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怠惰な旅人の覚え書き@ニューオルリンズ

綿密な計画がそもそも大の苦手なので、勢い、旅は行き当たりばったりになる。しかも今回はコロナ到来以来、初めての遠出。勝手が分からず、勘も働かず、しかもその間、年もとっているので、気力体力、いずれも衰えている。

ニューオルリンズ、実は長年の憧れの地だった。アメリカには二年と二ヶ月暮らしたけれど、そして家族は私以外、全員、アメリカのパスポートを持っているけれど、ニューオルリンズをはじめ、南部は未踏の地。そしてそこは「ジャンバラヤ」やら「クレオール」やら「ミシシッピ」やら、旅心をむやみに掻き立てる名称やイメージで満ち溢れている。



ニューオルリンズは、まず何より美味しかった。

フライドグリーントマトもオニオンリングもクラブケーキも、衣パリパリ、中はしっとり甘く、そこにピリッと辛いソースなんかをつけてアフアフ言いながら食べる美味しさは格別だ。ガンボは、ブイヤベースを少し泥臭くした感じで磯の香りいっぱい。コーンブレッドやビスケットはグリッツはそれぞれに素朴な炭水化物のあったかさを感じさせて、昨今のローカーブダイエットなんかから超然とした大らかさが実に素敵だ。その一方、ウェアハウスディストリクト(倉庫街)と呼ばれる界隈では、ここはブルックリンかと見紛うカフェやオルタナティブ系だったり中近東系だったりするレストランも並んでいて、コーヒーもーアヴォガドトーストも美味しい。

しかし、こうした「美味しさ」にさらに拍車をかけるのは「人」。なにしろフレンドリーでのんびりしている。エリアや店のタイプによって、客層は1)地元白人 2)地元黒人 3)ツーリスト の三つに結構はっきりと分かれているけれど、どの客層もくつろいでいるし、とっても人懐こい。



特筆すべきは、みんなよくお酒を飲むこと。真っ昼間からバーで一杯やってる地元の女性客、それもお一人様シニアのなんと多いこと。どういう社会的バックグラウンドの人たちなのかしら、と、私は目を大きく開き、耳をそば立てずにはいられない。


怠惰な旅人は計画を立てないので、「見逃した見どころ」なんかは無数にあるのだろうけれど、逆に偶然に導かれる僥倖や縁に触れる喜びもある。暑さから逃れる目的で目の先にあった建物に飛び込んだところが、そこはプレズビテールという名の州立美術館

プレズビテールというのは教会に隣接する司祭の館を意味するフランス語で、大昔から私が過剰に感情移入してしまう大好きな言葉。そんなこともあって、暑さで朦朧とした意識のまま、引き込まれるようにして入館したところがこれが素晴らしかった。

一階の展示テーマは2005年のハリケーン・カトリーナ。この地を襲った自然の脅威、幾重にも重なった人的、インフラ上の過誤や失策によって失われたたくさんの命、この世の地獄とも言える個々人の体験、悲劇や苦難の証言はもちろんのこと、この大災害に際しての人々の連帯や再建への努力ーー市民レベルから公共レベルまでーーをさまざまな仕方で見せる卓越したキュレーションに言葉を失った。

上の階では全く趣向が変わり、この地の名物マルディグラ(謝肉祭)の歴史を辿る、これまた素晴らしい展示。2021年にはコロナ禍で戦後初めてお祭りがキャンセルになったということを知ったが、それにしても同じ屋根の下にカタストロフと祭典が同居するさまは、まさに人間の生と死の本質に迫るようで、とても心打たれた。

しかしなあ。

道端にはホームレスが猛暑の中、寝転がっている。空港へ行くためにウーバーを呼んだら、巨大なピックアップトラックがやってきて、我らの荷物は荷台に乗っかり、運転手の陽気なおじさんの英語は南部訛りでよく分からない。分からないながら、彼がカトリーナで家を丸ごと失い、その後、ボランティアの人たちの助けも借りながら手作業で家を建て直した、というところはなぜかよく理解できた。そんな悲惨な話を、だが彼は実に明るい声で話して聞かせるのである。

地元で人気というフライドチキンの店では客は私たち以外全員、体格のいい黒人。そこから50メートルのエスプレッソバーの客人はシュッとした感じの白人オンリー。フレンチメンズストリートにある有名らしいライブハウスでは、78歳の黒人ギタリスト(素晴らしかった!)がドラムからサックスまで、四人の白人おじさんたちを従えての堂々たる熱演。ホテルのお掃除のおばさんたちはなぜか全員ヒスパニック。そして長年焦がれたミシシッピ川は、なるほど広大で深呼吸したくなるほどの歴史の重みをたたえていたけれど、川辺でふらつくおじさんのズボンは破れ、おぼつかぬ足取りでいつ大河に転落してもおかしくないし、そうなったとして、それがニュースになることもないのだろう、、、、などなど、私の感受性も休まるところなく刺激され、ああ、これがいわゆるリゾート地のホリデーとの違いだなあ、などと思う。

怠惰な旅人は、怠惰なくせにそんなわけでヘトヘトになった。これだよこれ、こういうのが旅ってやつだった、そういえば、と、プレコロナ時代の記憶がぼんやりと蘇ってくる。



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