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退職前々々夜

会社で一番嫌いだった上長と、本日で最後だった。その勢いで、もう流行りも廃り、寒すぎるタイトルをつけてしまった自分が恥ずかしい。が、まあとりあえず読んでほしい。

勤務終了時間になり、私はソイツに声をかけた。忙しそうな机から目を離し「次は何するの?」という問いに、私は「考え中です!」なんて咄嗟に笑顔で答えてしまった。

オマエは10000000000000000%気にもなってないことだろう?そんな常套句片手に、なんでそんなに顔を歪ませて、足元をちらりと横目に見てまで言うのだろう?不思議で仕方なかったが、私は笑顔でやり過ごすことにした。

30分、コイツのせいでオーバーした残業時間
少しでも短くしておきたかったから。

「これぇ、先週お渡ししてるんですよぉ〜ちなみに明日締め切りです」

「君は最後まで俺を働かすね〜」

こんなやり取りの後だ。そりゃ心からのお別れを言う気にはそうそうなれないだろう。(そんな人がいたら菩薩か何かの生まれ変わりだろう)

普段の私だったら少しくらい笑わせてみようと「筋トレっすかね!」なんて愛嬌たっぷりに返答するはずなんだけど。面白くもなんともない無難なその答えはきっと、単純に、素直に、率直に、彼のことが好きではないという証明だ。オマエに気を許してたまるかという意思だ。そんなことを思いながら改札に入る。

思えば初めからだ。彼は私の人生から除外したい対象だった。しばらく来ない電車を待ちながら、三年半の記憶をだらりと遡る。

すらりとしたスーツ姿に、どこか潔癖っぽい眼鏡。初見でいきなり怒鳴られたことを私は忘れない。

『あれ?新人?挨拶は新人からするのが基本だよ?新入社員だよねぇ??』

苛立ち混じりの声はひどく私を不愉快にさせた。挨拶を控えたのは彼が社長と楽しそうに立ち話をしていたところを遠慮したのに、だ。

彼の想像力の欠如を悟ったのはその時だった。
また、相性の悪さを感じたのもほぼ同時だった。

彼の下に配属され早1年。私たちは表面上取り繕うのが互いにうまくて、いつも笑顔で会話をしていた。同じ目標を持てば、ドライに現状を判断し利益を出す。営業としては悪くないコンビだったと思っている。

ただ、その目的・優先順位が異なるとき、私はひたすら彼にイラついた。それは彼も同じだったし、そのイラつきをお互い感じながら理論武装と笑顔で会話していた。

時には甘いジュースで労わる風を見せながらも、心の中ではその病状が悪化しろと念じた。(いよいよ悪化すると私の仕事に支障が出るのでほどほどにしてほしいとも願いつつ、だ。)

思い返せば返すほど、酷い人だった。
もう二度と会うことはないのだ。
だけど、少し苦しくなる。

彼は敵ばかりの社内をあまり好まなかった。
家族のため、昇進や利益のためにがむしゃらに仕事をする人だった。私はそんな彼を上手くフォローし、社内外で円滑にコトを進めるのが仕事だと感じていた。

この役割は会社に重宝され、役員にも評価してもらうことができた。見方を変えれば、私の居場所を強く作ってくれたのはソイツであって、ある意味、良いビジネスパートナーだったのかも知れない。

これで終わるのだ、

そう思えば思うほど、もう少し頑張れたのではと、傲慢な私が顔を出す。ああ、じぶんの居場所がなくなるようで怖いのか。

人間は、大きな幸せを前にすると、急に臆病になる。幸せを勝ち取ることは、不幸に耐えることより勇気がいる -下妻物語より


私はもっと尊敬できる上長の下、より健康的に生きるのだと決意する。きっと、不幸に慣れてしまった自分には眩しい道がある。まだ見えない道だけど、少しずつ輪郭を濃くしていくはずだ。

また再開した日には、今度は本当の笑顔で言ってやるんだ。

『心の赴くままにいきます』

そうやって自分にも笑顔でいないと、溶けて無くなりそうになる。どろどろの感情を他人に投げつけたくなる。だけど、今はこれでいいのだとも思う。少しは下っておかないと、いざという時上がれないから。

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