ES 12
ロベルトは左足を前にして足を組み直した。そして椅子を少し手前に引き、やや背筋を伸ばしながら、ミタクエの顔を見た。
「ミタクエ、まず言っておくけど、これは僕の個人的な意見であって、警察の総意ではないんだ。犯行現場は、知っているね?」
「ええ。殺された女の子の家のそばの、小学校の近く」
「まあ、君にこんなことを話して何になるんだって、思うんだけれどーー」
ミタクエはロベルトを一瞥した。
「そういうの、いいからさ。それで?」
ミタクエは強く言いはなつと、ロベルトは少したじろぎながら、続けた。
「あ、ああ。事件は、女児の家のすぐ近くの小学校の敷地のはずれで起こった。ここのところずっと空き地になっている場所なんだが、いつも人気がない場所なんだよね、学校の近くなのに。おそらく犯人は、その空き地の近くを通りかかった女児を待ち伏せして連れ込み、車内で殺害した。…ええと、その後遺体は車で運ばれ、町はずれのドブ川に捨てられたのは、君も知ってるよね」
「ええ」
ミタクエの目はまだ、それで?といったかんじだった。ロベルトはひと呼吸入れて、話を続けた。
「で、ピーターなんだけど、その時間帯に『小学校の近く』と、『その空き地の近く』で複数の目撃証言があった。それから ー 君もテレビか何かで見たかもしれないけど ー ピーターの毛髪が発見された遺体の服に付着していて、これが決め手になった。でも僕は、なぜピーターが『その時間に女の子が空き地に通りかかる』って、知っていたんだろう?って疑問があるんだ」
ミタクエは顔をしかめた。
「私は…ピーターがやってないって今でも信じてるけど、私はその女の子のことも、その被害者の家のことも、全く知らないわ。きっとピーターだってそうよ。私たちずっと一緒に暮らしていたし、ピーターが変なことを調べてたりしたら、分かるもの。だから、あなたの言う通りピーターがその時間に、空き地に女の子が通りかかるのを待ち伏せして狙うなんて、到底信じられないわ」
ロベルトは難しい顔をしながら、ミタクエに答えた。
「ただ警察は、犯行現場が小学校の近くだったっていうのもあって『犯行は無差別におこなわれた』と見てる。下校途中の小学生を無差別に狙って、たまたまあの女の子が狙われた。そんないかれ野郎(フリーク)の犯行だってね。そう言ってしまえばそれまでなんだけど、つまり結局、ピーターがいちばんあやしい、ということでおさまってる状況なんだ。…でも僕の個人的な勘では ー 無差別的ではなく、事件が起こるずっと前から周到に計画されていて、その女の子をピンポイントで狙っていた気がするんだ」
「…なんで?」
ミタクエは訝しがった。
「だからさ、勘だよ、勘」
ロベルトは右手で喉をさすりながら、答えた。
「いいかい、ミタクエ。いろんな切り口で考えることができるんだ。もし僕の仮説が正しいとすれば、犯人の可能性が高いのは、その女の子が普段、どういう生活をしているのかよく知った、身内が犯人である可能性が高い。君の言う通り、ピーター以外の誰か」
「ふーん、でも決め手になる証拠がないから、勘って言っているんでしょ?ピーター以外の誰かで、目星つけてる人って、いるの?」
ミタクエは何の理由もなく、ただの勘だけで話を(得意げに)進めるロベルトに、軽い苛立ちを感じていた。
「まあ今のところ、具体的なところまでは思いつかない感じかな。この仮説はあくまでも可能性の一つってこと。…おっと、ごめん」
ロベルトはポケットから携帯を取り出し、着信を取った。彼の話しぶりから推測するとおそらく、電話の相手はロベルトの父親のようであった。ロベルトは話しながら席を立ち、店内をゆっくりと歩き始めた。
