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選択肢のある人生

最近、思うことがある。選択肢があるから生きづらいんじゃないかって。何かを選択すると何かを捨てることになる、何かをすると周りから何か言われる。今の私の人生には、選択肢が多すぎる。とてもありがたいことだけど、とても苦しい。

私を取り巻く環境

自分はそれなりの私立に行かせてもらっていて、何かを欲しいと言えばだいたい買ってもらえる。定期的にお小遣いももらえるから、友達とも何不自由なく遊べる。自分の好きなアイドルのグッズを買ったり、ライブに行ったり、好きなことはなんでもできる。私はかなり恵まれている。
幸せ者だなぁ。
でも、この幸せが逆に私を苦しめる時がある。受験だって、将来の夢だってどんな進路も取れる分、何百時間もかけて本当にやりたいことを見つけないといけない。もし、家が農家だったら、何か継げる家業があったら、そんなことをたまに思う。

生きやすい世界

こんな風に感じているのは、私だけじゃないと思う。しかもその幸せが壊れて欲しいなんて、誰一人願ってないとも思う。この選択が多すぎる人生は、誰かにとっては羨ましい人生だということもわかっている。もし自分に選択肢がなかったら、きっと選択肢のある人生を羨ましがるから。

進路の話で言うと、東京には何万と塾があって、進路説明会があって、自分の進路を考えるきっかけがたくさんある。でも、東京から離れるごとにそれらの数は減って行き、きっと過疎地なんて塾すらないんだろう。東京にいる僕は、選択肢の少ない人生を羨み、田舎の誰かは選択肢のある人生を羨む、お互いがお互いを羨み、立場が入れ替わったらまた、羨む。誰もが生きやすいの世界は、「人間」がいる以上難しいのかもしれない。

最後に

絶賛、私は進路に悩んでいる。考えたくないほど、誰かに相談できないほど悩んでいる。だからこそ、この苦悩から早く解放されたい。だからと言ってテキトーに進路で良いわけじゃない。この「ジレンマ」が人間の性である以上、受け入れ、愛さなくては生き辛いのかもしれない。


ここまで読んでいただきありがとうございます。少しづつ、いろんな方に私の言葉が届いているようでとても嬉しいです。高三のこの時期に何をやっているんだ、と言われるかもしれませんが、もう少しだけ私の思いを綴らせて下さい。

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