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最良のひと時

玄関の扉を開けると
締め切られていた空気が鈍く感じる。

右手に持っていたスマートフォンを
ベッドの上の毛布にダイブさせ
ずっしりと重いコートをハンガーにかける。

ストッキングは洗濯ネットに入れ
ネックレスは所定の位置へ。
ドレッサーからオイルのたっぷり染み込んだ
シートを取り出し、
頰の上をするりと滑らせる。

これだけで十分。
しばらくして交感神経はオフになる。

その前に明日のゴミ出しの準備と
出しっ放しの小皿をざっと洗う。
流れる水道の音を聞きながら
ふと帰宅する意味を忘れそうになる。

起きて準備して出社
帰宅して準備して就寝

食事は朝晩と取らなくなった。

働き方改革だか何だか知らないが
近所のスーパーは20時に店を閉じる。
かつての24時間営業を受けて
ここの物件を選んだのにと
不貞腐れることくらい許してほしい。

一週間は単調な日常の繰り返しで
それに対する嫌悪感すら忘れようとしている。

顔に塗った少し高価な乳液。
ある程度染み込んだことを確認し
窓際のベッドにダイブ。

しっとりとしたマットレスに
身体はどんどん沈んで行く。

ふわふわの羽布団の温もりに包まれる
この時間が今の私の至福だ。

体制を変えて足先でヒヤリとする部分を探す。
目を閉じ明日の流れを思い出す。
大して変わらないルーティン。

意識をなんとか現実に戻し
暗がりの中、スマホを充電器に繋げる。
ディスプレイの明かりが瞳を刺す。
ざっと画面を眺め、
今日という日を取り込んでおく。

世間を賑わせたニュースは
まるで違う世界のものかと思えるほど
現実味がなく感じる。

目の疲れが限度に達した時点で
アラームをセットする。
マナーモードをオフにして音量は最大に。

今日を思い返すのは夢の中でいい。
今だけは今を生きる。

明日の自分をすぐそこに感じ、
そんな少しの焦燥感を胸に
僅かな幸せを噛みしめるのも良い。

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