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渇きと潤い

急に肌寒くなった日だった。

クローゼットから引っ張り出した
ライダースは気休め程度の暖かさで
時折手首に触れるファスナーが冷たくて驚く。

帰り際、出張の北海道から
戻ったばかりの会長に会った。
小さく私の名前を呼び手招きすると、
小包をこっそり渡してきた。

「すぐに隠して!」
突然の声に身体は反射的に動く。

「航空券とか宿の手配ありがとう。
助かったわ。」

渡されたものとその理由が分かり、
安堵と謙遜で身体の力が抜けた。

会長は俗に言うアナログ人間で
チケット一枚ネット予約することが出来ない。
そのため入社2年目の私を頼りにしてくる。

他にも頼れる人はいるだろうに、
何故か私にお願いしてくるのだ。

実はこれも彼女の演技で
内心、私をの価値を値踏みしているのでは。
そうやって脳裏をよぎることもあるが、
お手持ちの林檎マークのデバイス達に
傷一つないことが、ウソではない証明だ。

ミッションは大抵、定時直前にやってくる。
普段でも定時に帰れた試しがないのに
会長の絶対命令を前に選択肢は無い。

私は早く自分が帰るためだけに
ありったけの経験、知識、スキルをもって
この無理難題に応えていく。

心を腐らせながら取り組む業務ではあるが、
時折、こんな褒美があるのも知っている。
会長は非常に慈悲深い方だ。だからなのか、
なんとか期待に応えたいと思うのだ。

手に隠した小包を見て
少し認めてもらえた気がした。

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電車を待っていると、
しばらくして耐えきれない空腹感が
襲ってきた。

思い出したようにもらった小包を覗き込む。
上品な花柄の包装紙にわくわくした。

可愛らしい柄のカップを開くと
中にはころんとしたチョコレートが
透明の袋の中に入っていた。
それは私の大好物であるはずだった。

しかし、アイボリーホワイトのコーティングは
一瞬にして私の瞳の光を奪い取った。

いや、こいつの存在を忘れていた。
忘れていた私が悪かった。
ただ、今は普通のチョコレート
であってほしかった。
そんな苛立ちに近い欲望が
ふつふつと湧いてきた。

仕方がないので一粒口に放り投げる。
中身は大きめのドライストロベリー。
悪くはないが、瑞々しさが恋しい。

期待しすぎてしまうのは
あまり良いことはないのは知っている。
老舗メーカーの大ヒット商品が
必ずしも私にヒットするとは限らないこと。
これが驕りの末路だと思う。

口直しにホームの自販機でココアを購入した。
同じ北海道産の牛乳を使っているのに
こんなにも胸が温まる。

腹はほどよく満たされまっすぐ家へ向かう。

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