****
ミタクエは話しながら店内をウロウロするロベルトを眺めながら、期待した情報 ー ピーターが犯人でないという、手がかり ー が、得られそうにないことを悟り、ひとり静かに失望 ー と、絶望を感じていた。出口の見えない、暗い洞穴にいるような心地だった。ミタクエは悔しかった。わざわざ旧友ロベルトに連絡を取り、こうして会うチャンスを得ながらも、期待していた手がかりが得られなかったことが。ここまでのロベルトの話を聞いた限りでは、ニュースで知った情報と何ら変わらないのだ。
ーーーともかく。ロベルトの、妄想じみた仮説は、なんなのか!?なぜ彼がその仮説を ー 確たる証拠や考えもないのにも関わらず ー ミタクエに伝えたのか。ミタクエは、一瞬だけ人を期待させ、その実中身はうすぼんやりとしているロベルトの無責任な思いつき話に、苛立っていた。
彼の勘に基づいた仮説は信じるに足る決め手はなく、ミタクエには、話し下手な彼が思いつきで作った『その場しのぎのごまかし』(しかもなんの意味ももたらさない)のように感じられて、非常に腹立たしかった。
ミタクエはそんなことを考えて、イライラし始めた。その時、電話を終えたロベルトは、ゆるりと席に戻ってきた。
「ごめんごめん。それで…」
ロベルトが席に座り、何か(きっと、どうでもいいこと)を言いかけた時、ミタクエは、急に何かを思い出したような顔をした。
****
「そういえば…女の子のお父さんって、どんな感じの人?娘さんがこんな形で亡くなってしまって、大変じゃない?」
ロベルトは眉をしかめ、ミタクエに同意するように頷いた。
「そうだな。僕も彼に一度会ったが、ショックで泣いてたよ。なんかこう、ちっちゃい感じのおっさんでね、移民としてステイツに来た人らしいんだ。言葉にならない、ってのはあのことだな。聞かなきゃならないことがたくさんあって…でも聞きづらいことも多くて、非常に気を遣ったよ」
「奥様はいらっしゃるの?」
「今は奥さんと二人でいるらしいんだけど、犯行時、奥さんはボストンに1週間ほどの単身赴任中だったそうで、お父さんと娘さんの二人きりで生活してた時に犯行があった。お父さんが買い物で出かけてる間に、あの女の子が殺されたんだ」
ロベルトは理路整然と、流れるように説明した。
「ロベルト、あなたの『勘』では、身内の犯行ってことだったよね。近しい人で、他に誰か思い当たる人いる?」
「被疑者ってこと?…いや、犯行時に限っていえば…ええと…お父さん以外、たぶん、いない」
ロベルトがそう言った時、ミタクエの脳裏に『思いつくべきではない』考えが過ぎった。愛すべき子を失ったその人が、『いかれ野郎(フリーク)』だったのではないのか。…いや、そもそもロベルトの仮説には、何の根拠もないのだ。本説は、この間の抜けた男が深い意味もなく口走った、無責任な放言に過ぎないのかもしれない。ミタクエはそれを重々承知していたが、気持ちの拠り所が欲しかった。
ミタクエは、まだピーターを信じていた。それも、心の底からである。ミタクエは、真実がどこにあるのか見誤るわけにはいかない、と考え ー すぐさま、思いつくままに ー ロベルトに質問を重ねた。
「えっと…犯行の時、お父さんはどこに買い物に行っていたの?」
ロベルトはそんなミタクエの機微にまるで気づかず、知ることをそのまま答えた。
「ほら、あの国道沿いの、バス停近くのタバコ屋さ。中年のおっさんがひとりがやってる、知ってるだろ?お父さんの馴染みの店らしいんだ、ほら、いつも居眠りしてるおっさんの店さ」
ミタクエは、居眠りという言葉に引っかかった。
「ええと、そのタバコ屋のおじさんは、その日お父さんが買い物に来たのを、見たのかしら。それとも、その日も居眠りしてたり、とか」
ロベルトはため息をつき、少し馬鹿にしたような顔で、ミタクエに言いはなった。
「当たり前だろ。どこの世界に眠りながらレジを打てる人間がいるのさ。あそこにカメラはないけど、おっさんも証言してたよ。あの日、お父さんが来てた、ってね」
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