見出し画像

子供を持たないという選択

去年の秋。20個採卵できたのにひとつしか胚盤胞ができなかった時あたりから、夫と2人で生きていく未来も考えなきゃなって思っていた。夫からも指摘されたし現実をみなきゃいけないなと思って。

でもわたしは、小さい時から妹や従姉妹たちの面倒をみたり、赤ちゃんが好きで、お店で働いててもわたしに会いに来てくれるお子様なんかもいたりして、他人の子も愛おしくて、子供大好きだった。
当たり前に結婚したら子供ができるもんだと思ってたし、いいお母さんになりそうだねーとか言ってもらえたりして、わたし自身も1番上は男の子と女の子どっちがいいかな〜とか、兄弟は何人くらいがいいんだろう〜なんて考えたりしてた。

大人になっても無知なもんだからその想いは変わらず。
もう40歳になるんだけど、この、齢何歳かの頃から長年の夢を変えるなんて青天の霹靂というか。
じゃあこの先何のために生きてくの?何を目的に、何を楽しみに生きるの?っていう。

「わたしは、子供を産んで、育てる。」

当たり前だと思ってたことを「それは違うよ」と言われたときの混乱は、そんなにすぐに訂正できない。
それは、なんていうか、明日から朝は来ませんよ、とか、明日から一番大切にしていたものが無くなりますよ、とか。。ちょっと違うな。
大きな大きな希望を失ったような、未来がなくなったような、そんな感覚かも。

生きるためには、目標とか希望とか。。そう言うと大きなものに聞こえちゃうけど、「あぁ、いい一日だった。明日は何をしようか」と思って眠りにつく日が必要だと思っている。

でももし、その"明日"がなくなったら。

寝たらそのまま起きなくてもいい。
わたしには未来がない。
毎日が無気力で絶望感に纏わりつかれるような。それでも"明日"が欲しいから、明日がわからない治療は辛くて苦しいんだろうなと思う。
あんなに好きだった子供を、街で見かけるだけで辛くなるようになった。

「わたしは、子供を、もたない」

そう考えてたらびゃーびゃー泣いて、外でも泣いて、夜も泣いて、起きてからも泣いていた。
でも、その子供を持たない生き方って、どんな生き方なんだろう。変な言い回しかもしれないけど、想像がつかないから、想像をした事がないから、選択ができないのかもしれない。
そう考えられるようになって、その選択をされた方々のお話も、ここ最近興味があることのひとつです。

夫の事は大好きです。
とても優しいし可愛いので結婚してよかったと思ってます。出会えてよかった。わたしの一生に、これから先も共に歩んでいこうとしてくれる事に、感謝しています。

その夫といれるだけでわたしは幸せなんだろうなぁ。
他の人と比べるのではなく、自分自身が納得できるようになったら、初めて心から「幸せ」を感じることができるのかもしれない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?