見出し画像

初対面の人と険悪な雰囲気になった

 今日、クリストファー・ノーランの『オッペンハイマー』を見てきた。公開されたばかりの映画をすぐに見に行くのはかなり久しぶりだった。この映画は実在する人物や史実に基づいていることもあり、ノーラン作品に特有の複雑な構成や伏線回収なんかは鳴りを潜めている。しかし、なにしろ長尺で重いテーマを扱っているので、僕はまだ頭の中で内容を処理している途中である。それに加えてこれから観る人も多いだろうから、感想やネタバレは一切書かない。

 僕は十代の後半くらいに『メメント』を初めて見た。よく分からなかったのだけれど、なんだか凄いものを見たという感覚があった。これは低予算で作られたノーランの初期の作品で、ちょっと不親切なくらい複雑な構成のせいで多分大抵の人が一度だけではよく理解できない。二度見て理解した後も、全てがあまりにも見事に練られているのでちょっと鼻につく。丁度伊坂幸太郎の小説みたいに、文句を言われないように隅々まで理詰めしてあるのでかえって重箱の隅を突きたくなるのだ。満員の観客からスタンディングオベーションを受けて謙虚な対応をしながらも内心でドヤ顔をしているノーランが想像できるのである。まあどんな顔の人なのか実はよく知らないのだけれど。
 僕はこの『メメント』をこれまでに見た全ての映画の中での第一位だと自分の中でずっと位置付けてきたし、この意見は未だに変わっていない。Netflixやその他のサブスクが普及する前から何度も繰り返し見てきているのでDVDも持っている。複雑な内容の一方、ファッション的にこの映画を褒める人は結構多い。「自分、分かってます」みたいにある種のマウンティングの材料として使われるわけだ。実はこれが原因で初対面の人と険悪な雰囲気になったことがある。映画の話題になった際に僕が『メメント』を挙げると、「あの映画は過大評価されている」と相手に言われたのだ。僕は大勢のにわか野郎と同列に見做されたのである。そんな訳でありとあらゆる弁明をする羽目になり、相手にもお気に入りの映画を訊ねてみると『ドッグヴィル』を挙げられた。「コイツ、かましてきやがったな」と直感で分かった。この映画は『ダンサー・イン・ザ・ダーク』なんかで有名なラース・フォン・トリアーが監督で、なかなかトリッキーな内容の問題作である。僕は途中で二回くらい真剣に見るのを止めようかと迷った末に、なんとか最後まで見通したことがあった。別に喧嘩をしたかった訳ではないのだけれど、単に好みではなかったので丁寧に作品の悪口を言った。結構カオスな空気になった。まあそのお陰もあったのか映画談義に花が咲き、話すほどにどんどん打ち解けたのだけれど。

 映画はできるだけ無駄な前情報に触れないまま見て、その後もしばらくは自分の中で消化・吸収されるまで他人の感想には触れないようにしている。考察したり議論するのは勿論面白いが、自分でものを考えていない自覚すらない人間と話すのは愉快ではない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?