見出し画像

「線は、僕を描く」

「線は、僕を描く」砥上裕將

両親を交通事故で失い、喪失感の中にあった大学生の青山霜介は、アルバイト先の展覧会場で水墨画の巨匠・篠田湖山と出会う。なぜか湖山に気に入られ、その場で内弟子にされてしまう霜介。それに反発した湖山の孫・千瑛は、翌年の「湖山賞」をかけて霜介と勝負すると宣言する。
水墨画とは、筆先から生みだされる「線」の芸術。
描くのは「命」。
はじめての水墨画に戸惑いながらも魅了されていく霜介は、線を描くことで次第に恢復していく。

まるで水墨画が見えるような描写だった。
直向きに水墨画を描く登場人物たちがとても美しく見えた。

芸術というものは、人間の心の内面を表したもの。
絵を描くことと楽器を弾くことはフィールドは違えど根本的には同じで、ピアノを弾いている私にとっても多くの気づきがあった。
(芸術系の小説を読んでいつも思うのだけど、どうして絵とか音楽とか目に見えないものを言葉にできるのだろう…本当にすごい)


「真っ白い紙を好きなだけ墨で汚していいんだよ。どんなに失敗してもいい。失敗することだって当たり前のように許されたら、おもしろいだろ?(略)君は今日、挑戦した。それが、まずはとても大事」

p66

芸術に限らず、このことは日常生活においても言えることだと思う。
私は失敗は悪いことではないと思っているけど、楽しいと思ったことはなかった。なんでできないんだろう、もっと頑張らなきゃと思ってしまう。ついつい失敗しないように慎重に行動してしまう。
でも失敗することを面白いと思えたら。そうしたらもっと大胆になれるのかな。


「まじめというのは、よくないことですか?」
「いや、まじめというのはね、悪くはないけれど、少なくとも自然じゃない。(略)君はとてもまじめな青年なのだろう。君は気づいていないかもしれないが、まっすぐな人間でもある。困難なことに立ち向かい、それを解決しようと努力を重ねる人間だろう。その分、自分自身の過ちにもたくさん傷つくのだろう。私はそんな気がするよ。そしていつの間にか、自分独りで何かを行おうとして心を深く閉ざしている。その強張りや硬さが、所作に表れている。(略)水墨を描くということは、独りであるということとは無縁の場所にいるということなんだ。水墨を描くということは、自然との繋がりを見つめ、学び、その中に分かちがたく結びついている自分を感じていくことだ。その繋がりが与えてくれるものを感じることだ。その繋がりといっしょになって絵を描くことだ」

p83〜84

私もよく「まじめすぎる」と言われる。ピアノでも日常でも。
でもそれがどういう状態なのかちゃんとはわかっていなくて。「まじめ」の反対は「まじめじゃない」ってことだと思っていて、それは「ふざけてる」ことじゃない?でもふざけてなんていられないし…と考えていた。

「まじめ」=「孤独」という発想はなかった。

3人きょうだいの長女で、他の子よりいろんなことがちょっと上手くできたから小さい頃から頼られることが多くて。
「自分はしっかりしてなきゃいけないんだ」という思いはずっとあった。
それに加えて周りとは全然違う考え方をしていたから「誰も私のことわかってくれない」とも感じていた。
仲間外れにされたりとかはなかったし周りの人たちとうまくやっているけれど、人といてもなんだか「独り」だなというもやもやした気持ちを抱えている。

だけど私たちは本当にひとりぼっちになることはできない。
着るものも食べるものも住むところも一からすべて自分で作ったものではない。誰かが作って、届ける誰かがいて、私たちの生活は成り立っている。
生まれてきたのだって突然地上に現れたのではなくって、何十年も何百年も前からの繋がりの中の一部に私がいる。

…そう考えると今まで考えてきたことが何だかちっぽけすぎて馬鹿らしくなってしまった。
私は孤独じゃない。
というか孤独だと感じるのも周りの人がいるからこそで。
世界との繋がりを意識して、もっと広い視野で生きていきたい。


水墨画は確かに形を追うのではない、完成を目指すものでもない。
生きているその瞬間を描くことこそが、水墨画の本質なのだ。
自分がいまその場所に生きている瞬間の輝き、生命に対する深い共感、生きているその瞬間に感謝し賛美し、その喜びがある瞬間に筆致から伝わる。そのとき水墨画は完成する。(略)描くことは、こんなにも命といっしょにいることなのだ。

p338

これこそ芸術の本質だと思う。

素晴らしい演奏を聴いたとき、絵を見たとき、演劇を見たとき、「ああ、生きてる」と思える瞬間がある。
本当に数回だけだけど、自分で演奏していてそう感じたこともある。
「命といっしょに」なんて壮大すぎるけれども、その域を目指して、これからも芸術と向き合っていきたいと思う。


この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?