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攻撃した側の立場を考えてみる

例えば誰かに攻撃されたとして。

その誰かを「敵」と認識するのは
当然と言えば当然だけれど

それだけでは人間の幅は広がらない。

「攻撃してしまうだけの事情が
相手にはあったのかもしれない」
と思えたら

そして、その事情を想像したとしたら

それは事実ではなかったとしても

「攻撃された」という被害者の殻から

抜け出すことができるのではないかと思う。


許すか許さないかは

もちろん

また、別の話。

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