最近もう少し知りたいと思っていることの一つです。

宇賀神様だとか閻魔様だとか、お釈迦様、お地蔵様、金比羅様にお稲荷様。八百万の神の日本。いったいどういう経緯、敬意の神様で何に御利益があるのだとか、色々知りたくなったのです。

余談ですが、願いが叶ったらきちんと神様にお礼にいかないといけないって知ってました?

私色々な神社(?)に行く度に”声優になれますように”願掛けしてました。それは叶わなかったけれど、本当は願ほどきにいかないといけないんですって。(勿論HONKWAからの知識)神様は願いを叶えるための色々をしてくださってるはずだから。

で、本当は願掛けをした現地に行って願ほどきしないといけないのですが、それは到底無理なので、まだこの宗教をもう少し熱心にやっていた時の夕方と寝る前の教を唱える時に感謝の意と共に、合わせてそれの”声優になれなかったけれどお力添えありがとうございました。願ほどきいたします”の想いも込めてやっておりました。

日本の神様は実に優しくて寛大です。これ読んで私も!と思った方、是非とも近くの神社、俗にいう氏神様で大丈夫です。ありがとうございましたってお礼をしに行きましょう。

お守りたくさんあって困っている方、近くの氏神様で引き受けてくれます。大丈夫です。その感謝の気持ちが大事なんです。

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