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ユー リアリー ガット ミー

バンドのことを書きます。

世界には世に出られなかった幾多のデビッド ボウイが、いる。

売れてるのがイイ音楽なんだよとオラに講釈たれたジャリ(CDを買ったことがない。ましてや配信も)がいたし、よのなかはそういうもんなんだろうね。

ひとはどうだかしらないが、ぼくは売れたもんがイイ音楽だなんて思ったことが、ない。

ジェイムス ブラウンやサム クックも素晴らしいし、ヤードバーズもザ フーもブランキーもフリッパーズギターも素晴らしいし、アルバート アイラーもマイルス デイビスも素晴らしい。李 博士もヒカシューも素晴らしい。あ、そこそこ売れてるか? じゃあ、オシリペンペンズもほぶらきんも乱れ髪も太陽肛門スパパーンも素晴らしすぎる。
まぶしい!
ジャズもロックも民俗音楽もぼくには区別がない。洋楽も邦楽も、ない。あるのは退屈な音と屹立する音だけ。

ローリングストーンズみたいに続いてるバンドがあったって構わねえけど、バンドが長く続くことがイイことだなんて、思わない。
いろいろなひとがいる、だけです。

あの曲は深いとかさ、楽団屋に求めてどうするよ? あンたが浅いだけや。あの曲は詩がいいんだよねーって、萩原朔太郎読んだ方がイイんじゃね?
音楽なんだから、音楽の話しようよ、と。
は、ともかく。

楽団屋というものは、基本的に快楽主義者だと思うんです。そうじゃないひともいるけど。
だから長く続けてナンボみたいな修行僧の世界や道徳の教科書的なもんとは、違うだろって思ってます。

ぼくは音楽で食ったことはないが、楽団でベースをやっておったのです。
楽しいのでまたやるつもり。誰かのためじゃなく、自分がそうしてしまうだろう、って話です。

楽団というのは、大変だ。
なんしろエゴイストだらけや。
ベーシストという人種は楽団屋の中でも寛容な人種だと思う。まあ、ベーシストはひとの話を実はきいてない場合が多いと思うのですが。

ぼくが所属していたのは白人との混成団で、エゴイストなだけじゃない分、疲れた。
あの何年かで、国際交流って疲れるなぁと思った。

夫婦がけっこう別れるのである。
ましてエゴイストで快楽主義者同士なら、解散なんて当たり前だ。

ひとと仲良くするのは、シンドいじゃんすかー。

楽団屋は音楽がやりたいから組んでいるのであって、仲良くしたいからやってるのではない。
楽団屋は従業員ではありません。そういうひともいるかもしらんけど。終身雇用とか無い無いって話で。めんどくさくなったら別の事はじめりゃイイだけのこと。

解散すんのはうんざりもあるし、もっと気持ちイイことしたいと企むことも多かろう。それがファンにとって楽しいことかとか、また別問題。

ジェフ ベックでもロバート フィリップでもバンバン解散してどんどん自分のやりたいことしてる。解散というのが悪いことじゃあ、ねえ。
解散してもっと上手くいくのかどうか、それはばくちですが。

昔、西川きよしが、「お客さんは笑いが欲しくて劇場に来るンと違うんです。お客さんは誰かと誰かが仲良くしてるの観たくて来るんです」という旨の発言をしていた。
そういうことじゃないか、と思っている。

そもそも誰かと誰かがずっと仲良しなんてのは、例外的なことじゃないだろうか?
身の回りのこと考え頂きたい。
そんなことはないっ! って方はラッキーでハッピーだ。なにも言うことないじゃん。

ストーンズもみんなソロで好きなことやってるから続けられるという話がある。ぼくはストーンズに入ったことがないから実態はわからない。

音楽はバンドをずっと維持したいから始めるものでは、なかろうと思う。
また、音楽をやめてしまうことだって何も残念なことではない。
「デビュー寸前に解散」とか全然イイでしょう。
解散しない方が気持ち悪かったのでしょうから。

なにごとも「終わることができたら、なんだってハッピーエンドだ」っうふうに捉えております。押井守好きとしては。

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